第五話
昼の休憩時間が終わり、午後の授業が始まった。
朝月の通うクラスの生徒たちは皆、体操服ならぬ、魔法競技用の衣服に着替えさせられ、現在、学園の運動場に集合させられていた。
「はい、それでは今から魔法の実技授業を開始したいと思います」
そう声を出したのは魔法実技を担当する女教師、清近聖良だ。
彼女は生徒全員が欠けていないか確かめつつ周囲を見渡し、何故か朝月を見た瞬間、睨みつけるような目つきを見せた。
まさに目を付けている、と言わんばかりの眼光に全身を震わせる朝月。
だが、清近はとくにそこから何かを口にするわけではなく、授業を続け、
「まず始めに呼吸法から行われる魔力を練ることから始めます」
それでは始めてください、と言葉の合図に合わせ、生徒たちは大きく深呼吸をやり始める。
「氷美さん、呼吸法って?」
「えーっと、大きく吸って、小さく吐くみたいな感じ…ですね」
「…うーん、こうかな」
すぐ近くでそう押してくれる氷美を見習い、皆と同じように深呼吸を取る朝月。
だが、
「………何も起きる気がしないんだけど」
魔法というもの自体を自身で経験したことのない朝月にとっては、当然の結果だった。
が、頑張ってください! と応援する氷美を尻目に何度も呼吸を取り続ける朝月。
だが、そんな彼女の姿を清近は冷たい視線で見据えていた。
そして、実技の授業が始まってから、五分と時間が経った中で、
「それでは、次に魔法陣の展開を始めてください」
そう言って清近が皆に説明を続けながら、その足を動かし、彼女は朝月の目の前に立つ。
「朝月さん」
「は、はい!」
「校長からあなたの事情は聞かせてもらっています。しかし、この学園に入学した以上はきっちりと魔法の授業は受けてもらいますよ?」
そう言って、再び元いた位置に戻って言ってしまう清近。
氷美が首をかしげる、その一方で朝月は内心で、
(受けるっていったって、どうやって受けたらいいのよ…)
理不尽な言葉にそう言葉を漏らす朝月だった。
そして、授業は終盤に近づき、今度は本格的な魔法の授業が始まった。
お題は魔法の中でも初期であるファイアの魔法を唱えること。
用意された的に当てるだけという、初歩的な魔法だ。
列の順番で魔法を唱え、まだ一年ということもあって巨大な魔法を打ち込めている者はいなかった。
だが、クラスメイトの誰もが魔法を唱えることに成功していた。
「次、朝月さん」
そして、順番として朝月の番が来る。
「…は、はい」
的に対し、魔法を当てる。
そもそも何も知らない彼女にとっては、意味をなさない授業だ。
朝月は皆がやっていたように、同じ言葉を言おうと呼吸を取り、手のひらをかざして、
「ふ、ファイア!!」
そう、魔法を唱えた。
だが、何も起きるはずもなく、周囲の生徒たちの中で数人の笑い声が聞こえた。
今日始めたばかりで出来るはずもないのに! と顔を若干赤くさせた朝月は、そのまま逃げるように元の場所へ戻ろうとした。
しかし、
「もう一度」
「…え?」
その言葉が、朝月に続き、笑っていた生徒たちの表情を凍らせる。
清近は冷たい視線を向けたまま、朝月に続けて言葉を続ける。
「聞こえなかったのですか? もう一度です」
「ぁ、はい…」
そう言われて、急ぎ元の場所に戻った朝月は、同じように手をかざして、
「ふ、ファイア!!」
魔法を唱える。
だが、出ない。
それなのに、
「もう一度です」
「ぇっ」
有無を言わさず、そう命令する清近。
その冷徹な瞳に怯えを見せた朝月は、言われるがままに魔法を唱え続ける。
「ファイア!!!」
「もう一度」
「ファイア!! ファイア!」
「…………もう一度!」
それはもう、魔力がどうとかの話ではなかった。
側から見ても、それは教師による生徒のイジメとしか、見えなかった。
「っ!! ファイア! ファイア!! ファイア!!」
清近の一喝に対し、涙を目に貯める朝月はがむしゃらに魔法を唱え続けた。
手が震え、顔が熱くなる。それでも唱え続けた。
だが、
「もう結構です」
その一言によって、その場一帯の空気が一瞬にして凍りつく。
「……っ」
汗をかき、震えた様子で清近に視線を向ける朝月。
対する清近は、一度たりともそんな彼女に振り返ることをせず、
「今のように、しっかりと魔力を練れていない状態で魔法を唱えたとしても魔法は発動しません。このような失敗をしないよう、皆さんは十分に注意するように」
それは、子供同士のそれとは違う、大人によるイジメだった。
クラスメイトの誰もがその光景を前にして、笑うといった動作ができないほどに悪質な行為だと感じてしまった。
そして、朝月もまた震えが足に伝わり、ついにはその場にしゃがみ込む形になってしまった。
氷美は慌てて朝月の元に駆け寄る。
だが、そんな中で、
「それと、朝月さん」
清近は、やっと視線を朝月へと向ける。
その目はまさに、氷のような冷たい瞳だった。まるで朝月を貶しているかのような視線だった。
「授業にやる気がないのなら、見学していても大丈夫ですよ」
「……」
「はい、それでは五限目の授業はこれで終了したいと思います。次の授業では、さらに連携のとれた魔法の授業を行いますので」
清近はそう言ってその場を後にしようとする。
クラスメイトの皆が言葉を吐き出せない。
そんな中で眉間にシワを寄せた氷美は勢いよく立ち上がり、
「先生! 今のは」
そう教師に対し、異論を唱えようとした。
だが、そんな彼女を制止するように、手を握ったのは朝月だった。
「氷美さん! その、大丈夫だから」
「っ!! で、でもっ!」
「へ、平気だよ! それに、ほら。先生から授業サボれる許可をもらったんだよ? ラッキーって感じだし!」
だから、大丈夫だよ…、とそう言った朝月はそのまま氷美に背を向け、手洗いに行くと言ってその場を後にした。
運動場に残されて氷美は、そんな彼女の後ろ姿を見つめ、唇を紡いだ。
大丈夫だよ…。
そう言った彼女の顔は、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
大丈夫なわけがない、とそう思った。
「朝月さん…」
励ますことも、手助けすることもできない。
氷美は悔しげな表情を浮かべ、強く手を握りしめることしかできなかった。