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87.

「みんな、シャルをお願い。僕は、少しだけバースさんと話すことがあるから」




 シャルロッテをパーティメンバーに任せて宿に戻ってもらい、僕はバースと向き合っていた。

 決闘を通じて、互いの実力は既に認めるところだ。うやむやになってしまったけれど、まずはこの人からシャルロッテに同行する許可を得なければならない。


「私は、いったい何をしていたんだ……」


 さきほどまで周囲を圧倒し、歴戦の戦士といった佇まいを見せたバースは――今は、地面に崩れ落ちて、ズーンと落ち込んでいた。


「な~にが護衛としての心構えだ。な~にが姫の幸せが第一だ、あろうことか騎士団の中に刺客が居るのに気づかず姫に近づけるなんて……」


 落ち込むのも無理もない。

護衛としての心構えを説くどころか、身内に刺客が潜り込んでいた始末。面目丸つぶれも良いところだ。だとしても、バースにいつまでも落ち込まれていても困るのだ。


「バースさん、この人の取り調べをお願いできますか?」

「挙句の果てに姫を危険な目に遭わせてしまった――私はどう責任を取れば……」

「バースさん!」


 ぶつぶつ呟くバースに、僕は大声で呼びかけた。


「しっかりしてください! あなたはシャルロッテ王女の護衛を任されていたのでしょう!」

「あのような失態をしておいて。私には、そのような資格はもう……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! 騎士団の皆さんも混乱しています。騎士団をまとめて、襲撃者を取り調べて――やるべきことは一杯あるはずです!」


 偉そうなことを言ってしまったかもしれない。冒険者風情が偉そうなことを言うなと、憎々しげに舌打ちされることも予想していたが、


「…………ああ、そうだな」


 やけに素直にバースは頷くのだった。


「襲撃者については、騎士団の威信にかけて調べ上げよう。その間――アレスさんには、どうか姫の護衛をお願いしたい」

「良いんですか?」


 こちらから頼もうとしていたことを先に言われ、僕は驚きに目を見開く。


「アレスさんになら安心して預けられますし――姫も、その方が安心でしょう」


 バースはそう言うと、どこか晴れやかな顔で動き出すのだった。





◆◇◆◇◆


 バースに犯人の取り調べを任せ、僕は宿に戻っていた。

 パーティメンバーとちょっと遅い昼食を取りながら、僕は疑問を口にする。


「シャルは、襲ってきた相手に心当たりがあるんだよね?」

「はい」


 こくりとうなずくシャルロッテ。あの時シャルロッテの顔に浮かんでいたのは、未知の敵対者に対する恐怖ではなく、恐れていた事態が現実になってしまったことへの後悔だった。


「その正体は、シャルのお兄さん……、なんだよね?」

「ええ。お兄様にとって、私が聖女のちからを失ったのは絶好のチャンスです。そのまま亡き者に出来れば、自らの地位がより盤石になりますから」

「なるほどね……」


 シャルロッテの持つスキルが有益過ぎたがために起きた面倒事だ。彼女が自分のスキルを嫌いになるのも、当たり前といえば当たり前だった。


「最初に襲ってきたあいつは?」

「あれは分かりません。おそらくは、お兄様が雇った刺客だとは思いますが……」


 シャルロッテにモンスターをけしかけていたあいつは、アーヴィン家の私兵団の証であるペンダントを持っていた。シャルロッテの兄こと第一王子と、アーヴィン家は、どこかで繋がりがあるのだろうか?


「こんな状況で聞くことじゃないかもしれない。だけど……、シャルはこれからどうしたい?」


「分かりません――だけど今は、この目で見た破滅の結末を見届けたいです。アレスさんたちと、村を襲う破滅を食い止めたいです」


 シャルロッテの瞳には、真摯な光が宿っていた。

 言われるがままに未来を占い、力を振るってきたシャルロッテ。これは彼女が初めて自分のスキルを使って、何かを為したいと願った瞬間なのかも知れない。




「シャル、僕からも話しておきたいことがあるんだ」


 僕は、シャルロッテには自分のスキルについて話そうと決めていた。

 いつまでも隠し通せるようなものではないというのも理由の一つだ。それ以上にシャルロッテなら、僕のスキルを知っても悪いように利用することはないだろうという信頼があった。自分のスキルに散々振り回されてきたシャルロッテなら、スキルを使って王国のために働けと命じることはないだろうと思ったのだ。


「リーシャ、ごめん」

「お兄ちゃんがそう決めたなら私は従うよ!」


 ちらりとリーシャを見ると、リーシャはいつものように無邪気な笑みを返してくれた。


「実は――」


 そうして僕は話し始めた。世界を滅ぼさんとするバグの存在、そして僕が持つチート・デバッガーというスキルの正体を。


「そ、そんなことが――」


 シャルロッテは、顔を青褪めさせて口を手に当てた。



「アレスさんは、正真正銘の英雄だったのですね――」


 話を聞き終わったシャルロッテは、何か納得したように呟いた。


「バグと戦うためのスキルを授かって……、その役目を果たすため――だから危険も顧みずバグとの戦いに身を投じることを選んだのですね」


しみじみと呟くシャルロッテだったが、それは違うかな?


「僕は、ただ自分がしたいように生きてるだけだよ。世界の果てを見たい――ただ、その願いのために邪魔なバグをついでに倒してる……、それだけだよ」

「それほどのスキルを授かっておきながら、自分の願いを優先しているというのですか?」

「そういうことになるね」


 改めて口に出されると、僕ってすごい自己中心的だよね。

 でもそれで良いと思ってる。もちろんこれからもバグは倒すし、世界が滅びようとしているのなら、それを放っておくつもりはない。だけど己を完全に殺してまで、スキルの宿命に従うつもりはさらさらなかった。


「シャル、このことは秘密にしておいて欲しいんだ」

「もちろんです。重大な情報を話していただいたこと――アレスさんの信頼に感謝します」


 もたらされた情報のショックは大きいのだろう。それでもシャルロッテは取り乱すことはなく、真剣な表情で僕にそう頭を下げるのだった。


「スキル――この力を使って、私がやりたいこと……」



 話を聞いてからシャルロッテは、ずっと真剣に何かを考え込んでいた。




***


「襲撃者の正体が分かりました。なかなか口を割らず苦労しましたが、予想通り――第一王子の息がかかった王国の影の者でした」

「ご苦労です、バース」


 宿に戻ってきたバースが、そう取り調べの結果を告げてきた。


「バース、あなたには随分とご迷惑をおかけしました。もう二度と、護衛を撒くようなことはしません」

「本当に寿命が縮む思いでした……。改めて、これからは――姫のお考えを最優先にしますから。このようなことは、本当にこれっきりにして下さい」


 シャルロッテは、バースにぺこりと謝っていた。

 これまでバースは、あくまでシャルロッテの安全を最優先した行動を取っていたのだろう。幸せを願って過保護すぎる行動を取り、シャルロッテから煙たがれる羽目になっていた。

このことが互いに歩み寄るきっかけになれば良いのだけど……。


「バース、それで早速お願いなのですが――」

「分かっております。その者たちと共に、予知した未来を見届けるために現地に向かうこと――止められる筈もありません。ご武運を祈っております」


 シャルロッテが何を頼むか予想していたように、バースは胸に手を当ててそう答えるのだった。

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