大事なことは言葉にしましょう
これは、かつての再演。
「わたくし、この戦いが終わったら、騎士団の長になりますの」
「戦場のジンクスって知ってます?」
「そんなもの、へし折るに決まってますわ。それに、守ってくださるんでしょ?」
「守る必要あるかな…………」
「だから」
まだまだ、幼い約束で。
「手伝え、私の騎士」
「ご随意に、我が姫様」
永遠の誓い──
ハルの意識は徐々に現へと帰還してくる。
夢を見ていた。
昔のこと、というにはまだたった数年しかたっていないけど、すっかり記憶の片隅で埋もれていた思い出だ。
頭がまだぼんやりとしている。
妙に身体が重く感じられて、伸びをしようとして。
「うぅん」
「………………げ?」
カトレアが、自身の腕に抱きついて眠っていた。
ほぼ確実に、師匠がやらかしやがった。ハル達の意識を奪ってから、同じ部屋に投げ込みやがったのだろう。
(ここどこだよ)
改めて、周囲を見渡す。
複数人で使用することが想定されていないベッド、決して華美ではないが高級な家具達。
(情報が無さすぎる……)
まあでも、ここに放り込んだ下手人からして、ハル達が危険に曝されることはないだろう。
ならば、師匠がこんなことをした理由は多分。
(話せってことだよな……)
そしてちゃんと二人で、今後のことを決めろということだろう。
こんなにも周りを巻き込んでしまっては副官の言う通り、一人前には程遠い。
気合いをいれるために、自分の頬を叩こうとして、カトレアに腕を固定されてしまっていることを思い出した。
「おーい、カトレア」
まずは、眠り姫を起こそう。
ハルは、彼女の額を軽く指で弾いた。
◇
「あなたが、クアラトリウス家の?」
「ええ、三男のハルです」
「そう……」
護衛にとカトレアにつけられた彼は、自分よりも歳上のはずなのに幼く見えた。
「ならば、せいぜい守られていて下さいね、わたくしの騎士」
お願いだから、死なないで。
「あなたを守るのは、自分です。それに、多分姫様よりも自分の方が強いので安心してください」
「は?」
「あ?」
夢を見ていた。
今よりも未熟な、自分とハルの思い出の再演。
あの日から、ずっと自分は彼に寄りかかっていた。
というか、『わたくしの騎士』なんて、こっぱずかしい事を言ったのか、あのときの自分は。
「カトレア」
優しい呼び掛け。
そうだ、もう目覚めなければならない。ゆっくりと目蓋を開ける。
「おはよう、お姫様」
「……………………おはようございます」
とっても優しい眼差しを向けられて、カトレアは顔をそらしたくなる。
何度となく見てきた彼の表情だけれど、今はもうその意味も理解できてしまっている。
だから。
しっかり、向き合わなければならない。
◆
「ごめん」
口火を切ったのは、ハルだった。
伝えなければならないことは、たくさんある。
「こんな、大事にして、カトレアを傷つけて」
こうやって、最初から直接伝えればよかっただけなのに。
「本当にごめん」
カトレアは首を振る。
確かにきっかけは、彼の策略めいたプロポーズだっただったかもしれないけれど。
「ごめんなさい」
大事にしてしまったのは、ずっと彼から逃げたカトレアの方だ。
「驚いてしまって、顔も合わせなくて」
今一番彼に伝えなければならない言葉はこれじゃない。
ハクハクと鳴る鼓動は、今にも口から飛び出そうだ。なんとかそれを鎮めて、心の中の想いをかき集める。
「わたくしは、ハル・クアラトリウスを愛しています」
ああ、少し違う。愛だけではない。きっと、自分は──。
「カトレア・ク・ハゥクロアエは、あなたに、ずっと恋をしています」
カトレアは、ハルに肩を掴まれてそのまま一緒にベッドへと倒れこんだ。
「ずるい」
「あら、裏でこそこそ勝手に手を回していたあなたの方がよほどではなくて?」
「…………」
きまりが悪くなったのか、ハルはカトレアをぎゅうぎゅう抱き締める。
「それで、あなたからは、何も言ってくださらないのかしら」
「……急に余裕出てない?」
唇を尖らせた彼の言葉に、カトレアはくすくすと笑う。ほら、と彼を促す。
「俺は、あー、うん。ハル・クアラトリウスは、君が、カトレア・ク・ハゥクロアエが、考えているよりもずっとずっと、あなたの事を愛しています」
「負けず嫌い」
「うっさい」
彼の髪が触れる。
彼女の髪が触れる。
吐息が混ざり合う。
体温が溶け合う。
そして──。
「そういえば団長、書類にサインしてください」
「情緒ってものもご存じないの?」
「逆に聞くけどカトレア。今、俺が情緒大事にしたらどうなると思う?結構、限界なんだけど」
「…………さっさと寄越せ、副団長」
本当の意味で、二人がもう一歩踏み出すのにはまだまだかかりそうだ。
窓の外は、どこまでも、どこまでも、晴れ渡っている。