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70.


 一時間後、僕たちは再び馬車に揺られていた。


「さっきは失礼なことを言って、本当に悪かった! アレス様には、感謝してもしきれねぇ!」


 馬車の中で、ジギールが深々と僕に頭を下げていた。

 いや、アレス”様”ってなんだ?


「ジギールさん、頭を上げてください」

「いいや。まともな実力判断も出来ずひとりで突っ走った結果があのざまだ……。アレス様が居なかったら、俺は命を落としていたところだ!」


 ジギールの瞳は、すっかり崇拝の色に染まっていた。


「やっぱりアレスさんは、いつでも困った人を助けて回っているんですね!」

 ついでにシャルロッテの瞳まで、崇拝の色に染まっていた。

 いやいや、なんでだ。


「冒険者同士、困ったときはお互い様ですよ。そんな特別なことは――」

「実は私も、アレスさんに命を救われたんです。素晴らしい方だというのは知ってましたが、こうして本物のアレスさんを目の当たりにすると、もう本当に……!」

「話が分かるな、嬢ちゃん。そうだ! ここで、アレス様のファンクラブを作るってのは――」

「良いですね!」


 気がつけばジギールとシャルロッテが、すっかり意気投合していた。

 ノリノリでうなずくシャルロッテだが、彼女の正体を思うと割と洒落にならない。


「頼むから止めて下さいね⁉」

「残念、アレスさん本人に止められてしまいました」


 ぺろっと舌を出すシャルロッテ。

 どこまで本気なのやら。


***


「ところで、嬢ちゃんは一体?」

「わ、私ですか? えーっと、ただの旅するヒーラーですよ~。聖女様に憧れて、武者修行の旅に出ていましてね!」


 完璧な受け答えだ。

 ……棒読みでさえなければ!

 思わずじとーっと見てしまう僕だったが、シャルロッテは特に疑問を持つでもなく、こてりと首を傾げていた。


「ほうほう、聖女様に憧れて――」

 ジギールが訝しげな顔をした。

 流石に怪しまれたかな、と思ったが、


「聖女様も素敵な方だよな! 第二王女でもありながら、まるで光の精霊のような美しさ! その影響力は図り知れず――前代未聞のことながら、いずれは王位を継ぐはずだってなんて噂されてるよな!」

 またしてもジギールは、怒涛のごとく語り始めた!


「そ、それほどでも……」

 うなぎのぼりにテンションを上げるジギールとは裏腹に、シャルロッテは困ったように曖昧な笑みを浮かべる。

 まあ本人だしね! 反応に困る僕たちを余所に、


「そういえばシャルロッテ様も、お嬢ちゃんみたいに黄金の髪を持っていたような――」

 ジギールは、徐々に真相に近づいていく。

「へ、へ~! とんだ偶然もあるみたんですね~!」

「え、知らなかったのかい? 聖女様に憧れて旅を始めたんじゃ?」

「あっ!」


 あっ、じゃないよ! 内心で突っ込む僕を余所に、シャルロッテから助けを求めるような視線が飛んできた。


「え~っと、え~っと。私はですね、ただの旅のヒーラーでして――」

「いや、それはさっき聞いた。……もしや、お嬢ちゃんの正体は――」

「シャルは、聖女様のファンだって公言するのが恥ずかしいみたいで! よほどのことがなければ、旅に出た理由とかは隠してるらしいんです。ね、シャル?」

「は、はい! そうなんです!」


 ここぞとばかりに、シャルロッテがこくこくとうなずいた。



「でも嬢ちゃんの雰囲気とか、見れば見るほど遠目で見たときの聖女様とそっくりで――」

「気のせいです!」


 シャルロッテは、食い気味に否定する。


「そうです、有り得ないですよ! 聖女様の正体は知ってるでしょ?」

「ああ、たしかに王女様がこんな辺境の地でふらふらしてるはずもないよな」


 とりあえず納得してくれた様子のジギールだったが……、それはどうだろうか。ジギールの言葉を聞いて、シャルロッテはそっと目を逸らすのだった。


◆◇◆◇◆


「僕たちは次の停留所で降りて、宿を取るつもりです。シャルは、どうしますか?」

「親切にありがとうございます。そうですね、是非ともご一緒させて下さい!」


 僕は、シャルロッテに今後の予定を聞く。

 どこか安全な場所に移動して、詳しく話を聞くためである。何かを察したように、シャルロッテはそう頷いた。


「やった! アレスさんたちのパーティとお泊まり!」

「え?」


 なにか聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 シャルロッテから事情を聞くためには、どうしても人が少ない安全な場所に移動する必要があった。その点、宿の中で盗聴防止の魔法でも使っておけば完璧だろう。


「アレス様~! 今後の旅での活躍、楽しみにしてますよ!」


 最後までちょっぴり暑苦しいジギールに見送られ。

 僕たちはシャルロッテから事情を聞くために、宿に立ち寄るのだった。

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