05_従魔は、家族か否か_前編
ライガは、ギルドの食堂で遅めのランチを取っていた。
今日のA定食は、ミムサーマンのフライだ。
これが、魔獣であるブラッドリサーマンだったら、どうだろう。
と考えながらムシャムシャ食べていると
「そんなの困るわ!」
とエントランスホールから女性の大きな声が聞こえてきた。
受付スタッフが一生懸命、なにやら説明しているが、その女性の声は大きくなるばかりで、ちっとも収束する兆しが見えなかった。
はぁ~とため息をし、
食べかけのミムサーマンフライと、しばしのお別れをし、ライガは総合受付へと向かうことにした。
エントランスホールの真ん中に柱がある。
その柱をぐるりと丸く囲うように、総合受付を置いている。
総合受付では、ギルド内で受けられるサービスと場所の案内、そして街の観光案内も兼ねている。
ギルドの顔となる総合案内。
ライガとしては、現実的には、強面の男性を置いた方が、癖の強い冒険者の対応には向いているのではないかと持っているのだが、総合受付は、「若い女の子に限るッ!」と他の職員(主に男性職員)の要望によって、若い女性を雇っている。
「ギルドの顔=強面男性」で合っているとライガは首を捻るのだが、「冒険者ギルド=恐い」というイメージを払拭したい!と若い受付嬢推進派は言っていた。しかし、どう考えても自分達の趣味を押し付けているような気がしてならない。
冒険者ギルドに来るのは、冒険者が殆どであり、若い女の子だと、しつこいナンパの可能性も考慮に入れなければならないし、舐められる可能性も高い。
だが、ギルド内には、常に屈強な冒険者が沢山いるし、ギルド職員の中には、元冒険者も結構いるので、変な事をしてくる奴はいないだろうという事で、結局女性の受付スタッフを置くことにした。
が。
ダンジョンを抱えるクワッツにおいて、この街の人々は冒険者を見慣れているはずなのだが、その巣窟となる冒険者ギルドは、若いお嬢さん方には敬遠されるらしく、募集してもなかなか応募してくる人はいなかった。
相場より少し高い賃金に設定し直して、ようやくポツポツ集まり出したが、クセの強い冒険者に振り回されてしまい、せっかく雇っても直ぐに辞めてしまう。人によっては、面接でビビッてしまい、青い顔をして、エントランスでUターンしてしまうお嬢さんもいたらしい。
そこでギルマスと相談し、元冒険者の父を持つアーニャにライガが声をかけたのだった。
強面な父を持つアーニャは、他のお嬢さん方と違い、強面な冒険者にも臆する事なく対応していた。最初こそ、色々失敗はありつつも、今では、冒険者達を上手く捌いている。
その後、もう一人ギルドの受付嬢も元冒険者の血縁者のお嬢さんを雇う事にし、上手くいった為、以来若い女性を雇うと、気がつけば、元冒険者の縁者ばっかりになっていた。
実際、総合受付に若い女の子を置いてみると、確かに、冒険者達は、紳士的な態度を示すのが殆どだった。だが、やはり“変なの”は一定数いる。その為、うまくアーニャが捌いているとはいえ、上手くいかないこともあるのだ。
そういった場合、他の冒険者達は自分の興味がなければ、素通りだし、介入した所で逆に騒ぎが大きくなってしまったりする。また、元冒険者の職員達も、仕事場所が受付から遠くて、そもそも気づかなかったり、自分の仕事に夢中になてしまっていて気がつかない事が多い。
という事で、他の職員がフォローすることもあるが、ギルド内をうろうろする事の多いライガがフォローする事が圧倒的に多かった。
ライガが総合受付に行ってみると、必死に説明を試みているアーニャとヒステリックになっているせいで顔が真っ赤になっている女冒険者、そして、そんな二人の間でオロオロしているターニャがいた。
ちなみに、名前は似ているが、アーニャとターニャは姉妹ではない。
正真正銘、他人である。
「どうした?」とライガはオロオロしていたターニャにそっと声をかけた。
話を聞くとどうやら、ギルド内の宿泊施設を希望している冒険者らしい。
クワッツ冒険者ギルドでは、宿泊施設がギルドホール3階に併設せれていて、
そこまで、規模は大きくないので、総合受付職員が宿泊のフロント係も兼務している。
なお、値段は1泊1名部屋が50パクロとクワッツ規模の街の宿にしては、安く設定されており、基本素泊まり。トイレは共同で、特別室以外はシャワーはない。(お風呂は街の公衆浴場を案内している。)部屋に置いてあるアメニティーはタオルが一人当たり2枚しか置いてなく、他のアメニティーはギルド1階に併設されている売店で購入してもらっている。
宿泊者特典としては、食堂での朝食を、通常5パクロの所を、4パクロでご提供。
確かにサービス的には、他の宿やホテルと比べると格段に見劣りするが、観光目的ではない冒険者には、充分な宿である。
また、もっと安い宿も貧民街の近くにいくらでもあるが、安全かつ清潔という事で、ギルド内の宿泊施設は、それなりに人気がある。
ただ、組合という側面を持つギルドなので長期滞在は不可で、最大一週間まで。それ以降は、長期滞在者向けのサービスアパートメント、もしくは他の宿を案内している。
ちなみに、冒険者ギルドという事もあり、従魔と一緒に“基本的には”宿泊可能だ。さすがに、大型の従魔は、安全上の理由もあるし、そもそもギルドホールに物理的に入れないので、ギルドの敷地内にある大型従魔専用の建屋に泊めてもらっているが、小型と中型に関しては、冒険者と同じ部屋で共に泊まる事が可能である。
「そんな!従魔と一緒に泊まれるって聞いたがら、ここに来たのに!」
「申し訳ございません。本日、1名部屋は全て満室となっておりまして、ドミトリータイプのお部屋に、若干の余裕はございますが、こちらは、従魔とのご宿泊は、お断りしております。」
ドミトリーとは、いわゆる大部屋で、このギルドでは1部屋を4名で共有し、ベッドの所だけが専有部となる。冒険者とはいえ、ベテランからデビューしたての者、得意不得意人それぞれな為、他人同士が一緒に過ごすドミトリーでの従魔の持ち込みは、お断りしている。
「だから!うちのリンダは良い子だから、悪さなんかしないわっ!ドミトリーでも問題ないわよっ!」
そんな女冒険者の大声を聴きながら、ライガとターニャはコソコソと話をする。
「宿泊部の部長って、今日いないんだっけ?」
「それが、今日に限って、街の宿泊施設ギルドの会合で、ちょっと前に出られてまして。」
「なるほど…。今日って、二名部屋って空いてたっけ?」
「ええ、今朝チェックアウトされました。本日の予約はまだ入ってません。」
と宿泊簿をパラパラ見ながら、答えるターニャ。
この時間なら、清掃終わっているかな?
「二名部屋は駄目だって?」
「そこまでのご予算はないそうで。」
「どうするかな」と考えていると、目の前をクエストから帰ってきたばかりの冒険者が一人、上の階へと上がっていくのを見かけた。
「あの冒険者にさ、確認してくるから、もう少し待っててもらえるようにって、伝えてもらえる?」
「了解です!」
「ちなみに、彼女、何泊の予定?」
「一泊です。」
「了解。」
とライガは返事をすると、先ほど上の階へと上がっていった冒険者に声をかけた。
「ラベーロさん!」
「おや、ライガ君。どうしたんだい?そんなに急いで。」
「ちょっと、ラベーロさんに、今滞在していただいているお部屋のご相談をしたくて。」
ラベーロは、クワッツから2つ先の町に居を構える魔法使いで、この時期になると、クワッツの奥の森にある薬草を求めて、クワッツへやってきては、冒険者ギルドに宿泊している。薬草の目利き、それに採取と保存方法の技術には定評があり、指名依頼を受けるほどだ。また自分の目当ての薬草以外も採取しては、ギルドに卸してくれている。
「なんだい?」
「ラベーロさん、明日チェックアウトでしたよね?」
「うん、そうだね。」
「申し訳ないのですが、今晩だけ2名部屋に、ご移動いただくことは可能でしょうか?もちろん、お代は、今ご滞在されている1名部屋のみで構いません。」
「さっきの受付にいたお嬢さんに関わることかな?」
とニヤリとラベーロは笑うが、職員であるライガは曖昧な顔でYesもNoとも言わない。
「私は、彼女にお礼を言うべきだね。」とニッコリ笑って快く部屋移動を了承してくれたのだった。
答えを聞くとライガは、急いで受付に戻り、ターニャにラベーロの事を伝え、女の冒険者には部屋は用意できそうなので、2時間後に、改めて訪れてほしいと伝えるよう指示を出した。
改めてお礼と移動の手伝いをする為に、ライガは3階のラベーロが滞在している部屋を訪れる。
ラベーロが使っている部屋には、採取した薬草が沢山干してあった。
「やっぱり、この時期の薬草と他の時期の薬草と違いますか?」
お礼を述べ、新しい部屋へと案内した後、ライガはラベーロに問いかける。
「うん、この時期に採取した薬草はね、他の時期に取る薬草と比べると薬にした時の効力が全然違うんだよね。それに、この時期にしか取れない種類もいくつかあるし。」
「そうなんですね。」
「でもね~、今年はちょっと森が元気がない気がするんだよね。」
「森に元気がない?」
「まあ、数値で測ったわけじゃなくて、感覚的なものだから、私の気のせいかもしれないんだけどね。」
「そうですか。また何かお気づきの事がありましたら、是非教えてください。」
と言って、ライガはラベーロの部屋を辞して、部屋の清掃チームに清掃依頼を出したのだった。
一階のエントランスホールに再び戻り、ラベーロの部屋移動が完了し、部屋の清掃の指示出しも終えた事を、げっそりした顔をしたアーニャに伝える。
「ところでさ、さっきの冒険者の従魔の種類って、何か確認した?」
「はい、中型のヌークパイソンらしいです。」
「ゲッ!何でそれでドミトリーイケるって、思うんだよ。しかも、中型だろ?」
「なんでも、卵の時から育てているし、“とても良い子”だから問題ないそうで。」
「いやいやいや、カワイイ代表のネーシャ(猫のような容姿で二回り位大きい)だって、同室は無理っていう人いるのに、爬虫類系は、もっと好き嫌い分れるだろう?」
「家族なので、離れたくないそうです。」
「...あっそう。ちなみに、個室でも、従魔と別行動する場合はケージに入れるようにルールで決まってるけど、伝えてるよね?」
「はい。もちろんお伝えしましたが、興奮している中での事なので、ご理解いただけたかはどうか...。もう一度いらした時に、改めて伝えますが...。」
はぁ~とため息をつくアーニャ。
よっぽど疲れたのだろう。
「ライガさん。本当に今日はありがとうございました。
「良いよ。気にしないで。また何かあったら、頼ってね。」
と言ってライガはようやく食べかけのサーマンの元へと戻ったが、もうすでに食器は片付けられてしまった後だった。
「俺のサーマン...。」
と呟いているとキャロルが紙袋を持ってライガの元へとやって来た。
「ここにあったサーマンフライ、ライガさんのですよね?
口付けてないフライがあったので、シェフがサンドイッチ作ってくれましたよ。ハイッこれ!」
「あ、ありがとうございます!」
と厨房にいるジェイクにお礼を言うと、ジェイクは歯がキラーンと光って見えるような良い笑顔で親指を立てたのだった。
さすがシェイクさん!今の俺には、とても光って見えますよ!