75.
翌日の朝。
僕とティアは、テーブルについてメンバーが起きてくるのを待っていた。早起きしたのは朝のトレーニングのためである。
「お兄ちゃん、おはよ~」
ぽわぽわした顔で、リーシャが目をこすりながら起きてくる。
「もう、寝癖ついてる」
「ティアお姉ちゃん、ありがとう!」
ぽてんとテーブルについたリーシャの髪を、せっせとティアが溶かしていた。こうして見ていると本当の姉妹のようで、朝から微笑ましい光景である。
続いてメイド服の少女が現れ、テーブルにつく。
「「お待たせしました!」」
「⁉」
……メイドの少女が、なぜか二人居るのだ!
片方はおっとりとした雰囲気を漂わせているリナリーである。ふわりと微笑むリナリーは、なぜか見覚えのないメイドの少女を連れていたのだ。
「えっと、その子はアーヴィン家の同僚さん?」
「やりました、リナリーさん! 完璧な擬態です!」
メイドの少女は飛び跳ねんばかりの勢いで、リナリーに駆け寄った。
その声には聞き覚えがあった。まさかとは思うけど――
「え、シャル⁉」
「はい!」
輝かんばかりの笑顔で、シャルロッテが返す。
謎のメイドの少女――改めシャルロッテは、満足げなドヤ顔でこんなことを言った。
「どうですか、アレスさん! これならどこからどう見ても、ただのメイドですよね!」
「なんか喋ると台無しだけどね⁉」
「そ、そんなぁ……」
シャルロッテは、しょぼんとうなだれる。
なんでもリナリーは、朝早くからシャルロッテの変装のお手伝いをしていたようだ。あっさりと変装を見破られたことが悔しくて、ついつい本気で変装したいと頼み込んだらしい。
最初は王族相手にとんでもないとリナリーも恐縮していたが、やがてはメイド魂に火が付いてしまったらしく――今に至るらしい。
「驚いたよ、シャル。良く似合ってる――って言ったら、失礼なのかな」
ヴィッグを付けて特徴的な髪型をガラッと変え、まさかの意表を突くメイド服。この姿を見て王女様が化けていると思う人は、たぶんどこにも居ないだろう。
「えへへ、嬉しいです」
はにかんだようにシャルロッテは笑う。
「むぅ……、アレスはメイド服が好き、っと……」
「ティア、その言い方は語弊があるような……」
一方のティアは、じとーっとした目線を僕に向ける。
「ティア様もリーシャ様も、メイド服に興味がおありで?」
「わ、私は別に! で、でも……、アレスが見たいって言うのなら――」
ちらちらっと、ティアがこちらを見た。見たい、ような気もするけど――そんな恥ずかしそうな顔をしているのに、無理させる訳にはいかないよね。
「い、いや無理しないでも……」
「そ、そうよね。忘れて!」
なぜかがっかりした様子のティア。
「アレス様……」
なぜか責めるような目で、リナリーが僕を見てくる。
ど、どうするのが正解だったの……?
「着る~!」
一方のリーシャは、「わーい!」と手を上げていた。
◆◇◆◇◆
「シャルの不調の原因を探るために、今からシャルにスキルを使おうと思うんだ。スキルの内容はちょっと教えられないんだけど……、大丈夫?」
「はい、アレスさんになら! お願いします!」
スキルの内容は教えられないのに、スキルを使って調べさせて欲しいというお願いだ。正直なところかなり怪しいと思うけど、シャルロッテはあっさりと承諾してくれた。
『デバッグコンソール!』
発動しようとしたのは、バグを前にしたのみ発動できる力だ。世界そのものに干渉し、世界の法則すら歪める正真正銘の切り札とも言える能力。
もしシャルロッテの不調の原因がバグなら、『デバッグコンソール』が発動し、数字と文字だけで構成されたあの世界が見られる。そう思っていたけれど――
「どう、お兄ちゃん?」
「う~ん。駄目みたい」
ひそひそとリーシャと話し合う。
残念ながら、世界はありのままの姿を保っている。
何も起こらなかった――ということは、シャルロッテが未来を見られなくなった原因は、バグとは関係無かったということだ。
「今のがアレスさんの能力? 今、何をしたのですか?」
「えっと、鑑定みたいなものです」
「な、なるほど……」
首をひねりながらも、シャルロッテはそう頷くのだった。






