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第四話



目上の担任教師を泣かせた、こと朝月 葵は今、昼の休憩時間の合間を使って学園の中庭に訪れていた。


元いた日本の学校にも中庭というものはあった。

だが、この学園のそれは教育を学ぶ場としてはどこか不相応なほどに広い敷地を持ち、加えて芝生と木造建築の休憩場が配置された、例えるならまるで公園みたいな所だった。


「ふぁ〜、気持ちいい〜」


芝生の上に仰向けで寝転がる朝月は、そう言って固まっていた両腕を上へと伸ばす。


中庭全体に吹き抜ける風はその敷地に新鮮な空気を運び続け、またその涼しさはその場にいる者たちに安らぎを与えてくれる。

休憩時間に、これだけの心地よさを得ることが出来る事を鑑みれば、この場所は誰にとっても居心地の良き憩い場だと、誰もがそう思えただろう。

ーーーーーーーただ、



「あれが、転入生か」

「何でも遠闇先生を泣かせたって聞いたけど」

「え、それ本当?」



そんな噂話さえ聞こえてこなければの話だが…。

朝月は苦い表情を浮かべながら、大きく溜息を吐き、空を見上げる。


「あと二時間、どうしよう…」


クラスメートたちの会話を盗み聞いたかぎりでは、どうやら午後から行われる授業はどれも魔法の実技授業だという。

とはいえ、魔法など一度として使ったことのない朝月にとって、授業を受けて一体何をどうしろと!! と訴えたくなる気持ちなのである。

後、考えるだけで頭痛がする。


「………」


だが、実際そんな事など何の問題もない。

何故なら、朝月自身がそんな悠長なことを考えている立場ではないことを十分に自覚していたからだ。


突然と、前触れもなく過去から未来に来てしまったこと。

そして、あの時話には出なかったがーーーーーーーーおそらく、元の時代に帰れる手段はないということ。



「…………お父さん。…お母さん…」



まだ、幼い身である彼女にとって、心の支えとなるのは両親だ。

そして、一度不安を考えてしまえば、それはゆっくりと着実に膨れ上がっていく。

休憩という名の時間が彼女に思考の余裕が与え、また考えは着実と暗い方向へと進んでいく。




だが、そんな心が沈みかけた。

その時だった。




「あ、あの…隣、大丈夫ですか?」

「ぇ?」



その声に反応して、朝月は顔を振り向かせた。

すると、そこには一人の眼鏡女子の姿があった。

最初の授業。隣の席に座り、また教科書代わりの魔法陣などを見せてくれた彼女、氷美秋保だ。


「あ、貴方は確か…氷美さん…」

「はい、氷美秋保です。……そ、それで、あの…と、隣に座っても大丈夫ですか?」

「え…あ、はい! 大丈夫ですよ!」


尋ねられてい事を察し、思わず慌てた声を上げてしまう朝月。

対する氷美は、ありがとうございます、と優しげな笑みを見せた後、ちょこんと朝月の隣に腰を下ろした。

そして…、




「「……………」」




何故か、二人の間に沈黙が落ちてしまった。


(…あ、あれ…?)


言葉のない、静寂の空間。

とはいえ、今日会ったばかりで仲良く話せなど高難易度にも等しくもあり、またこのまま何も話さないというのもどちらとしても、辛い。

朝月は頭に手をやりながら、何かを話すネタがないか、と考える。

だが、それより早く。


「あ、あの!」

「はい!?」


驚く朝月をよそに、氷美は大きな声を上げながら、また顔を赤くさせ、真剣に眼差しを向けていた。

そして、そのままの勢いで彼女は、こう尋ねてきたのだ。




「朝月さんは、その…かつて滅んだ日本文明に詳しいんですか!!」

「っえ? に、日本文明っ?」





朝月にとって、日本文明など、初めて聞いた言葉だった。

だが、それよりも、


「って、……滅んだ!?」


かつての日本とは違う。

それはこの時代に来て直ぐに理解は出来ていた。だが、まさか過去に存在していたはずの日本が滅んでいたというその事実に、朝月は驚きを隠せなかった。


「え? はい。そ、そうですけど…」

「滅んだっていつ? それって何年ごろに!?」

「ぅええっー? あ、えっと」


立場が逆転したように、逆に詰め寄られる氷美。

その鬼気迫った圧に彼女の表情は、今にも泣き出しそうになる。


「あっ…ご、ごめんなさい」


我に返り、頭を下げる朝月。

対する氷美も、ほっと息を吐く。


「その、私自身もそこまで知っているわけじゃないんです。ただ、朝月さんが朝に言っていた『教科書』っていう言葉は日本文明についての書籍にもよく出ていましたので、もしかしたらと思いまして」

「あ、ああ。…なるほど」


そりゃ、過去から来たもん…、と思う朝月。

しかし、その一方で氷美の様子がおかしくなり、まるでテンパるように、


「あ、あの、それで私。日本文明に凄く興味があって。昔からよく書籍を辿っては色々勉強してるんです。 でも、中々みんなとくに興味とかない感じで、そんな時に朝月さんが来て、日本文明で使われていた単語とか知っていて、その、えっと」

「お、落ち着いて落ち着いて」


苦笑いを浮かべながらそう言う朝月。

容姿に沿わない急ピッチで喋りを見せた氷美は、改めて大きく深呼吸を取り、心を落ち着かせる。

そして、今度は自信なさげに自身の手をいらいながら、不安げな顔を上げ口を開き、


「…私、日本文明について、どんな小さな事でもいいから、知りたいんです。だから、朝月さんに教えてほしくて」

「……」

「その…だめですか?」


何かを教えてほしい時、その言葉によって真剣かどうかは問われる。

とくになんの考えもなく教えをこう者もいれば、はたまたカマをかけ教えれもらえればラッキーと思う者もいる。


「………」


だが、彼女の言葉やその瞳は、真剣だった。

本当の意味で、かつての日本について、知りたいと思っている、そんな瞳だった。

そしてそれは、過去から来た身である朝月にとって、どこか嬉しくもあり、また照れ恥ずかしくもあった。

朝月は、頰を少し赤らめながら頭に手をやりつつ、


「その…うん……いいよ」

「っ! ありがとうござい」

「…で、でも、その代わりになんだけど」

「…はい?」


キョトンとする氷美に対し、朝月も言い淀んだ声を出しつつ、


「その……わ、私にも色々と教えてほしい…だけど、…魔法とか色々ふくめて」


その後、顔を伏せてしまう朝月。

自身の顔を見られたくなく、恥ずかしげな行動をしてしまう。

その場に数秒の沈黙が漂う。


その中で、口を閉ざしていた氷美はその小さな口を綻ばせ、




「いいですよ」




そう言って、朝月の前にそっと手を差し出した。

その行為に呆気にとられる朝月。

氷美は改めて言葉を添え、


「これからよろしくお願いします、朝月さん」

「…こ…こちらこそ、よろしくお願いします、氷美さん」


二人は、互いの手を握って、そう挨拶を交わすのだった。


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