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80.

 木々をかき分け、僕は森の中を進んでいく。

 普段は、あまり人が通ることがない道なのだろう。踏み荒らされた足跡がくっきりと残っており、シャルロッテが通った後を追いかけるのは容易だった。

 そうして森の中を進むこと数分後。

僕は、木々にもたれかかるように佇むシャルロッテを発見するのだった。


「どうして追いかけてきてしまったんですか」


 シャルロッテの声は、僕を責めるようなもの。

 同時に、どこか嬉しそうなもので。


「なんてことないただの独り言ですって。気にすることなんて――」

「ごめん。全然力になれなくて」



 ――また、見えなかった

 ぽつりと漏らしたその言葉。

 攻撃の通じない驚異的なモンスターの出現――シャルロッテは、今回のことを予知出来なかったことを悔やんでいるのだろう。

 少し考えれば当たり前だった。

 今まで使えた力が使えなくなって気にならない筈がない。当たり前の悩みにも気がつけず、申し訳ない気持ちになる。

 しかしシャルロッテの答えは、思ってもみないものだった。



「そうですよね、私はもっと、焦って――悲しまないといけないんですよね」


 シャルロッテはまるで他人事のように、そんなことを呟いたのだ。

「それって、どういう……?」

「私、別にこのままでも良いって思ってたんです。スキルが使えなくなって、こうしてお城を飛び出してきたのに――ほんっとに駄目な王女ですよね」


 自嘲するようにシャルロッテは口にした。

 その言葉は――少しだけ腑に落ちてしまった。

 勅命書を手にしてまで国を飛び出してきたシャルロッテ。国の命運を左右するほどの能力を失ったように割に、無邪気な笑みを絶やさなかったシャルロッテの姿。

 その姿からは、本気でスキルを取り戻したいという切実さを感じなかったのだ。



「ねえ、アレスさん。スキルって、何なんでしょうね?」


 それは答えを求めている問意ではないのだろう。ただの独り言に近いものだ。僕は、黙ってシャルロッテの言葉を聞くことにした。


「見たくもない未来は、嫌ってほど私に見せてきて。こうして自由になって……、未来を見たいと願ったときには、一向に応えてくれないなんて――」

「シャルは、自分のスキルが嫌いなの?」

「当たり前じゃない」


 疑問を口にする僕に、シャルロッテはそう言い切った。


「誰も彼も、私に未来を占うことを求めたわ。王国の聖女だなんて持て囃されたけれど――私が私である意味なんて、どこにも無いのよ」


 政略結婚の駒にされるよりマシかもしれないけどね、とシャルロッテは吐き捨てる。

 自分のことなのに興味の欠片もなさそうで、その評定は至極つまらなそうだった。



「どういう意味?」

「王族に生まれた以上、自由なんて無いし、それぐらいなら最初から覚悟していたわ」


 結局、その言葉は、その立場になってみなければ真の意味で共感することは出来ないのだろう。

僕は、ただ黙ってうなずくことしか出来なかった。


「自分なりに国のために役に立つことを探したし、自分にしか出来ないことを探すことだって出来たわ。だけど……、聖女のスキルは――予知能力は違うのよ」

「だからシャルはその力が嫌いなの?」

「ええ。だって私がこの力を持ってる限り、私が望まれるのはこの力を使うことだけだもの」


 シャルロッテは、つまらなそうにそう答えた。

 シャルロッテが持つ能力は、非常に強力なものだ。その力さえ使えるのなら、必ずしもシャルロッテがシャルロッテである意味はない――そういうことなのだろう。

 チート・デバッガーの能力も、知られてしまえば、何も考えずにただ力を振るうことだけを求められる――という未来が待っているのだろうか。そんな未来は願い下げだ。

そう思うとシャルロッテの言葉には、痛いほど共感できた。



「私のスキルに目をつけて、私を女王の座に据えようとする人も居たわ。未来を見通す聖女こそ、国を導くに相応しいなんてね」

「シャルは国中で人気あるもんね」

「お世辞は要らないわ」


 様々な逸話を持つミステリアスな聖女。

シャルロッテは国民からの人気も高く、王国初の女王誕生も現実味を帯びていた。

……そこに本人の意思は関係なかったのだ。


「そうして始まるのは王位継承権を競い合う馬鹿らしい争いよね。その癖、私に求められたのは何も考えないこと――言われるがままに未来を占う操り人形。立派な傀儡政権の出来上がりね」


 つまらなそうに鼻を鳴らすシャルロッテ。

 元が貧乏貴族でしい僕には、想像することすら出来ない別世界の話だ。ただ毎日を楽しく生きていそうな彼女が抱え込んできたものは、思っていたよりずっと大きなもの。

 反応に困る僕を見て、



「ごめんなさい。せっかくの楽しい旅なのに、つまらない話をしてしまって」


 シャルロッテは、いつもどおりの笑みを浮かべてみせた。

 楽しい旅、シャルロッテはそう口にした。

聖女の力を失ったのは、彼女に喜ばしいことだったのかもしれない。大義名分を得て、煩わしい悩み事から離れられるのだから。


 聖女の力はしがらみの象徴。

彼女にとって、その力は忌むべきものでしかなかったのだ。


「シャル……。君は――」

「それなのに、皮肉な話ですよね」


 シャルロッテは唇を尖らせる。


「何が?」

「だって、いまの私は、たしかに未来を見たいと思ってますから」

 シャルロッテは、手を組んで何かに祈りを捧げる仕草をした。


 未来を見たいと願い――しかしスキルは沈黙を保っている。


「見えなくなったのが不安だって。ちょっとだけ、この旅の未来が見てみたいなんて――あまりに身勝手な理由ですよね。王女にまったく相応しくない使い方です。いっそ王城で言われるがままに力を振るっている方が、マシかもしれませんね」


 自嘲するように笑うシャルロッテに、僕は思わず口を挟んでいた。


「シャル、スキルを使うのは人だよ」

「……何がおっしゃりたいんですか?」

「そのスキルを手にして何をするか。それを選ぶのは自分なんだよ」


 偉そうなことを言っている自覚はあった。

だけどスキルに振り回されているシャルロッテを前にして、どうしても口を挟みたくなってしまったのだ。



「きっとスキルの使い方に、正しいも間違いもないんだ。だけど他人に預けることだけは、しちゃいけないと思う――スキルっていうのは、あくまで自分が授かったものなんだから」




 スキルを授かった者は、それをどう使うか決める義務があると僕は思う。

 僕がチート・デバッガーの能力でバグと戦う道を選んだのは、結局は自分の意思だ。

リーシャの願いを継ぐため、世界の果てを見るため――色々な理由があった。けれども最終的に選んだのは自分なのだ。ただ自分がそうしたいから、その道を選んだのだ。

スキルに使われるのではない。

人間がスキルを使うのだ。


「スキルを手にして何をするか決めるのは自分、ですか……。私がこのスキルでしたいこと――」

 ぽつりと呟くシャルロッテは、何を思ったのだろう。

 それからしばらく真剣な表情でなにかを考え込んでいたが、


「やっぱり……、アレスさんは凄いですね」


 やがては静かに、そんなことを呟くのだった。

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