74.
【SIDE: アーヴィン家】
俺――ゴーマン・アーヴィンは、大災厄の日から大人しく家に籠もっていた。
俺に期待する者は居ない――そう思っていた。自棄になりそうになったこともあった。家を捨てて、いっそ犯罪者にでもなろうかと思ったことすらある。そんな道を辛うじて踏みとどまったのは、悔しいけど最後まで「期待している」と言っていた兄貴と――
「今日の修行は終わりましたかな?」
「ああ。そんなに言わなくても、もうサボん無えよ」
無駄に面倒見の良い師匠のおかげだ。
今できることを、出来る範囲でやっていくしかない。
俺は、良くも悪くもそう考えていた。
アーヴィン家は今、非常に面倒な事になっている。
アレス・アーヴィンという超有能なスキルを持っている人材を追放した挙げ句、俺は大災厄の元凶となったのだ。アーヴィン家は、王家から睨まれる事になったと親父は言っていた。
「ふざけるな! あの外れスキル持ちを呼び戻すなど、出来るはずがないだろう!」
「落ち着けって、親父!」
「黙れぇ! おまえまで、俺の判断が間違っていたというのか、この出来損ないがぁ!」
あの日、親父――ピザンは、家に帰るなり当たり散らしていた。
呼び戻せるなら兄貴を呼び戻すべきだ。それが可能なら、それが一番良い――俺だって今は、そう思っている。だけども親父は、自分の過ちを決して認めるつもりはなさそうだ。
そんなある日のことだった。
ピザンの執務室で、もう思い出したくもない”あれ”を見たのは。
「親父……、いったい何してるんだよ――」
ふよふよと漂う黒い浮遊体。
兄貴が”バグ”と呼んだ恐ろしい物体。
それが――親父の執務室から、ふよふよと流れ出してきたのだ。
***
それからというもの俺は、ピザンのことを警戒していた。
バグに呑まれた者は、正常な思考を失う。取り返しのつかないことをする可能性があるというのを、自分の実体験を持って嫌というほど分かっていた。
――ピザンは、人目を忍んで誰かと密会するようになっていた。
すべての行動が疑わしく見える。
俺はピザンの後をつけ、ついに密会現場を盗聴することに成功した。
プライドの高い親父にしては、珍しく素直に頭を下げている。
どうやら相手の地位はものすごく高いと見える。
「ターゲットは、難きシャルロッテ・ミスティリカ――」
「ええ、すべてわたくしめにお任せを」
シャルロッテ・ミスティリカ――第二王女がターゲット⁉
何の話だ? どういうことだ?
「本当に大丈夫なのだな? 敗走した貴様の部下によれば、護衛についたのは貴様の息子というではないか」
「ええ、あれは外れスキル持ちの屑です。障害にはならないかと――確実に秘密裏に”処理”してみせましょう」
――兄貴が、シャルロッテ殿下の護衛に⁉
俺は、声をこぼさないように必死だった。
「それから堕天使・ネフティスの懐柔計画。そちらも順調なのだな?」
「ええ、すべては計画どおりです。たとえ、ひだまり村が滅びようとも、ネフティスのテイムだけは成功させてみせましょう」
「よろしい。万事うまくいった暁には――」
くつくつ、と笑い合う声が聞こえた。
恐ろしい悪事に加担する見返りに、地位を保証するという密談。
……恐ろしい会話を聞いてしまった。
語られていたのは、シャルロッテ・ミスティリカ――その暗殺計画。
さらには村が滅びる可能性のある恐ろしい計画まで。
俺は――気配を隠し、一目散に逃げ出していた。
「親父……、冗談だよな?」
あまりに荒唐無稽な話である。
笑い飛ばしてしまいたい冗談のような話し。
それでも、もしそれが事実だとしたら――
「シャルロッテ殿下には、兄貴が付いている。なら、大丈夫だ」
もし、問題があるとしたら――
「――ひだまりの村、か」
俺は小さく呟いた。
もう取り返しつかない失敗を犯した後かもしれない。けれどもアーヴィン家が原因で、またなにか問題が起ころうとしているのなら――このまま放置するなど、出来るはずがない。
俺は調査のために、密かにひだまりの村に向かうことにした。






