23話 昼下がりのbetray(2)~特別教諭の忠告
「まいった……。ひぃ……もう魔力すっからかん……体痛い……いや筋肉痛来るの早っ……。若ぇなこの体……嬉しいけど嬉しくない……」
とっぷり日も暮れて、日付変更の時刻も迫ってきた頃。
ようやくアルメラルダ様の特訓から解放された私は、体に鞭打ちながら寮の自室へと向かっていた。
ちなみにアルメラルダ様はまだやることがあるらしく、生徒会室にこもっている。
……アルメラルダ様、副会長だからなー。本来私に構っている暇なんてないだろうに。
暇が無いと言えば、アルメラルダ様そういや最近あまり悪役令嬢してないな?
どうも多忙を極めているようで、この間も珍しく目の下にくまを作った状態で居眠りしていた。
……もしかして、私の虐た……もとい訓練に力を入れすぎていて、マリーデルに関わっている暇が無い?
私の魔法訓練、まずアルメラルダ様自身が訓練のための魔法をずーっと使っている状態なのよね。
だから当然疲れるし、自分の勉強だってあるし、社交界でのあれこれやに加えて学校での役割だって多いし。
公爵令嬢は大変なのだ。
マリーデルちゃんについては人に命令して虐めるという手もあるが、そういうことアルメラルダ様やらないんだよな。取り巻きの使いどころってこういう時だろうに。
原作でもそうだったのだけど、アルメラルダ様ってマリーデルいじめをけして他人任せにしないで全て自分の手で行う。
これを指して「めっちゃ愛じゃん」と感じる層も居たので、実は同人誌だとアルメラルダ×マリーデルってそこそこあった。
だから、まあ。暇が無くなれば当然いじめの頻度も下がるわけだ。
(つまり疲労困憊なアルメラルダ様には悪いけど、もしや私って存在するだけでアルメラルダ様を本物悪役令嬢からそこそこ悪役令嬢ルートに導いてる? 自由時間を奪う形で?)
気づいてしまったな……!
もしそれが本当なら、私もなかなかの物じゃない。ふふふんっ。
何もしてないというか、強いてあげるならアルメラルダ様の訓練に耐えてるってくらいしかやってる事ないけど!
「♪」
ちょっとでも自分の存在が良い影響をもたらしているんじゃないかな~といい気分になった私は、軽くなった足取りで廊下を進んだ。
この時間は出歩いている者は少なく、私の足音だけがカツンカツンと響いている。
……スキップしてもバレないかな?
「ファレリア・ガランドール」
「はい?」
人も居ないしスキップして鼻歌でも歌っちゃおうかな~、なんて思っていた時だ。背後から声をかけられて飛び跳ねそうになった。
実際は我慢してそ知らぬふりで楚々と振り返ったのだけど。
伯爵家の娘として受けてる淑女教育は伊達じゃないのですわ。
そして振り返った先に居た人物だが、見て驚いた。
クソみそに珍しい人に声をかけられたんだが。
そこに居たのは「研究塔の特別教諭」。
白衣を纏い、緑色のもさもさの癖毛を無造作にポニーテールにしている目隠れ男。
一見ただの怪しい男でしかないが、その髪の毛の下に隠れている顔はやたらと美しい……はず。実際に見たことは無いので確証はないけれど。
……彼もゲームにおいての攻略対象の一人だ。
癖が強い上に二週目以降しか攻略できない半シークレットキャラ。ハマる人はどっぷりがっつりハマる奴だが、前世の私は好みでなかったので未攻略である。
敵国のスパイとかいうヤバめの背景とヤンデレエンドという事だけ知っているから、現実では必要最低限以外絶対に関わりたくない相手なんだけどな……!?
アラタさんに追加情報を貰ったところ、個別エンドに進まない場合は在学中放置しても大丈夫とのこと。
星啓の魔女が決まった後で数年放置するとなにやら面倒くさいことになるとのことなので、大団円エンドを迎えたら速攻で自分が処理するとはアラタさんは言っていた。処理とかいう言葉のチョイスが怖いぜ!
アラタさん、特別教諭のこと話す時に屠殺場の豚を見る目をしていたんだよな……。マジで数年後何をやらかすんですかこの人……。
(そんな奴が名指しで私に用事? なんだろ……)
無視するわけにもいかないのでちゃんと体の向きを変えて対峙したが、周りに誰も居ないのでとても気まずい。
「先生、何か御用でしょうか」
尋ねれば特別教諭は少し驚いたような雰囲気。
「……先生、か。俺の事を覚えていなかったのか?」
「今先生とお呼びしましたが。覚えてますよ。授業うけましたので」
「……。そうか」
痴呆か? この数秒間ですでに会話が成立しないんですけど。
二年も在学しているわけだし、何回かこの人の授業も受けたことがある。怪しい魔法薬やら魔導機械やらの。
ところどころ不穏であったものの、授業としては分かり易かったんだけどな。日常会話が下手くそなのかしら。
このまま会話しても疲れそうだし、用事があるならさっさと終わらせてくれないかな~というオーラを出しながらじっと見つめ返す。すると特別教諭は数瞬迷った後……奇妙なことを口にした。
「不吉な影が付きまとっている。気を付けた方がよいだろう」
数瞬、脳が疑問符で埋まる。
「それは、どうも? ご忠告ありがとうございます」
淡々と返す。
変に話題を長引かせても嫌だなと、納得できないながらそこで話をぶつ切りにしようとした。だが。
「その眼は、"誤認"と"不和"を招く。今は星啓の魔女候補近くに居るため、抑えられているようだがな。いくら白亜の魔法使いに導かれた貴様とて、自力で不幸を遠ざけるにも限度があるだろう」
「??? あの……なにをおっしゃりたいのですか」
なおも続けられた上に、最近めっきり言われなくなっていた眼のことを指して言われムッとする。どうにも話して数十秒足らずだというのに奇妙なもやもやが蓄積されていくな。不気味だ。
しかしダウナー俺様不思議ちゃんキャラのそいつは私の問いかけには答えず、じーっとこちらを見ている。
髪の毛に隠れてはいるが、その視線は強く感じた。
「……確かに、白金に赤は美しい」
「はい? え、なんです突然。気持ちわるいんですけど」
「……ッ! 相変わらず口が達者なようだ」
脈絡なく投げかけられた褒め言葉? が気持ち悪くて反射的に返してしまった。確かにって、何を納得したんですか。
特訓で疲労困憊ということも手伝って、アルメラルダ様やフォートくんたちの前もないのに気が緩んでいたらしい。素直に気持ち悪かったんだけど、流石にまずいか。
あ、今のちょっとショック受けたっぽいな。……というよりも、相変わらずって言った? この人。
(あれ)
急に頭のどこかに引っかかりを覚えた。
授業の時はなんとも思っていなかったけど、この人の声ってどこか聞き覚えあるような……。
つい最近人に話した何かを思い出しついでに、記憶の図書館で過去の記録を漁った時に聞いた……ような……。
カチリとパズルのピースがはまるように、突然思い出す。
「……あー!? あの時のとんちき予言師!!」
こいつ、十年前に私の眼にイチャモンつけて一家離散の危機に追い込みやがったくそ野郎だ!!
分かったものの、叫んだ途端口を塞がれた。
「言うな! 俺は改心したのだ! あの頃の事は言うな! ええい、親切心など出すのではなかった。……来い!」
「もがー!?」
その後なにをされたって、口を塞がれたまま身動き取れないようにホールドされて誰も居ない空き教室に連れ込まれた。じ、事案!!
ヤンデレエンドのヤバい奴、それもまさかの嫌な知り合いだったがために全力で身をよじって暴れたがビクともしない。ぱっと見ひょろいくせになかなか強ぇじゃねーか!!
「落ち着きたまえ」
「もがが!?(無理ですけど!?)」
もうここが校内だとか相手が教諭とか無視して魔法ぶっぱしていいかしら。正当防衛よね。
そう思ったのだが……特別教諭は思いのほか理性的な声で諭すように私に語り掛けた。
「俺は忠告しに来たのだよ。心を改めるきっかけをくれた礼にな」
顔を覆っていた髪をかきあげて、まっすぐにこちらを見てくる瞳は橄欖石のような黄色がかった緑色。
そこに含まれる真剣な様子に、ついひるんでしまう。
私の体から抵抗の色が少なくなったからか、特別教諭は嘆息しながら拘束を緩めた。
緩めついでに離してくれませんかね……近いんですけど。
「まず。俺が予言師を名乗っていたことを誰にも言わないで欲しい。これでも憧れに近づくためにと、真面目に再就職して働いているんだ」
「はあ……」
真面目に再就職ときたか。いや、お前スパイだろ。
しかも過去に嫌な目に合わせてくれたインチキ予言師だと思い出したから、今のところ私からお前に向ける好感度マイナスなんだが~?お願いされても絶対応えたくねぇ~っとなる。
しかしどう答えていいのやらと考えあぐねている私を前に、特別教諭は勝手に話し始めた。自由人め。
「以前の非礼は詫びよう。だが今の俺はあの時とは違う。……子供の頃に憧れた、伝説の魔法使いの存在を知った今。彼が居るらしいこの国で、少しでもあの存在に近づこうと努力している。教師をしているのもその一環だ」
「そ、そうですか」
なんか自分語りはじまったな。
というか、白亜とか伝説の魔法使いって私が話したトンチキ話の? マジで信じていたんですか、あれ。
その話がどう彼の中で繋がってどう改心とかいう話になったのかは知らないけど、どうもこの人はそれをもとに私に感謝し、今のような行動をしているようだ。
それだけはかろうじて理解した。
「……予言とまではいかないが、俺は魔力の流れで"予測"を立てることは出来る。ここ最近、貴様を中心に危うい気配が漂っているのだ」
「それが私の眼と何か関係が?」
しょうがないので話題に乗ってやることにする。でないといつまでも解放してくれなさそうだ。
「ああ。……以前、俺はその眼が不幸を呼ぶと言った。それは半分だけ嘘だ」
「半分?」
「半分だ。貴様は否定したし、実際に自力でそれを退けていた。……あのあとしばらく監視していたが、感心したぞ。あの骨を溶かしたようにぐねぐねした奇妙な動きが魔力の循環を良くし、呪いごと流していたようだな。白亜に導かれるだけのことはある」
そんな恐ろしい動きしたことねぇんですが!? しかも妙な過大評価もらっとる!
……あ、いや。あれか。もしかしてヨガの事? ぐねぐねって、そこまで奇妙な動きは……いや、してたかもしれない。体が柔らかい事に感動して、結構いろんなポーズ試してましたね。
それと呪いって何ですか。
「だがその眼に呪いが宿ることは事実。利用しようとはしたが、不幸を呼ぶと言った俺の言葉も全てが嘘ではない」
「え!?」
「病気のようなものだ。ある日突然罹患する。しかし貴様は自力での対処に加え、今は星啓の魔女候補どものすぐそばに居る。奴らに大抵の呪いは通じないからな……それこそ私が企てていた呪いの魔女くらい持ってこなければ。貴様の眼が呼ぶものも、害のない程度に中和してくれているようだ。せいぜいが多少誤解を招きやすくなる、という程度か」
「ちょっと今聞き捨てならないものが聞こえた気が。呪いの魔女て」
「忘れろ。もう頓挫したことだ」
無茶言わないでくださいよめちゃくちゃ気になる。
…………これ、もしかしてなんだかんだアラタさんに聞きそびれてる原作ファレリアのスピンオフエピソードなのでは? もしそうなら思ったより不穏なのですが。
裏ルートといい、ゲームの製作者は不穏を仕込まないと死んでしまう病かなにかなのかしら。もっとふわふわキラキラ学園生活送らせろよ。
「……ともかくだ。この良くない流れが貴様の眼を根本の原因とするものかは知らないが、可能性は高い。近々良くないことが起きるだろう。忠告はしたぞ。あとは何があろうと俺は関与しない」
「突然情報の押し売りしておいてあとは関係ないだなんて、ずいぶん勝手なことをおっしゃいますね」
イライラしてつい語気が強くなる。
「…………感謝もしているが、それ以前に貴様自身は気に食わんな」
「!?」
話は通じないし一方的だけど、ヤンデレエンドのヤベー癖強キャラという印象よりは理性的に見えていたから油断した。
頬を押しつぶされるように片手で顔を掴まれて上向かされる。
「……片目くらい、えぐってやろうか」
「!!!!」
気持ち悪く吊り上がった口から伸びた長い舌が……私の眼球を舐めた。ぎしりと掴まれた顔の骨が軋む。
ぞぞっと言いようのない悪寒が背中を這い上がった。
「何してるんですか!!」
「!! フォ……マリーデル!?」
ドンっと横から特別教諭を突き飛ばしたのは、マリーデルことフォートくんだった。
咄嗟の事だったのにギリギリ名前を取り繕えた自分偉い。
特別教諭は一瞬顔をしかめたが、突き飛ばした相手が誰か分かると気まずそうに顔をそらした。
「……ふん。なまいきだったから、仕置きをしていただけだ」
「何がお仕置きですか!! 女の子の眼を舐めるなんて変態ですよ先生!! 見損ないました!!」
「い、いや、待てマリーデル・アリスティ。その前に俺はだな……!」
「聞くお話なんてありません。行きましょ、ファレリア先輩」
言うなりフォートくんは私の手を取り、空き教室から出るとずかずか荒い足取りで廊下を歩く。
その背中は魔法アイテムで女子のように華奢なものであるはずなのに、妙に頼もしく思えた。
後ろを見れば残された特別教諭が焦ったように腕を伸ばしている。
それを見るに、あの癖の強い男相手にもフォートくんはちゃんと好感度を稼いでいたようである。偉すぎかな?
だけど今ので計画狂わない? 大丈夫?
そう聞こうと思ったのだけど、意識しても口から上手く声が出てこない。
「…………」
そのまま無言のフォートくんに手を引かれ、気づけば自室前だった。
とりあえず中に入った方がいいかな? と、部屋の鍵を取り出すも落としてしまう。見れば私の手は小刻みに震えていた。
(お、おう。思ったより乙女だったんだな私……)
さっきのこと、怖かったらしい。
いやまあ眼球舐められるとかなかなか体験しねぇですわよ普通に怖いわ。
それをようやく自覚していると、うまく鍵を持てない私の代わりにフォートくんが部屋の鍵を拾って開けてくれた。
そして一緒に中へ入ると、ソファに座らされる。
「…………」
「…………」
しばらく無言の時間が続く。
「……なにされてたの、あのドブクソ野郎に」
「ドブクソ野郎」
結構強い語彙出て来たな!? と思い、つい繰り返した。
「……ふふっ。ドブクソ野郎」
面白くてついもう一度繰り返すと、フォートくんはどこか安心したように眉尻をさげた。
「それで?」
私が大丈夫だと判断したのか、もう少し踏み込んで聞いて来た。
この未消化の話を自分の中だけにとどめておきたくなかったので、先ほど言われた事を全てフォートくんに話す。
あの特別教諭が以前話した(と思う)トンチキ予言師だったという事も含めて、だ。
私の話を聞き終えたフォートくんは、難しい顔で考え込む。
「……これ、アラタにも話した方がいいね。特別教諭……あいつ自身は信用できないけど、知識的には大きいものを持っているのは事実だし能力もある。だからまったくの与太話としては済ませられない。…………予言師どうのこうのっていう自分が危うくなる情報を晒したってことは、改心はまさか本当に……? 聞いていた人物像との食い違いはそこからか……?」
「えっと……」
「ああ、最後のは気にしないで。といっても気になるだろうから、あとでまた話すよ。僕もいったんまとめたい」
「フォートくんがそう言うなら」
私がコクリと頷くと、フォートくんは急にそわそわしだした。
今は以前の調子だったのに、また最近の変なフォートくんに戻ってしまっている。
若人、どうした。
「お茶でも飲みます?」
落ち着かないなら口に入れるものがあった方がいいかなと提案すれば、首を横にふられた。
「いや。それより、大丈夫そうだし僕は部屋にもどるよ。夜遅いしね。……ファレリアの部屋には使用人って居ないの?」
「常に詰めているような使用人を連れ込めるのはアルメラルダ様レベルでないと。基本、寮の部屋は私一人ですね。身支度の時などは来てくれますが」
「そっか」
フォートくんはひとつ頷くと……少し迷ってから、私の手をとった。そして自分の両手のひらで上下からはさむ。
人の体温が伝わってきて心地よい。
「……姉さんが、僕が落ち着かない時よくこうしてくれたから。だから……その。……よく眠れるように、おまじない」
少し照れたようなはにかみ笑顔。
それと直視してしまった私は「尊ッ……!」と眩暈がした。
アルメラルダ様といい最近様子は変だけど……可愛いの過剰供給してくるの、何?
眼福ですありがとうございます。
その後しばらくなんでもない雑談をして、数十分。
「じゃあ、また明日」
「はい。また明日」
そう最後に別れの言葉を告げて、フォートくんは帰っていった。
いやぁ……良いもの見たわ。しかも帰り際、お守りにって素敵なものくれたし。
私はたった今受け取ったそれを見て顔がにやけるのを感じる。
気休めだとは言っていたけど、これをくれた気持ちがまず嬉しい。
私は嫌なことをいったん忘れることにして、その日は気持ちよくベッドに入った。
だけどあの特別教諭が言う不幸とやらは、思ったより早くやってきた。




