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肉体言語は心をひとつにする

隔絶すれば、孤立する。

圧倒的な才は、孤独を産む。

だから同じ時代に同じ領域で、同等の才を持つものに巡り会えたということは、幸せなのだ。


魔法剣は、長い歴史を持つ。だが、不思議とその技術が体系化されることはなかった。

それは、魔法剣が戦乱期に発達したからに他ならない。

純粋に、表だって技術を継承する余裕がなかったのだ。また、魔法剣は戦場の技術だ。目的は自らが生き延びること、そのために相手をあやめるため。型として成立するよりは、無形であることの方が利点も大きかったのだ。

それも昔の話で、ひとまず統一が果たされた現在の大陸では、今後魔法剣の体系化あるいは、この技術そのものが廃れていくだろうと、有識者達は囁く。


だが、そんなことは、今もって対峙している二人には全くもって関係がなかった。ただ、二人にあるのは、一つの思いだけだった。


((こいつを倒す))


王に連なる血族であることの証である銀の髪を持つ、目の前の敵を睨み付ける女剣士、名はカトレア・ク・ハゥクロアエ。騎士団長を務めている。一方平民にもっとも多いとされる黒の髪を短く切り揃えている男剣士、名をハル・クアラトリウス。こちらは、騎士団副長だ。

彼女と彼は、


「…………………ちぃ!」

「…………………くそが」

((隙がない!))


かれこれ十分以上の間膠着状態に陥っていた。


達人同士の斬り合いは、剣を持たずに始まると言われる。魔法剣は、その名の通り魔法と剣を組み合わせる戦い方である。魔法に頼りきれば、剣に斬られ、剣に頼りきれば魔法に蹂躙される。才がなければ身に付かないといわれる魔法剣は、あまりにも必殺の技が多すぎる。

そのため、もっとも重要になるのは、相手の未来を読む、先読みの技術だ。


カトレアの頬に、つうと汗が流れる。たった今、カトレアは斬られた。

無論、現実にではない。読んだ未来では、右からの踏み込みは魔法によって、足元から崩されて体勢を建て直す前に喉を一突きされた。

相変わらず性格の悪い小魔法を使いこなしやがる。

カトレアは内心で毒づき、剣を上段に構える。


ハルは、カトレアの構えに呼応して、2歩後ろに下がった。あのままだと、剣の餌食になっていたと、読んだ。目眩ましの魔法からの、上段切り。

腹立つほど豪快な剣を使うくせに、小細工を弄することも厭わないのが、まじで嫌になる。


多少は動じてくれてもいいのに、とカトレアは思う。うざいほどに冷静に対処される。


もう少し戸惑えよ、とハルは思う。カトレアはハルの動きを受けて、その距離を詰めることなく構えを中段に変えて、半歩だけ後ろに下がった。今の動きのせいで、次に読むべきことが増えた。


二人とも確信している。

この勝負、決着はほんの一瞬だ。お互いに、薄氷の上を歩いているようなものだ。

だけど。

だから。


(ああ、まったくこんなに楽しい時間はありませんわ!さっさと、ミスれ!)

(本当に、楽しませてくれる!そろそろ、読み間違えろ!)


大陸で、最も格が高い大会。当然、観客も大勢いる。だが、二人の間に、歓声は無く。時の流れも無く。


(さっさとこいつ、床に沈んでほしいですわね!)

(スタミナ切れて、へばってくれないかな!)


お互いのことしか見えていない。


観衆も、何もかもを置き去りにして、ある意味二人きりの世界を作り上げている騎士団の幹部に対して、おっさんは暇をもて余していた。


「今年も、やはりこうなるか……なあ、剣聖」

「…………何故、王であるあんたがここにいるんですか。さっさと、あっちの席に帰れ」

「あんた呼ばわりは不敬だぞ」


剣聖と呼ばれた壮年の男は、獅子のような威を放つ王の言葉を鼻で笑って返す。


「打ち首にされたいか?」

「全力で抵抗しますが、よろしいですかな?」


たまったもんじゃないから止めてくれと、王は肩をすくめる。気安い関係である。


「しかし、本当に何度目か。この'大会'で、俺の娘とお前の弟子がやりあうのは」

「私は、あれを弟子とは認めてないんですがね。少なくとも、'大会'が始まってからずっとではないかと」


年に一度、大陸中の猛者を集めて行われる'大会'。これは、大陸が統一されてから開始され、今回で十度目を迎える。


「毎度毎度、実に地味な決勝になるのは、いい加減飽きてきたぞ」

「この駆け引きが、決して地味なものではないことはあなたも分かっているでしょうに」


このライオン親父に王という地位がなければ、剣聖なんていう称号は押し付けていた程度には、腕がたつ。


「そもそも、あの二人のどちらか一方のみが決勝に上がれば、勝敗が確実すぎて賭けも盛り上がらなくなって、困るのは国の方です」


この'大会'、運営費が馬鹿にならないのだ。


「そうだけどさあー?」

「子供か!少なくとも、今年はあの阿呆がサプライズを仕込んでいるので、表彰式は退屈しないでしょう」

「あー、クアラトリウス家が仕組んでたあれか…………。失敗したらどうするつもりなんだ?」

「次の'大会'でしょうな」

「なんで毎年、娘とその辺の馬の骨の逢瀬を見せられにゃならんのだ」

「知るか。あと、そろそろ近衛達が可愛そうだから席につけ」


おっさん同士のじゃれ合いは、当然二人の耳には、届かない。


どこからか、蝶がひらひらと舞い込んだ。


ハルは、右足の爪先で、地面をこんこんと蹴る。


しまった、とカトレアは気づく。ほんの数瞬の間でしかないが、ハルに未来を渡してしまった。

(今の、足の動きは、フェイント?でも、本命の可能性も……)

思考に、ノイズが混ざる。僅かなラグが、命取りになる。


ようやく勝ちを手繰り寄せる未来をつかみとった。ハルは、動く。

選択したのは、剣技では最も得意とする刺突だ。

(ここで、決める)


(凌いでやりますわ!)

読み合いで、今遅れをとっているのはカトレアだ。その事実は、受け入れる。

だが、それがなんだというのだ。受けきれば良い。

ハルは、ここで決めきりたいはずだ。ならば、選択する魔法は、肉体強化のブースト。得意の刺突を選ぶだろう。だから、ここでカトレアの命を委ねるべき魔法は。

『スリップ』

足場の摩擦を極端に減らす呪文を唱える。


『ブースト』

ハルは、脚力を強化することを選択する。必要なのは、一瞬で勝負を決する速さだ。

一歩踏み込む。ぐんと、一気に身体が前に進む。

しかし、それを見たカトレアの口がニヤリと歪んだのが目にはいる。


(勝った!)

カトレアは、自分が賭けに勝ったことを確信する。ハルは、二歩目でバランスを崩す。彼のことだから、それはほんの僅かなもので完全な隙を与えてくれる訳はないだろうが。

(一瞬あれば、充分ですわ!)


(なんてことを考えているんだろうな)

ハルは、二歩目を踏み出す。

残念ながら、未来をつかむのは自分だ。

『ドロウ』

体勢を崩すことなど無く、ブーストの効果は十全に発揮される。

彼女の瞳は驚愕に見開かれた。


(まさか!)

戦局が大きく動いたきっかけの、ハルの足の動き。あそこで、何かしたのだろう。

ハルに、懐に入り込まれる。


最後の攻防。


「ハァァァァァァァァッ!」


まだ負けていない。


「シィィィィィィィィィ!」


まだ勝っていない。


時間が引き伸びる。

ハルの突きを、カトレアはわずかな首の動きで直撃を回避する。そして、ハルの伸びきった腕を掴んだ。


「ぐうっ!」

右の腕を砕かれた。

苦悶の声が、ハルの口から漏れる。しかし、まだ。

「奥の手、『ウィップ』」

呪文と共に、ハルの剣がしなる。


「…………っ!」

予期しない痛みが、カトレアの背中を襲う。生理的に身体を、丸めてしまう。


ハルは、カトレアの首に手をのばす。

カトレアは、ハルの左手を防ごうとする。


「「アアアアアアアアアッ!!!」」


いい加減勝たせろ!

そろそろ負けとけ!


果たして──。


おっさんは、結局最後まで近衛兵達を無視していた。


「さて、剣聖。今回の勝負は、どこで決したと考えるか」


剣聖は、王に背を向けたまま。


「さてさて。時の運、ですかな」

「ほう」


あの、二人の間に差はない。勝負を分けたのは、ほんの微かな、天の思し召し。例えば、蝶がどこからかひらひらと紛れ込むとか。


「それで、先ほどから何を探している?」

「剣聖ですからね。無論、これです」


腰に携えた。


「必要になると思うか?」

「なるでしょう。だから、あんたも近衛に持ってこさせたのでしょう?」


王も、近衛から受けとる。王のそれは、巨大な鉄の塊のようだ。


「まったく……尻拭いをさせるとは、偉くなったもんですねあの小僧も」


剣聖の目に写るのは、リングで大の字になって拳を天高く掲げている、男の姿だ。勝者は、銀の髪をもつ騎士団長ではなく、黒の髪を持つ副騎士団長──ハル・クアラトリウスだった。


「素直じゃないのう」

「やかましいですね。そういう王はなんでそんなに嬉しそうなのですか」

「え、荒事」

「まったく……」


リングで、物理的に火花が散った。案の定、十四王女のカトレア・ク・ハゥクロアエが情緒的に限界を迎えたのだろう。


「やれやれ、いきますよ」

「そういうお前も嬉しそうだぞ」

「気のせいです」


ワアッ、と観客の声援が届く。

激闘を終えた二人は、大の字になって寝転がっていた。

空は、茜色に染まりつつある。


「ねえ、カトレア」

「クアラトリウス、弁えろ」

「大丈夫でしょ、誰も聞いてないよ」


それもそうかと、カトレアは思った。


「おほん、ならば陰湿小細工男、一体どうしましたの?」

「負け犬がキャンキャン鳴いてるねえ」


余裕で流されるのが腹立つ。前回は、『脳筋大雑把女』とか言ったくせに。最も、カトレアも今のハルと同じ返しをしたのだが。


「次はそっちが吠え面をかく番ですわ」


これも、毎度のこと。カトレアとハルはこんなことを繰り返してきた。


「それはどうだろうね。それと、俺と結婚してください」

「ええ、必ずハルを地面に這いつくばらせ……………………なんて仰いました?」

「結婚しよう。あと、もう外堀は埋まってるから」

「……………………………………はああああああ!??」


制御ができなかった魔力が空気を焦がす。第二ラウンドが始まった。


にこにこと、カトレアとハルをいさめにきた王と剣聖が乱入した表彰式は、ある意味で伝説になった。


「あ、あ、あ、あ、あなた!そもそも、わたくしのことそういう目で見てましたの!?」

「割りとずっと。というか気づいてないの、君だけだし、つーかそもそも自覚ないの?」

「ひへひへへはへふは!????」

次回、ラブコメ回で完結です。

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