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第十話


それは、いつもと変わらない朝。

至って特別な行事もない、平凡な日中に起きた出来事だった。



学園の全一学年にあたる生徒たち、皆がーーーーーーーーその日、地獄を見た以外。







朝のホームルームが始まる手前の教室。

その室内の一席でいつものように机にグッタリとした朝月の姿があった。


「だ、大丈夫ですか?」

「ぅん、だい、じょーぶ」


心配した声をかける氷美。

対する朝月はというと、昨日の学園の校長でもある木下に受けたガッツリレクチャーによって、軽く貧血を起こしてそうな気分で教室に登校してきたのだ。

とはいえ、実際その心情では。


正直、休みたかった気持ちが半分。

あの過酷な勉強をした部屋にいたくなかった気持ちが半分。


と、どうにもやりきれない気持ちでもあった。


「む、無理しないでね」

「ぁー、ありがとう」


氷美にそう言って手を振る朝月。

顔を上げ、チラリと壁に吊るされた時計の時間を確かめ、教師が来るまで後十分。

十分に休める!! と内心本気で思っている、色々と手遅れ朝月は再び睡眠に移ろうとしていた。


だが、そんな時だった。


ガチャン!! と、いう音に続き、今まで開いていたはずの扉や窓が勝手に閉まった。

しかも、慌てた生徒たちが開けに入ろうとするもビクともしない。

困惑するクラスメイトたち。

そして、気にせず爆睡する朝月。


すると、その時。

教室内に突然と女性の声が聞こえて来た。


『はい、皆さん。おはようございます!』


その声は校長こと、木下理沙の声だった。

そして、生徒たちが騒つくのも気にせず彼女は言葉を続けていく。


『今日は本来あった授業を休みにして、一限から四限までの時間を使って特別授業をしたいと思います。そして、午後は授業ですが、この四限の授業の間に課題をクリア出来た人から順に帰ってもいいことにもします!』


どうですか? やる気が出ましたか? の声に一瞬、固まる生徒たち。

だが、その数秒後にして、


「やった!!」

「よっしゃー!!」


など、歓喜の声を上げる生徒たち。

その一方で、未だ寝ている朝月を起こそうとしている氷美の姿があった。


『それじゃあ皆、席についてくださいね」


木下の声に従い席に着くクラスメイト。

そして、そんな中でも未だ起きない朝月。

すると、その時。

朝月の目の前に突然、小さな魔法陣が現れ、そこからひょこりと女性の手が出てくる。


そして、その指だデコピンの構えを作る、勢いを付け、その平べったなおデコに対し、


「っぶぎっ!?」


バチコンッ!! と綺麗に決まったデコピンが朝月の頭部を後ろに後ろに反らし、体含めた机ごと後ろに吹き飛ばされてしまったのだ。


『そろそろ起きましょうね、葵ちゃん』

「ひゃ、ひゃぃ…」


魔法デコピン。

朝月は涙目でそう返事を返し、クラスメイト全員が若干引いた表情を浮かべていた。


そして、それから数分達。

生徒たちが座る席の机に小規模な魔法陣が出現する。

それは長い文が書き記されたもので、指でなぞって下に下ろすも一向にそこにつかないという長文の魔法文字だった。


『今からそれを皆さんに詠唱していただきたいと思ってます! ちなみに、唱え終わるとその魔法陣は綺麗さっぱらと消えて無くなるので、それが出来ればクリアとなります』


それじゃあ、皆さん! 頑張りましょう!! と言うと合図に似た木下の声が聞こえた。


それと同時に、クラスメイト全員が一気に詠唱を開始する。

これだけ長い長文。他に気をそらしている間すらないと全員が瞬間的に認識したのだ。

だから、よそ見や雑談など、している暇はない。

集中するんだ!! と皆が視線を魔法陣に集中させた。



だが、開始してようやく一時間が経った頃。



「ぅつ、俺無理」

「ち、ちょっと、きゅ、休憩」


長文の詠唱。

それは実質過酷な授業だった。

生徒の大半が詠唱酔いにあってダウンし、また吐くものもいる。

普段から長文に取り組んでいないものほど、その影響の差が比例していた。


「ふぅ…」


氷美は一息つきながら体を伸ばしている。

普段から日本文明の書籍を探しているためもあってか、酔いの影響が極力少なかったらしい。

とはいえ、疲れがないわけでもない。


(朝月さん、大丈夫かな?)


自身の疲れも自覚しながら隣に座る朝月が気になり視線を向ける。

すると、そこには、



「ふん♬ふん♬ふんふふん♬」



鼻歌をつくように魔法の詠唱をする朝月の姿があった。


「…………あ、朝月さん?」

「ん? どうしたの、氷美さん?」


予想もできなかった光景に目を点にする氷美。朝月は首を傾げながら、そんな彼女の表情に疑問を抱く。


「その、朝月さん。大丈夫なの? その、こんなに長い文なのに…ぇ、詠唱し続けて」「ん? あー、確かにし長いよねー」


一つも疲労を感じさせていない朝月は小さく笑みを浮かべながら、氷美にそっと耳打ちするように、


「(この長文詠唱って、実は疲れないための秘策があるの)」

「っえ!?」


その言葉に驚く氷美に対し、クスクスと笑う朝月はその答えを教える。


「多分、皆んなもそうだと思うけど。詠唱する時、詠唱しようっ! て思うから疲れるんだと思うの」

「? 詠唱しよう、って? え、どういう」

「例えばの話、氷美さん、歌って知ってる?」

「え? あ、はい。昔日本文明にあったとされる言葉の詩ですよね?」

「うわっ、歌って今だとそんな認識になってるんだ…」

「?」

「えっ、と。こほん。それじゃあ、一回ちょっと歌っていうのを歌ってみるから聞いててね」


そう言って朝月は呼吸を取りながら、昔習った歌を歌っていく。

それは、昔から伝わる『故郷』の歌。

一定のテンポをキープしながら歌うそれに氷美をふくめたクラスメイトたちも皆、視線を朝月に集中させられていた。

そして、歌い終わった朝月は、


「っと。こんな感じのが歌なんだけど。って、え、どうしたの?」

「……ごい」

「え?」

「凄い!! 朝月さん!凄くよかった!!」


感激した様子ではしゃぐ氷美。それに続くようにクラスメイトたちから拍手が送られる。


「な、ななっ!?」

「ねぇ、もう一回! もう一回だけ!」

「むむ、無理!!って、今はそれじゃなく、詠唱の話!!」


そう言って強引に話を戻した朝月は説明を続ける。


「つまりは、勉強しなきゃ! と思うのと、遊ぼう!!って思う、そういった心構えがこの長文をクリアする答えなの!」

「?」

「今歌った歌は、決められた言葉を口にする詠唱に似たようなものなんだけど。でも、氷美さん、今の聴いていて不快に思った?」

「う、うんん。そんなことは、思わなかっ………あっ!」

「そう、つまりは詠唱の魔法文字を歌に置き換えて唱えればいい。それだけで少しはマシになると思うの」


長い長文は本来、勉学以外に魔法では滅多に使われることがない。

そのため、唱えることに対してそこまで熱を注がなくていい、と木下にそう教えてもらった朝月が見つけた策。


それが、この歌に置き換えて詠唱する、といった方法だった。


「うーん、でも氷美さん、歌は知らないみたいだし」

「…ぅぅ」

「それじゃあ、氷美さん。もうちょっと頑張って私の読んでいるところまで詠唱してくれる。出来たら、そこから一緒に歌おう」

「え、でも、それだと」


その誘いに戸惑った様子の氷美。

だか、対する朝月は笑顔を浮かばせて、



「この前のお礼みたいなのもだから」



ほら、頑張って! とそう言って朝月は応援してくれる。

氷美はそんな彼女の声に対し唇を緩ませ、


「ありがとう、朝月さん」


そうして、目的の詠唱文まで頑張る氷美なのであった。



後、付け足すと、



(よし、俺たちもあれにつづこう!)



聞こえて来た二人の内容に対し、相乗りするべく頑張るクラスメートたちの姿があるのだった。










そして、昼休みがやってきた頃。

昼食のため、職員室には教師が外に出ているこの時間帯。そんな場所で、清近聖良は魔法陣を通した映像を見据え、そっと口を開いた。


「現在、他クラスが未だ困難している中で、一年二組だけが四時間目終了間近で詠唱授業をクリアしました」


その言葉は独り言ではない。

そう言って清近が振り返った、先にいたのはもう一人の教師。



「あなたの策ですか? 校長」



この学園にしての校長。

木下理沙に対しての言葉だったのだから。


「校長…いくら自分が招き込んだからといっても、朝月一人に執着しすぎてはいませんか?」

「あら、そうかしら?」


だが、対する木下はそんな視線に怖じける様子もなく、


「でも、今回。私は本当に何もしていないわよ? 詠唱なんて、はっきりどうインチキしても手がつけられないもの」

「………」

「それに、歌に置き換える、なんて私にはできないし」


そもそも歌も知らないもの、と笑って答える木下。

その笑みすらも胡散臭く見えて仕方がない、この学園の校長。

頂点に立つ魔法使い。


「………」


清近はそんな彼女をじっと見つめていたが、ついには諦めたようにため息をつき、


「そうですか。…では、今回は大目にみましょう」

「ふふっ。硬いわね、清近先生は」


そんな木下の言葉を無視して、清近は教室から出て行った。


そして、誰もいなくなった職員室。



一人残る木下は、自身が展開した魔法陣。その先に映る朝月を見据え、そっと口元を緩ませながら、


「歌か……」


そう言って、指を動かしリズムを取りながら、鼻歌をつくのだった。





それは、朝月が歌っていた、この未来には残されていないはずの歌をーーーー









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