#10 激動と闇と陰
病院へ歩き出した。空は、晴れている。台風は、どうしたのか。予報士が、はずすわけはない。まだ、来ないだけか。みんな、彼に冷たい視線を送る。接する態度が大きい。まだまだ、彼との距離は遠い。横は合わせて、少し離れて歩く。それくらいだ。彼は、やや猫背で、相変わらず落ち着かない。それが、私には落ち着く。それも、相変わらずだった。
呼吸をしても、いい空気は入ってこない。鼻は、まだ詰まっていなかったことがない。太陽のニオイがする。アスファルトの、ニオイらしきものもある。並んで歩く彼の、香りはあまりなかった。それほど、しなかった。もっと、してほしかった。生きてると、実感するくらい。
また、すれ違う人が顔をしかめる。そして、睨むようにする。でも、私を見た途端に、彼にやさしくなる人ばかり。蝉人間の証を、見た瞬間だった。口が、苦さを持ち始めた。でも、あなたを見れば、その苦さはスッと引いた。なんて、歪んだ世界なんだ。そう感じた。口は閉じられず、気付けば乾いていた。
「みんな冷たいね」
「はい。でも、そういうものなので」
「準人間って、こんなにひどい扱いなの」
「酷くないと、思ってしまっています」
「大丈夫なわけ?」
「少し冷たいだけで、殴られたりはしてないので」
「私が、力になりたいんだけど。迷惑じゃないかな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
男性に、みんな笑顔で接してくれない。これは、一生直らないのか。わざと、ぶつかって来る人もいた。気にせず、歩を進める。彼の血管の薄い、手の甲を見つめた。狭い範囲で、振り子のように振っている手。私は狙いを定めて、その手を掴んだ。そして、そのまま歩き続けた。
私は蝉。だけど、鳥肌になった。肌が、未来の二人を想像してしまった。まだ、生まれてから時間はそれほど経っていない。でも、体感はもう、ものすごい。彼の手は、生き物とは思えないくらい、冷たかった。それでも、生き物らしい、弾力があった。
弱いあなたが、荒い息をしていた。病弱らしい。病弱は、誰でも気付ける。デートが終わったら、また病室か。病気には、かなり強い私。だから、いつまでもいつまでも。ずっとずっと、助け続けていたい。まだ一日も経っていない。なのに、濃い経験ばかり。もっと、濃い経験が待っていそうだ。楽しみと不安を背負い、足が重くなってきた。




