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「ッ⁉ この村でいったい何が⁉」
ひだまりの村の入り口には、血だらけの門番が倒れていた。
「な──いったいこの村でなにが⁉」
「酷い怪我です……『ヒーリング!』」
シャルロッテが回復魔法を使い、門番の傷を癒やしていく。
「何があったんですか? モンスターの襲撃ですか?」
「いいや、違う。何者かに襲撃を受けたんだ。ゴーレムを操る人間が現れて――」
そこまで口にして、門番はがくりと意識を失った。
「そ、そんな……」
「大丈夫、命に別状はないよ」
血を失いすぎて命を失いすぎただけだ。安静にしていれば、いずれ意識を取り戻すだろう。
村では、至るところで火の手が上がっていた。僕たちが村に足を踏み入れると、いたるところからうめき声が聞こえてくる。
「ああ、天使様……。我々をお救い下さい――」
ボロボロになりながらも、村の中に設置された天使像に祈りを捧げる村人が印象的だった。
家が倒壊し、畑には巨大な穴が空いている。巨大なモンスターに襲撃されたかのような大惨事――この一瞬の間で、村は廃墟寸前となっていた。
「な⁉ これは……、ゴーレム?」
変わり果てた村を見て驚く僕たちに、突如、襲いかかってくるモンスターが居た。
サイズは僕の腰回りぐらいまでだろうか。カタカタカタカタと嫌な音を立てながら、のっぺらぼうの泥人形が僕たちに向かって突っ込んできたのだ。
「一閃!」
僕は手にした剣で、泥人形を横一文字に斬り裂く。それだけで泥人形は真っ二つに千切れ、ただの砂に返っていった。
泥人形のゴーレムは、村中を徘徊しているようだった。
ゴーレム――それは作成者の命令を忠実にこなす操り人形だ。この泥人形には、視界に入った人間を襲い、村を徹底的に破壊せよという命令が下されているようだ。
「こんな……、なんでこんな酷いことを」
ティアが、泥人形を斬り伏せながら悲痛な声を上げた。倒れている村人にはシャルロッテが治癒魔法をかけているが、とてもではないが追いつかない。
「キリがないよ!」
「誰がこんなことを……!」
僕たちは泥人形モンスターを倒しながら、村の中を進んでいく。
「ま、まさかこの魔法は……。どうして、こんなことをお兄様が――」
シャルロッテは、真っ青な顔でそう呟いていた。
***
僕たちは泥人形を倒しながら、村の中を進んでいく。向かうのは村長の家だ。無事であることの確認と、何が起きているのか情報が知りたいと思ったのだ。
その道中、僕たちは見つけてしまう。
「あいつが――っ!」
明らかに異質な素材だった。
全長数メートルはあろうかという全身大岩で作られた巨大なゴーレム。そこに腰掛け阿鼻叫喚の村を見下ろすような人間など、この地獄を生み出した人間に他ならない。
その男の周囲には、黒い霧が満ちている。バグで覆われた異常をきたした空間だ――ランドルフは、その異質な空間の中で、どす黒い巨大な杖を掲げていた。
パッと見て分かる。
あの杖もまた、この世の法則の外側にある何か。バグを利用して生み出された代物だ。
「待ちくたびれたよ。シャルロッテ・ミスティリカ――我が愚かな妹よ」
「お兄様、本当にこんな馬鹿なことを? これはあなたの仕業なのですか、ランドルフ!」
燃えるような怒りに満ちた目で、シャルロッテは目の前の男を睨みつける。
ランドルフ――フルネームはランドルフ・ミスティリカ。シャルロッテと王位継承権を争い、暗殺者を放ったこともある因縁の相手――その正体は、王国の第一王子であった。
「ふむ、その様子だとそいつは最低限の役割は果たしたようだね」
拘束されている男を見て、ランドルフはそう吐き捨てた。それはこの男が、ランドルフの意を受けて動いていたということだ。この男が持っていたエンブレムが偽物でなければ、アーヴィン家はランドルフと何らかの関わりを持っているということも意味する。
そんなことを考える中、シャルロッテとランドルフがなおも睨み合っていた。
「お兄様、どうしてこんな酷いことを?」
「ふん。このような異教徒ども、別にどうなっても構わんだろう」
ランドルフは倒れる村人たちを、虫けらでも見るような目で見下ろした。
「お兄様、この村に生きる人は、我が国で暮らす大切な民です。教会に従わぬなら殺してしまっても良いと、まさか本気で言っているのですか⁉」
「いたって本気さ。我が目的のため――この村の者には、尊い犠牲になってもらうのさ」
ランドルフは陶酔しきった表情で口にした。ランドルフはつまらなそうな顔を崩さない。心の底から本気でそう思っているのが分かり、僕たちとは相容れない存在であると直感する。
「黙りなさい! この人たちの命を、何だと思っているのですか!」
「黙れよ、操り人形」
ランドルフは醜悪な表情で、シャルロッテを嘲った。
その言葉だけで――なにかに縛られたように、シャルロッテは俯いてしまう。言われるがままに能力を振るい、乞われるままに未来を占う王国の聖女――ランドルフは、シャルロッテが気にしていたことを的確に抉る言葉を口にしたのだ。
「……狙いは私でしょう。無関係な人を巻き込むなんて、あなたはそれでも王族ですか!」
それでもシャルロッテは、ランドルフをキッっと睨みつけた。
僕も同意見だ。刺客を騎士団に紛れ込ませ、行く先では村ごと政敵を亡き者にしようとした極悪人。人の命を塵ほどにしか思わぬ外道――断じて許せる相手ではなかった。
剣を抜こうとしたところで、
「慌てるなよ、英雄」
ランドルフは、余裕の表情を崩さずそう言った。
その言葉と同時に、ランドルフを取り囲んでいた”黒い霧”が実体化した。
『null null null null null』
『null null null null null』
『null null null null null』
黒い霧は、世界を食らいつくさんとするバグそのものだ。
ランドルフはそれを、己の武器のように展開してみせたのだ。
あの空間に踏み込んでしまえば、何が起こるか分からない。






