#01 激動は突然に
ここはよく知らない。よく知らないけど、病院というものだろう。病院というものは、何となく知っている。知っているというか、脳に前からいる。真っ白で、廊下が長い。清潔感のかたまりである。
病院特有の、薬っぽいニオイがする。嫌ではない。嫌ではないけど、長くは包まれていたくない。そんなニオイ。それに包まれて、まったりとした心もここにいた。もう、慣れたのかもしれない。
口の中がパサパサしている。だけど、うろうろしても何もない。潤いはどこだ。生まれてから何も飲んでいない。母に会うことも出来ていない。そういう運命なのだ。何も食べたり飲んだりしていないのに、濃い味がした。
「あれっ、もしかして蝉人間さん?」
「そうです。お医者さんですね?」
「そうだよ」
「まだ、どうしていいか分からなくて」
「じゃあ、まだ生まれたてホヤホヤか」
「はい」
「色々医師からの話がある前に、出てきちゃったか?」
「何も、分からなかったから」
「みんな、そんな感じだよ。言葉とかは分かっても、何をしていいか分からない。みたいなね」
「今から、ワクワクしてます」
「よかった。何人も見てきているけど、みんな充実しているから」
「そうですか。ありがとうございます」
「私たちにとっては、短く感じてしまう時間。でも、楽しく充実した日々になるから」
「はい」
「男性で、ビビビってくる人がいると思うから」
「はい」
白い廊下が続いている。パジャマ姿の人ばかりいる。特に心は、ドキドキしない。白を基調にした内観。だから、チェック柄のパジャマが、とても目立つ。恋は早い方がいい。そんな言葉が、脳に刻まれている。まだ、生まれたばかりなのに。ずっと言われてきたような、変な感じ。
まだ生まれたばかり。今、生まれたばかり。だから、肌がプニプニしている。常識では、考えられない。生まれたばかりで服を着て、自らの足で歩くなんて。風を切って、皮膚に冷たさを感じて歩くなんて。他の人とは、違う計画で動かなければならない。それも、楽しみたい。
救急車のサイレンが鳴った。また鳴った。耳は、救急車のサイレンを受け入れていた。もう、死というものを受け入れられている。そんな気さえした。他の人より、終わりがはやい。遥かにはやい。命と向き合うことが、私のテーマだ。命のことを、また考えていた。