72.
「私には見えなかった未来なの。聖女の予言が、王国の安全を大きく左右するのは知ってるでしょう? もし私の能力が不完全だったとしたら……、大問題なのよ。今は、少しでも手がかりが欲しいの。だから――お願い」
深々と頭を下げるシャルロッテ。いつもはどこかふざけた様子のシャルロッテが、真摯な表情で僕に頼み込んでいた。
「や、やめてください。王族ともあろう方が、そんな風に頭を下げないでください!」
僕は慌ててシャルロッテに頭をあげてもらった。
「ごめんなさい。事情は話せませんが、大災厄は本当に特殊なんです。シャルのスキルが不完全、なんてことは無いと思います!」
「むぅ……。あくまで話してはくれないのですね……」
シャルロッテは、寂しそうに俯いた。
力になれなかったのは残念だけど、これで大人しく諦めてくれるかな?
そう思っていた僕だったが、次の瞬間、彼女はとびきりの笑みとともに顔を上げると、
「つまりは――秘密、ということですね!」
「いや、そういう訳じゃ……」
「そういうことなら仕方ありませんね! 私は今日から、アレスさんを監視するために同行させて頂きます!」
ババーン! と効果音が出そうな良い顔で、シャルロッテはそう宣言した。
「ど、どうしてそうなるんですか⁉」
「アレスさんが、何か特別な力を持ってるのは間違いありません! それは国を救う力かもしれないし、破滅に導くかもしれない。私は王女として、それを見極めなければならないんです!」
おおう、当たらずしも遠からず⁉
まるでこうなることを予期していたようなシャルロッテの言葉に、僕は遠い目になった。
「シャル、正気に戻ってください! いきなり王女様が居なくなったら、国は大混乱ですよ!」
「大丈夫ですよ! なんてったって、ここにお父様からの勅命書もありますから!」
ドヤッと、胸を張るシャルロッテ王女。
シャルロッテが取り出した勅命書には、ご丁寧に現国王の魔力印が刻まれていた。
「そんな馬鹿な⁉」
書状を手に取り、思わず叫んでしまう僕。
用意周到すぎる⁉
シャルロッテが取り出した書状には、本当に『アレス・アーヴィンの持つスキルの正体を突き止め、再び予言スキルを使えるようになること』と書かれていた。
ここまで織り込み済みだったなんて、すっかり手のひらで踊らされていた気分だ。
「……ん?」
予言スキルを再び使えるようになること。
“再び使えるようになる”こと……?
「あの、シャル? もしかして……、予言スキルが使えなくなってたり?」
「えへっ」
おずおずと聞く僕に、シャルロッテはぺろっと舌を出した。
おどけているが――その答えは肯定。
「一大事じゃないですか⁉」
「そうなのよ。大災害のあの日から、すっかり未来が見えなくなってしまって──」
本人はケロッとした顔をしているが、これは大変なことである。
聖女の予言は、これまで幾度となく国を救ってきたと聞く。そんな彼女が、未来を見られなくなったとしたら、国の危機と言っても過言ではない。
「そういう訳だからよろしくね、アレスさん!」
「勿論――」
うなずきかけたところで、
「だ、だめよ!」
なぜかティアが、慌てた様子でそう割り込んできた。
「あら、何が駄目なのかしら? 陛下の勅命書に逆らおうと言うの?」
「ぐむむむ……。でもね、旅はとても過酷よ、とてもじゃないけれど、王女様には付いてこられないと思うわ!」
「余計な心配です。それに一応は、力は示したつもりですよ?」
「むむむ、たしかにシャルの魔法の腕は認めますが……!」
しゃーっと猫のように威嚇するティアを、シャルロッテは軽く受け流した。
成り行きで始まったように見えた枕投げ大会だったけど、彼女なりに計算していたのか。……ただ、楽しんでいたようにも見えたけど。
「むむむ、だとしても旅には慣れてないでしょう!」
「これでも聖女として巡礼に向かったこともあります。バッチリです!」
「まあまあ、ティア。国王の勅命書もあるし――未来が見えなくなったっていうのは、放っておける問題じゃないと思う」
「その通りです!」
「む~……」
パッと表情を明るくするシャルロッテに対して、ティアはすっかりご機嫌斜めであった。
「ごめん、シャル。一回、解散で。少しメンバー同士でも話し合いたいんだ」
「分かりました。私の能力は、きっとパーティでも役に立つと思います!」
そんな言葉とともに、シャルロッテは僕たちを見送ったのだった。
◆◇◆◇◆
「う~ん、どうしよう」
部屋に戻り、僕たちは今後の方針を話し合っていた。
パーティの行動は、きちんとメンバーで話し合って決めることが大切だ。もっとも今回は、国王の勅命らしいし、シャルロッテと行動することになりそうだけど。
「良かったわね、アレス。すっかり王女様に気に入られて」
「シャルは僕のスキルに興味があるだけだって」
何故だか機嫌が悪いティアが、半眼で僕を見てきた。
「ティア様は、シャルロッテ様にアレス様が取られないか、心配してるんです」
「ちょっ、リナリー⁉」
こそっと呟くリナリーの口をあわてて塞ぎ、
「違うんだからね!」
とティアは、涙目で僕を見てきた。
シャルロッテのせいで、旅が続けられなくなることを心配してるのかな? たしかにティアを付き合わせているのに、旅を途中で止めるのは有りえないよね。
「何度も約束したじゃん。旅は止めないし――ティアのことは一番信頼している。世界の果てはティアと一緒に見るってさ」
「な、なら良いのよ」
ティアは満足そうにふにゃりと表情を崩し、静かに頷いた。そんなティアを見ながら、なぜかグッと親指を立てるのはリナリー。
けろりと機嫌を直したティアを見て、僕はやっぱり首をかしげていた。






