68.
走り始めてすぐ、僕は異変に遭遇する。
矢印を追っていた僕が見たのは、モンスターの群れに囲まれている一人の少女だった。
「もう抵抗は終わりでデスかね?」
「……くっ!」
襲われているのは、黄金の髪を後ろに束ねた美しい少女だった。フードを被って顔を隠しているが、見えている部分だけでも可愛らしい容姿の美少女であることが分かる。肩で荒い息をしながら必死にモンスターと睨み合う少女を、忍び装束の男が嘲るような目つきで眺めていた。
少女を囲むのはブレイズキャットの変異種たち。
口振り的に、この男がバグ・モンスターを操っているのだろうか。
「これで終わりデス! これで吾輩は、ランドルフ様から報奨金を!」
男が手を振り下ろすと同時に、モンスターが一斉に少女に襲いかかった。
「っ! 舐めないで下さい!『セイント・プリズン!』」
「はっはっは、無駄デス! 大人しく死ぬのデス!」
少女が一瞬で完成させたのは、最上位の光魔法。現れた光の鎖は、一瞬で数体のブレイズキャットを縛り上げたが――いかんせん数が多すぎた。
状況は分からないけれど、放っておく訳にはいかないよね。
『絶・一閃!』
僕は素早く見を割り込ませ、少女を襲っていたブレイズキャットを切り伏せる。
「何者デスか⁉」
「たまたま通りがかった冒険者です。えっと……、大丈夫ですか?」
僕は少女を振り返ると、
「――あ、あなたは……!」
少女はまるまると目を見開き、なぜかパーッと顔を赤らめるのだった。
「そこの冒険者! 死にたくなければ、大人しくその女を渡すのデス!」
「そう言われて大人しく渡せるとでも?」
「ならまとめて死んでもらうだけデスね!」
そう言って、男は再びモンスターを差し向けてきた。
僕は剣を構えたまま周囲を警戒する。あまり派手なことはしたくないけれど、最悪、魔法で一気に吹き飛ばす必要があるかもしれない。
そんなことを考えていたところで、
「巻き込んでしまって申し訳ありません。少しだけ時間を稼いでいただけますか?」
「それでどうにかなるの?」
「バッチリです!」
「そういうことなら――」
その言葉を信じたのは、少女の目がまったく諦めていなかったからだ。
数秒、僕は時間稼ぎに徹していた。飛びかかってくるブレイズキャットを切り伏せ、なるべく少女が詠唱に集中できるようにサポートする。そうして――
「おまたせしました!」
『ホーリー・ジャッジメント!』
少女の術式が完成し――空から光の槍が降り注ぐ。あれだけいたブレイズキャットは光の槍に次々と串刺しにされ、光の粒子となって消えていった。
「な、な、な――」
「さてと、あなたが頼りにしていたモンスターは、もう居ませんよ?」
――予想以上の威力だ。
内心の驚きを押し隠し、僕は剣を構えたまま忍装束の男を振り返る。
「くそっ、対象がこれほどの力を持っていたなんて……! それに傍に、こんな腕が立つやつが居るなんて――聞いてないデスよ!」
忍装束の男は、ひどく狼狽した様子だったが、
「覚えてやがれデス!」
そう叫びながら、一目散に逃げていくのだった。
◆◇◆◇◆
「ふう。どうにかなったか……」
男が走り去ったのを確認して、僕はようやく息を吐く。
気がつけばバグ・サーチによる反応も消えていた。あの男がバグを利用して、ブレイズキャットの集団を操っていたのだろう。
「何だろう、あれ」
さきほどまで男が立っていた場所に、何か小さく輝くものが落ちていた。
男の正体に繋がるものかもしれない。そう思った僕は、とりあえず腰ポケットにしまっておくことにする。他になにか手掛かりになりそうな物は――
そんなことを考えながらあたりを見回していると、
「やりましたね!」
フードの少女は、キラキラした目で駆け寄ってくる。
そして勢いそのままに――
「⁉」
ギュッと僕の手を握ってきた。
「あ、す、すみません! ついっ!」
思わずといった動作だったのだろう。恥じるように、少女はパッと少女は手を話す。
「いや、大丈夫。ちょっと驚いただけだよ」
さっきまで命を狙われていたのだ。
不安だったのだろう。
僕は改めて少女をしげしげと見てしまう。
フードで顔は隠しているが、あらためて美しい少女だ。最初に見せた無詠唱での光魔法に、とんでもない威力のホーリー・ジャッジメント。冒険者ギルドでもなかなか見かけない高レベルの魔法の使い手だろう。
「う~ん?」
少女の姿からそこはかとなく感じるのは、不思議な既視感だった。
ついでに言えば、声にも聞き覚えがあるような……。
あれは大災害の謝礼として、国王との謁見に向かった時に耳にしたような……。フードで隠してはいるけれど、隙間から覗く特徴的な黄金の髪── もしかして、この子は……
「まさか……、シャルロッテ殿下?」
「はぇ⁉」
目をまんまるにして、どこか間の抜けた声をあげるフードの少女――それがミスティリカ王国の第二王女にして王国を代表する聖女・シャルロッテ・ミスティリカとの出会いだった。
◆◇◆◇◆
「なんで分かったんですか⁉」
「むしろ、なんで分からないと思ったんですか……」
フードを取った少女は、どこからどう見てもシャルロッテ王女そのものだった。
「完璧な変装だと思ったのに~!」
シャルロッテは、なにやら悔しそうにうめく。残念なことに、輝かんばかりに存在感を主張する黄金の髪も、特徴的な碧眼も、フードを被ったぐらいでは隠しきれないほどにシャルロッテの正体を主張していた。
さっきのとんでもない威力の光魔法も、正体が聖女様だとなれば納得だけど……。ほんとうに、どうしてこんなところに?
「殿下は、どうしてこんなところに? 護衛はどうしたんですか⁉」
もしシャルロッテになにかあれば、国の一大事である。
「それに、さっきの人は――」
「ええっと、極秘の任務でして……」
シャルロッテは、そっと目を逸らした。
あまり大っぴらにはできない事情なのだろう。そう言われてしまえば、一介の冒険者に過ぎない僕に追求することはできない。
「とりあえず、今はアレスさんのパーティと合流しませんか?」
シャルロッテがおずおずとそう言い出した。
今もティアたちが、ブレイズキャットの群れと戦っているかもしれない。シャルロッテから話を聞くのは、一度戻ってからでも良いか。
「ええっと、シャルロッテ殿下――だとまずいですよね。なんとお呼びすれば?」
「私のことはシャルとお呼び下さい。敬語も不要です」
戸惑う僕に、シャルロッテはそう言い切る。
事情が気になりすぎるけど、とりあえず言う通りにしておいた方が良いか。
「分かりました、シャルさん」
「さん付けも要りません。私はただの旅するヒーラー――私のことは冒険者仲間だと思って、どうか気軽に接してちょうだいな」
何故かそわそわしながら、シャルロッテは言った。
随分と無茶をおっしゃる。
それでも王女がそう望むなら、臣下として答えは決まっていた。
「おっしゃるとおりに――シャル、これからよろしく」
「うん、よろしい」
にこりと微笑むシャルロッテ。
そうして僕たちは、馬車の方に戻るのだった。






