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「あなたは残念ながら死んでしまいました。」
ふと目を覚ますと、目の前の美女から告げられた。どうやら俺は死んでしまったらしい。
「ただ、安心してください。あなたは今日死ぬまでに多くの徳を積みました。その功績を讃え、異世界へと転移させてあげましょう。」
俺の名前は真黒 計、社会人だ。仕事の帰り道、線路に落ちてしまった人を助けて電車に跳ねられ死んだ。
だが運がいいことに、どうやらただ死んだだけではないようだ。
「そうですか。ありがとうございます。」
「…?あまり驚かないのですね?」
「驚く?」
その言葉に思わず笑ってしまった。
「驚きませんよ。なぜなら待っていたんですよ!この時を!」
「…?」
「見てください、この何もない白い空間!神様と思われる絵に描いたような美女!そして転移するというこの展開!ラノベで読んだ異世界物に憧れて、いつか異世界に行ってやると心に決めたあの時から、道路に飛び出す子供!川で溺れる子犬!階段から落ちそうなお年寄り!ありとあらゆる命(異世界のチャンス)を救ってきました!そしてようやく今日、この日にここに来れた!これほど嬉しいことはない!」
急に捲し立てられ、目の前の美女が困った顔をしている。
「おっと、これから異世界を救う勇者となる漢が取り乱してしまいましたね。失礼。」
非礼を詫びておく。やはり勇者たるもの紳士でないと。
「さあ、それで異世界転移特典はなんですか?超人的な肉体?尽きない魔力?無敵の武器?いやー楽しみだなー!」
「…なんだかあなたを転移させたくなくなってきました。」
美女が困ったことを言い出した。
「いやいやいや、ここまできてそれは無しでしょ!頑張ったんだよ!何人救ってきたと思ってんの!?車に跳ねられて目が覚めて、あ、これ来たんじゃね?と思ってワクワクした白い世界が、友達がノリで顔に乗せた白い布だった時の気持ちあんたにわかんの!?」
美女が同情の目をしている。もう一押しだ。
「お願いしますよー。これしかないんですよー。異世界行けなかったら俺の人生無駄死にもいいとこですよー!」
精一杯美女の脚をすりすりする。勇者になれなければ紳士もクソもない。
「わかりました!わかったから離れなさい!」
ありがたい、どうやら話の通じる神様なようだ。
「まあ、理由はどうあれ多くの命を救ってきたことには変わりないですから、転移を認めます。」
「神よ。ご慈悲、誠に感謝いたします。」
「今更取り繕っても遅いわよ!」
「それで特典の方は…?」
「本当はあげたくありませんが、あなたの望みを1つ叶えて差し上げます。」
「望み?なんでもいいんですか?」
「まあ、神になりたいとか100個願いを叶えてとかそういうのでなければ大丈夫です。あと、私というのも無しです。」
どうやら目の前の美女を連れて行くというのは出来ないらしい。仕方ない。
「1つとなると悩むなー。無敵の肉体、圧倒的な魔力、湧き出るお金、そしてハーレム、欲しいものはいくらでもあるが…」
「ちなみにこの空間にいられるのはあと1分ですので悪しからず。」
「1分!?短い!あんたそれでも神か!?」
「あなたの無駄な話が長いのが悪いのです。時間を過ぎると何も持たずに転移することになるのでお気をつけください。そしてあと45秒です。」
「ひどい!早く考えないと!えーと、えーと。」
「はい、あと30秒。」
「くそ!何の慈悲もない。」
考えろ、お金とハーレムは勇者になればいくらでも手に入るはずだ。やはり勇者としての力が必要だ。そうなると…
「あと10秒。」
よし、決めた!やはり勇者といえば勇者にしか扱えない最強の武器だ!
「神よ!俺が欲しいのは、聖剣エクス…」
その瞬間、何の因果か異常にくしゃみがしたくなった。
「…ル!っしゅん」
「わかりました。それではあなたの望むものを差し上げましょう。」
「え、ちょっと待って。今ちゃんとエクスカリバーって言った?そして聞いた?え、あれ、体が透けてきたよ。」
「それでは、真黒 計 改め 勇者 ケイ!あなたの活躍を祈っております。」
「ちょっと待って!待っ…」
こうして俺の新たな物語が始まったのであった。