#13 激動には優しい心
白に、囲まれている。病院は、なんか落ち着く。部屋の入口の前に、横長の小さな四角形。これが、母の名前か。やっと、母に会うことが出来る。嬉しかった。彼を見ると、上を見ていた。天井を見ていた。緊張すると、天にすがりたくなる。そんな、タイプなのだろう。
清潔なニオイが、ずっとしている。このニオイは、好きな方だ。これは、消毒薬のニオイなのか。アルコール消毒をすると、こんなニオイになるのか。分からないけど、落ち着けた。彼のやさしい香りがする。どこにいても、勝つ香り。この香りが、大好きだ。
母がいた。ベッドで寝ていた。しっかりと、この世界に存在していた。嬉しくなった。身体は、全体的に軽さを帯びてきている。口の角が、自然と上がってきた。彼を見るなり、母はすぐにベッドから出た。そして、近寄ってハグをした。ちょうどいい、甘い味がした。
「お母さん。私、結婚するよ」
「良かったね。いい人が見つかって」
「初めて会ったのに、結婚報告って変な感じだね」
「そうだね。まだ、一日も経ってないしね」
「うん」
「いい人だと思うよ」
「でも、僕は準人間なんですよ」
「いいじゃない。気にしないよ。私と娘は、そういうの気にしない人だから」
灰色のリストバンドが、怪しく光る。彼の手首あたりで。それは、準人間の証だ。誰が見ても、すぐ分かるように、ずっと付けなくてはならない。私の中指で、金色の指輪が光る。これは、蝉人間の証だ。これをしているから、最初から優しさを貰えるというわけだ。
私も、母とハグをした。手を広げて待っている母に、飛び込んだ。柔らかかった。とてもあたたかくなった。もっともっと、優しくなれた。母の肌に、私の肌が直接触れた。それだけで、心地よさが何倍にも、膨れ上がった。
母の声は知らなかった。聞いたことがなかったから、知らなかった。でも、馴染みある声に聞こえた。全身に、染み込んでいるのだろうか。蝉人間だから、覚えているのだろうか。お腹のなかにいたときの母の声が、普通に染み込んでいるのだろうか。分からないが、元気が溢れていた。




