04_何のお肉が好きですか?
遅めのランチを取りにギルドに併設されている食堂へ、とりあえずライガは向かう。
食堂では、ランチメニューとして定食が用意されているが、さくっと終わらそうと思っているライガは、テイクアウト用の軽食を購入することにした。
ショーケースに入っているパニーニとフレーバーコーヒーを購入すると、ディナーの仕込みをしていたシェフのジェイクにライガは声をかける。
「ジェイクさん、お待たせしてます。
食材に関して、ご相談があると伺っているんですが。」
「あーありがとよ、ライガ!
なんだ、お前、ランチまだ食ってなかったのか?」
「ええ、まあ、色々立て込んでまして。」
「そんなに忙しいのに、悪いな。
それ食べながらでいいから、ちょっと聞いてくれるか?」
「もちろんですよ。」
この食堂は、ギルド直営の食堂だが、冒険者でなくても誰でも利用可能だ。
ただギルド内にあって、冒険者をターゲットにしているので、まあ、それなりにボリュームのある肉肉しい料理が多い。そして、屈強な男達が多いので、小綺麗にしているものの街のお嬢さん方が利用するような様子は全くない。
ひじょーに残念だ。
12テーブルと窓側のカウンター席が6席、それにバーカウンターに4席ある。
売上を上げる為にテーブル達を増やしたい所だが、声も図体も態度もでかい冒険者達なので、ここで要らぬ問題を起こされても困るので、これ位が適当な所だろう。
朝は、夜に仕込んでおいたスープとパンセットを、5パクロで販売。食堂のスタッフ全員でローテーションを組み、当番職員が早めに来て、対応している。朝食で提供しているスープは、なかなか具沢山なので、朝から肉体労働をする冒険者には評判が良い。
その後、調理スタッフが出勤し、簡単なサンドイッチやパニーニなどカフェメニューを準備し、その後ランチメニューへと取り掛かる。ランチメニューはだいたい6~10パクロ。他の食堂より量は格段に多いはずだが、冒険者には足りないので、2つ3つ頼むことも多い。クエストから帰ってきた冒険者をターゲットに夕方には、バーカウンターがオープンし、ディナータイムとなる。ただし、飲み屋ではないので、日にちを跨ぐ前に、片付けまで完了して一日の営業終了となる。
「だいぶ慣れてきましたか?」
「ああ、おかげ様で。見習の子達も素直で良い子ばかりだし。クランでやってたのと勝手が違うから、悩むこともあるが、なんとかやらせてもらってるよ。」
ジェイクは30代の元冒険者だ。
色々あって、数か月前から冒険者ギルド内の食堂でシェフとして働いている。
ちなみに、今彼は、小さな男の子を一人養っている。
「フレッド君はお元気ですか?」
「ああ、だいぶ体力も付いてきたしな。今は、わんぱくが過ぎる位だ。」
「それは、良かった。それでご相談というのは?」
「そうそう。ギルドで買い取りした肉を格安で流してもらえる事って可能だろうか?
余っている奴でいいんだが。」
「なるほど。まあ、売るほどありますからね。
あとで、一緒に解体場まで行きましょうか?
ジェイクさんのお好みもあると思いますし。」
「ああ、助かるよ。」
「いや、むしろ何で今まで利用しなかったのか、謎ですね。
まあ、何となく理由は思いつきますが...。」
と前任者の顔を思い出す。
「ジェイクさんも慣れてきたことですし、一度全ての業者の見直しをした方が良いかもしれませんね。」
とニッコリと笑うと、ジェイクは、「全部か...」と呟きながらちょっと引きつった顔をした。
「あーあとな。最近、女の冒険者も増えてきたから、彼女達が好むようなのが、一品あっても良いかとも思っているんだ。」
「なるほど良いですね。甘い物を置いても良いかもしれないですね。
男性でも甘い物好きな方、一定数いると思いますので、需要あるかもしれないですね。」
「なるほど、製菓か。製菓は俺からっきしなんだよな。まあ、何か考えてみるよ。」
「よろしくお願いします。では早速、今から解体場に行ってみますか?」
ライガはジェイクと連れ立って、クエストカウンターの前を通り扉を開ける。
ここのギルドホールには、出入り口が正面玄関の他にもいくつかあり、その一つが
クエストカウンターの横にある。ここの入り口は解体場と隣接しており、屋根付きの渡り廊下で繋がっている。討伐してきた大型の魔獣を直接解体場に置いて、処々の手続きをカウンターで行う際、正面玄関を利用するよりもはるかに勝手が良い。
「ジェイクさん、何か狙っている魔獣とかってありますか?」
「オーク肉でも良いんだが、ロックバートかジェイアントディアあたりあると、うれしいかな。あとブル系もあると幅が広がるかな。」
「なるほど。まあ、いつも同じ肉が余っているとは限らないので、日替わりになるのが現実的ですかね。」
「そうだな。まあ、場所さえ借りられれば、肉が余っている時にまとめて燻製にしておいても良いかもしれないな。」
「そうか。燻製だったら...大量に作って売店で名物として売り出しても良いかな...。名物だったら、少し値段を吹っかけても売れるだろう。それだったら、後々工場を新設して、その分の売り上げは...。」
「ライガ?何ブツブツ言ってるんだ?
解体場着いたぞ。」
「おっと、失礼しました。」
解体場は、丁度キングオーク3頭が入る位の大きさで、小型の魔獣から大型魔獣まで対応できるよう大型の斧や包丁、ペンチ、何に使うのか素人にはさっぱりわからない道具まで、壁一面に置いてある。
一つの解体作業が終われば、きちんと洗浄魔法を使って綺麗にするので、魔獣のアレコレの匂いは、解体場には染みついていない。ちなみに、解体した魔獣のパーツを仕舞っておく保管庫も同じ建屋内に併設してある。
解体場では、イバンを頭として他4名の解体作業に従事している職員がいる。
その殆どが元冒険者だ。
「すみませーン!イバンさーん!いらっしゃいますかー!?」
作業に夢中になっていると、みんな聞こえていないので、大きな声で読んでみる。
「おお、ライガじゃねえか。それにジェイクまで。
ジェイクはどうだ?食堂、慣れたか?」
「ええ、おかげ様で。」
「そうか、それは良かった。しかし、珍しいな、二人でこっちまで来るなんて。」
「ええ、余っている肉がありましたら、食堂に少し譲っていただけないかと思いまして。」
「ほう、魔獣を食堂で出すことになったのか?」
「まだ、検討の段階ですけどね。決めるにあたって原材料の確認に。」
「食堂に出す位の量だったら、大した量じゃないだろ。好きなの持っていきな!」
「ですって。良かったですね。ジェイクさん!」
「ああ。」
「ちなみに、今日は何があります?」
「ロックバードと小柄なワイルドボアってところだな。
この2つなら週に何度も出てくるから、安定的に渡せると思うぞ。」
「なるほど。話は変わりますが、イバンさんは、何のお肉が好きですか?」
「そうだな。俺はロックバードだな。
でも、ジャイアントディアのもも肉も捨てがたいな。」
「ワシは、ワイルドボアのベーコンだ。ワイバーンの足の指も意外といけるぞ!」
「ワイバーンの足って食べられるんですか?」
と若い作業員が尋ねると
「お前、知らないのか?酒のつまみに持ってこいだぞ!」と年配の作業員が答える。
「なるほど、珍味シリーズとしておつまみで提供するのもありですね。
ちなみに、おススメの燻製とかあります?」
「そうだな。獣じゃぁないが、そこの川に遡上してくるブラッドリサーマンとかイケるぞ!」
確かに、あれは普通に食べてもおいしい。
しかし、ブラッドリサーマンは、歯は鋭く気性も好戦的で獰猛。背びれに毒もあるので、専門業者以外、捕獲するのがとても難しい。
しかも、毎年、遡上してくる数が半端じゃないから、専門業者では対応しきれず、うちにも(冒険者ギルド)にも討伐依頼として、毎年依頼されている。いつもは、そのまま業者に渡しているが、あの量だ、多少こちらに融通してもらうのは、問題ないだろう。
その後、魔獣の肉談義に花を咲かせた後、ライガとジェイクは、イバン達にお礼を言って、解体場を離れた。
「それでは、ジェイクさん、早速来週までにメニューいくつかご準備いただけますか?肉の買い取り額はこちらで計算しますので、それ以外の原材料費の計算もお願いします。」
「おおう...。」
「あ、ライガ!」
「おや、どうしました副ギルマス?」
「夕方、帰る前で構わないから、ギルマスの所に寄ってもらえないか?」
「了解です。時に副ギルマス」
「ん?」
「副ギルマスは、何の魔獣の肉がお好きですか?」
この日ライガは、会話をする相手には必ず好きな魔獣の肉を聞いて回っていた。
フレーバーコーヒーを勧めるのも、もちろん忘れていない。
■■■
リンゴ―ン リンゴ―ン
教会が鳴らす終業の鐘を聞き終わるとライガは、仕事を切り上げ、帰る準備をした後、ざっくりと練った企画書を持って、2階のギルドマスターの部屋へと向かう。
ロックバード20にブルが12、ワイルドボアが10、ジャイアントディアが8、バイソンが3と。
まあ、順当だな。
「失礼します。」
「おう、待ってたぞ、ライガ。
今、アイツも来るから少し待っててくれ。」
「承知しました。
ところで、ギルマスは、何の魔獣の肉が好きでしたっけ?」
クワッツのギルドマスターは、白金級の元冒険者で、歳を感じて、冒険者を潔く引退し、ここクワッツ冒険者ギルドのギルドマスターになった。
引退したとはいえ、元白金級なだけあって、今も素晴らしい肉体をお持ちだ。
頭の毛は少し、いや、だいぶ寂しい事になっているが...。
「お!俺か!俺は、キングオークかな。」
「キングオーク...またレアな所を。」
「まあ、一般的な所だと、ロックバードだな。」
「今度は、一番一般的な所に行きましたね。
振り幅が、相変わらず素晴らしいです。」
「お前、俺の事バカにしているだろう。」
「いえいえ、そんなことは。
本日、シェフのジェイクさんに食堂で魔獣を出してみたいと相談されまして。こうして、皆さんに好きな魔獣の肉を聞き回っているところなんですよ。
ちなみに、その時に思いついたんですが、燻製の加工品にして、食堂のメニューに加えつつ、食堂や売店でギルドブランドで売るのはどうでしょう?
丁度、幸運にも、肉は、大量に原価で仕入れられますし、燻製なら日持ちするので、冒険者に持ってこいな食品かと。しかも、加工品なので、多少値段は“ぼっても”バレないでしょうから、とても売り上げに貢献できるかと。」
「お前、そこは、せめて付加価値がどうとかって、言えよ!」
「ああ、そうですね。ギルマスの前なので、本音が出てしまいました。
思いついた当初は、大きな建屋を建てて、大々的に!と妄想しましたが、それだと建築費等の初期費用並びに人件費もかかってしまいますし、売れなかった時のリスクも最小限に抑える為にも、リスクの少ない所から小さな小屋から始めるのが妥当かと。という事で、燻製販売の企画書を作成いたしましたので、ご検討の程、どうぞお願いいたします。なお、細かい試算表等は、また後日改めて。」
「...。相変わらず、お前は色々と考えるね。」
「英才教育の賜物かと。」とニヤリと笑うライガ。
「良く言うわ!」
話が一旦まとまった所へ副ギルマスが入ってきた。
「お待たせいたしました。」
「おうよ。」
少し雑談をしながら、ライガは、ギルマスの部屋にあるコーヒーを3人分用意する。
「ところで、副ギルマスは、何の魔獣の肉が好きですか?」と
コーヒーを副ギルマスの前に奥と
「お前、それ昼間、俺に聞いてるぞ。」
と言われてしまった。
「おや、そうでしたっけ?これは失礼。」