表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/35

#12 激動に母の想い

 屋根のある場所に入った。空が覆われた、商店街らしい。台風か。そこからは、斜めに激しく降る雨と、一瞬のまばゆい光が頻繁に見える。綺麗だった。美しかった。今まで見たなかで、ベスト3に入る。それくらいの光景だった。彼と二人で、そんな景色が見られて、幸せだった。


 彼の香りを嗅いでいた。鼻を彼に押し付ける、直前までいっていた。そこからは、近づきも遠のきもしなかった。やさしさのかたまり。そんな言葉が、頭に生まれた。鼻からの情報が、一番ある。だが、その他諸々の器官からも、あなたのやさしさを感じていた。


 鞄に入っていた、手紙を広げる。口が半開きのまま。落ち着きながら、広げた。直後、口を思い切り動かしていた。無音で。声を発さずに。何かを心に投げ掛けていた。真っ白になった。だから、一瞬、自分が何をしていたのか、分からなくなった。


「誰からですか?」

「私の母です」

「どういう内容でしたか?」

「色々です。困っている人は、助けてあげること。そして、恋を楽しむこと。あと、病室の番号がありました」

「そうでしたか。まだ、会ってないんですよね?」

「はい」

「じゃあ、会いに行きますか」

「一緒に来てくれますか」

「はい」

「じゃあ、そうしましょう」


 私の前には、幸せそうな彼がいる。笑顔がやわらかい。私たちは、針のような雨の降る世界に、駆けていた。彼がいれば、無敵になれる。彼がいれば、視界はやさしさで溢れる。そう思いながら、駆けた。がむしゃらに。そして、なめらかに優雅に。


 彼が、私の手を掴んだ。そこから、私は駆けることになった。私は、彼の手をやさしく握って、一緒に雨の下に出ていた。この親指の付け根の柔らかさは、彼の心の柔らかさを表していた。頭の皮膚にも、ダイレクトに刺激が来た。奥の奥に、染み込んでいくのが分かった。


 ずっと同じ音。ザアザアと、アスファルトに刺さる音。代わり映えのない世界。だけど、それさえ、いとおしかった。あなたの音も私の音も、消された。でも、二人だけの世界に浸っている感覚だった。蝉時雨は、聞いたことがない。だけど、こんな雨のような感じなのだろう。そんな、想像は出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ