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第六話


午後の授業が終わった後、ホームルームを終えた生徒たちは下校を開始する。

ただ寮監から命じられている門限とされる時間が来るまでの間は、自由な時間なため、生徒たちはその時間を使い魔法を磨いたり、趣味に費やしたりと有意義な時間を過ごしていた。


その一方で、朝月 葵は今。

校長の木下に連れられ、誰もいない個室部屋に案内されている。



一見物置部屋にも見えた室内には、一人用のベットに加えて木製の机と椅子。更には本棚もあり、そこに複数の本が配置されている。


「今日からここが葵ちゃんの部屋ね。自由に使ってくれても大丈夫だから」

「………」


そう説明した後、ニッコリと笑う木下。

だが、一方の朝月は未だ心ここに在らずの様子で、茫然と目の前に広がる個室を眺めていた。

彼女がそうなった原因は言わずと知れた、五、六時間目の授業で教師から受けた、嫌がらせによるものだ。


「………」


あの時、清近から言われた言葉が何度も頭の中に流れてくる。意識しないようと考えても、一向に止む気配はない。

そして、朝月は視界に一つの手が迫っているのにも気付かずに、


「えい」

「ッ!! 痛いっ!?」


バチコン! と軽快な音と共に、木下のデコピンが朝月のおデコに炸裂した。


赤くなった額を抑え、涙目になる朝月。そんな彼女にもう一度木下は微笑みながら、尋ねる。


「どうしたの?」

「えっいや、そ」

「五、六時間目の時、何か先生にイジメられてたって聞いたけど。その事かな?」

「うっ……」


簡単に図星を突かれ、黙り込んでしまう朝月。

木下はそんな朝月にクスクスと笑いながら、そっとその小さな頭に手を置き、なだめるようにその髪を撫でた。


「ぇ、ぁの」

「ごめんね、葵ちゃん」

「…え?」

「清近先生も、普段はそこまで生徒に当たる人じゃないんだけど、色々あって、葵ちゃんの入学を快く思ってないみたいなの」


そう言って、木下はこの学園についての入学手続きについてを話し始めた。


この学園に入学するには、まずある一定の実力と知力が必要となる。

魔力の維持、操作、そして、魔法の常識呪文の認識。

これらの常識を手にし、尚且つ入学試験に受かった者だけが、初めてこの学園への入学がすることが出来る。

それがこの学園における常識だった。


だが、そんな常識を覆すように、朝月 葵はこの時代に来て直ぐ簡単にこの学園に入学してしまった。

それはまさに、生徒たち皆の努力をあざ笑ように。


「本当ならこの学園に入るには二つの試験に受からないといけない決まりになっているの。だけど、私が無条件で葵ちゃんを入学させちゃったから」

「……そうだったですか…」


確かに、何の努力もせずして授業を受けようなど虫のいい話だと、朝月も思う。

そして、同時に朝月は思った。

清近が自身に行った嫌がらせも、はたから見ればおかしくないことだったのかもしれない、と。


「でも、葵ちゃん的にはどう?」

「…え?」


だが、突然の木下の問いに弱々しい顔を上げる朝月。


「そんなどうでもいい事で当たられて、悔しくなかった?」

「ぇ、それは」

「今の話を聞いみて、仕方がない、って本当に思ってる?」

「………」


木下の挑発的な言葉に戸惑い、再び黙り込んでしまう朝月。

だが、同時に脳裏には、清近に言われた言葉が繊細に浮かび上がってくる。



『授業にやる気がないのなら、見学していても大丈夫ですよ』



確かに、朝月自身やる気がなかったと言われればそうだったのかもしれない。

しかし、それでも隣同士の席で一緒になった氷美と話しているうちに、心の奥に、魔法についての興味が小さく湧いていたのもまた事実だった。

だからーーーーーーーー朝月は、


「……その」

「うん?」

「く、悔しかった、です」

「……うん」

「みんなの前で、見世物にされて……最後に、やる気がないなら、見学していても、大丈夫って言われて、悔しくて…悔しくて…」


あの場での羞恥に対する、悔しさはある。

だが、それよりも。


「だけど、私。…魔法に興味がないわけじゃないんです。みんなと比べれば全然かもしれません。でも、私、ちゃんと魔法の授業を受けてみたいんです!」


その小さく芽生えた思いを消したくなかった。

自分のために先生に怒ろうとしてくれた氷美が抱かせてくれた思いを無下にしたくなかった。


だから、朝月はそう本心を口にしたのだ。

そして、その答えに対し、木下は口元に笑みを浮かばせ、


「そう……それなら、もうちょっと頑張ってみようか」

「…はい!」


元気よく返事を返した朝月の頭を再び、ヨシヨシっ、と撫でる木下。

その光景は頑張る生徒を応援する校長。

まさに、良い話。

で、終わろうとした。



そう。


木下が空いた片手から魔法陣を展開させ、一つの本を取り出す、までは。


「それじゃあ、今から勉強ね。はい、これ」

「…わっと!? …………って、え?」


そんな言葉を送られ、尚且つ手渡されたそれは表紙や目次に単語が書いていない一冊の本だった。

だが、同時に疑問が頭によぎる。

というのも、この世界において、本という代物は既に無くなっていると朝月は氷美から一度聞かされていた。


なのに、何故このような物があり、また渡されたのかわからない。

首をかしげる朝月。そんな彼女の疑問を解決するかのように、木下は口を動かす。


「それはね。葵ちゃんのために、私が作った本なの」

「…ぅえ!?」

「難しい内容になるのはもっと後半なんだけど、最初も基礎みたいに大事だからね」

「な、なるほ」

「というわけで、今から私が直々にテキパキのみっちりに教えてあげるから」

「…………ぇ」


木下はそう言って再び優しく笑う。

だが、その笑顔は先程のものとは百八十度と違っており、


「え、ちょっ、もう、ひ七時になるんですよ!? ご飯とか」

「大丈夫、大丈夫。ーーーーーーーーご飯なんて、お腹に入らなくなるから」

「そ、そんにゃ!?」


朝月の瞳が揺らぐ中、笑みを浮かべる木下は近づいてくる。

そして、知らず知らずのうちに朝月は個室の壁際まで追い詰められていた。


「あ、あしたっ、とか」

「ダメ」

「わわ、私、今日は色々と」

「観念しなさい」


涙目の一年生vs校長。

そんなのーーーーーーーー既に勝敗は決定済だった。



そうして、少女の悲鳴が個室内に響き渡るのだった。








それから時間が経ち、深夜一時。


「校長ー? いらっしゃいますかー?」


用事で抜けると言って、校長室から出て以降、帰ってこない木下を探していた遠闇が、ひょこりと朝月の部屋に顔を出す。

だが、そこには、



「ふーっ。満喫した」

「………ぁ、が…ぅぇ」


久々の教師らしい仕事をした! と満足する木下。

そして、ゆでダコのように頭をパンクさせ、目を回しながら床に倒れる朝月の姿があった。

のだった。




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