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それから恐ろしい大災厄から数日が経った。
各地から集まっていた冒険者たちも元の拠点に戻り、街はすっかり平穏を取り戻している。
ふらりと冒険者ギルドを訪れた僕たちに、受付嬢が興奮したように声をかけてきた。
「アレスさん! 王宮から使いの者が来ましてね。このたびの大災厄での活躍について、国王陛下が是非とも直接会って礼がしたいとおっしゃっています!」
「え……? 冗談だよね?」
「冗談なんかではありません! 未曾有の災厄が起こり、街1つが滅ぼされるかどうかの瀬戸際だったんです。当然かと!」
当然なはずが無いよね!? と僕は困ってパーティメンバーを見るが、ティアはうんうんと頷いているし、リナリーはどこか誇らしげな顔をしていた。
一方リーシャは、ピンと来ない様子できょとんと首を傾げている。
「は、はあ……。分かりました。まずは面会を申し込んで……。しばらくは、この街には戻って来られませんね」
「何を言ってるんですか、アレスさん! すでに迎えの馬車が来てますよ。天下の大英雄を迎えるためです。どんな予定よりも優先すると、国王陛下はおっしゃっています」
当たり前だが、国王陛下は忙しい人だ。
そんなにホイホイと気楽に会える人では無いと思うんだけど。
しかし受付嬢の言葉は本当であった。
街外れに僕たちを迎えるための馬車が待機しており、またたく間に王城に連れて来られたのだった。
◆◇◆◇◆
王城に到着した僕たちは、そのまま立派な客室に通される。
立派なシャンデリアが飾られ、部屋にはセンスの良い調度品が並べられている。
上流階級の貴族が泊まることも想定された豪華な客室であった。
「ねえ、ティア。誰かと間違われてるのかな?」
「なんで、そうなるのよ。大災厄から街を守り抜いた英雄よ? もっと堂々としてなさいよ」
そわそわと落ち着かない僕に、ティアは呆れたようにそう言う。
中央の貴族から見れば、アーヴィン家は田舎の一領主に過ぎない。
それこそ貴族とは名ばかりの貧乏貴族である。
まして今の僕は、アーヴィン家を追放された平民だ。
「ティア、なんだか慣れてる?」
「そんな訳ないでしょ!」
なにか壊したら弁償させられるのかしら、と恐る恐る部屋を歩くティア。
そんな僕たちの様子を物ともせず、
「わーい! お兄ちゃん、ベッドふかふかだね!」
リーシャは無邪気にベッドの上で跳ね回っていた。
「はしゃいで部屋の中のもの壊さないでね!?」
「はーい! お姉ちゃん、枕投げしよう!」
「「冗談でもやめてね!?」」
部屋を用意してくれた王宮の人には悪いけど、普段泊まっている狭い宿の方がよほど落ち着く。
そんなことを思いながら、僕は眠りにつくのだった。
◆◇◆◇◆
そうして翌日。
僕たちは、謁見の間に通された。
貴族の重鎮が数人並んでおり、どことなく緊張感がある。
その中心に居るのは、白ひげを生やした厳しい顔つきの老人だった。
いくつになっても衰えない鋭い眼光──この人こそ国王陛下だ。
僕たちはその場に跪いた。
「どうか楽にしてくれ」
「はっ」
国王陛下は、鷹揚にそう言い放つ。
顔を上げた僕は、国王の傍に居る少女とばっちりと視線が合ってしまった。
間違いない。遠目でしか見たことはないが、こちらをじーっと覗き込むわんぱくそうな少女は、そう見えてこの国の王女──フローラ王女殿下であった。
「よくぞ来てくれた、アレス・アーヴィン殿。国でも察知していなかった未曾有の危機──よくぞ無事に収めてくれた」
「ありがたきお言葉です。ですが、今の僕はアーヴィン家のものではありません。ただのアレスとお呼びください」
「なるほど。そうだったな……」
アーヴィン家の追放騒動。
その情報は、しっかりと国王の元にも届いていたらしい。
国王は複雑そうな顔をした。
「ねえ、アレスさんはどうやって大災厄を予知したの?」
そんな沈黙を破るように、少女の声が響いた。
声の主はフローラ王女。幼い目をきらめかせ、まさしく興味津々といった様子。
「わた……じゃない。王家お抱えの聖女の予知夢にも、欠片も出てこなかった未知の大災厄! アレスさんのパーティに、強力な予知能力者が居るの?」
「すみません、答えられません」
「む~。王女の私が聞いても駄目なの?」
「これ、フローラ。あまりアレス殿を困らせるでない」
国王にたしなめられて、フローラ王女は渋々と引き下がる。
大災厄は人的に引き起こされたものだ。
あまり深堀りされると、僕の能力についても話さないといけなくなる。
僕は内心で冷や汗をかきつつ、何でもありませんという顔を作り出す。
「バハムートの襲来に、アンデッドの群れの襲撃。そなたがいなければ、ティバレーの街は、いまごろ地図から消えていただろう。本当によくやってくれた」
「僕だけの力ではありません。ここに居るパーティメンバーや、共に事態に当たってくれた冒険者たちの協力があってこそです」
本心からの言葉だったが、国王陛下は意外そうな顔をした。
「謙遜はいらない。街ではアレス殿を英雄だと呼ぶ声も多いそうじゃないか。本当に良くやってくれた」
「もったいないお言葉です」
本心からの言葉だ。
アルバスの起こす大災厄に、僕だけで立ち向かうことは出来なかった。
どんな伝わり方をしたのか分からないが、国王陛下は僕のことを過大評価しているようだった。
「此度の件、我が国からも褒章を出そうと思う。金銀財宝でも……そうだな。新たな領地を用意することも可能だ──望むのなら何でも与えよう」
「そのような特別扱い、身に余ります。とても受け取れませんよ!?」
一介の冒険者にかけられる言葉とは思えない。
領地を与える──それは、新たに貴族位を授けると言っているに等しい。
まさしく破格の申し出であった。
「功績には報いねばなるまい。アレス殿の功績は、それほどのものなのだよ」
アーヴィン家の者が聞けば、目を輝かせただろう。
これ以上ないほどに恩を売り、がっつりとコネが出来る。
王家との繋がりを手にして、権力を手にすることが悲願だったのだから。
しかし僕としては、今さら貴族社会に戻りたいとは思わなかった。
それよりもスキルを使いこなし、今のパーティで気ままな旅を続けた方が絶対に楽しい。
そしていずれは、世界の果てに辿り着くのだ。
かといって、それをそのまま口にしたら失礼に当たるかもしれない。
言葉を選ぶ僕の様子を見たのか、
「なるほど。何も未練はないと。だとしても冒険者をする上で、お金などいくら持っていても損はないだろうに」
「それも少し違うと思ったんです」
冒険者として、出来る限り自分の力でやっていきたい。
そう思ったのだ。
「なるほど。夢を叶えるのは、あくまで自分の力で──そういうことか」
国王は感心したように、そう呟いた。
「わがまま言ってすみません」
「良い。困らせるのは本意ではないからな」
国王はひげをかきながら、あっさりと引き下がった。
「アレス殿、困ったことがあれば、何でも遠慮なく頼ってくれたまえ。できる限りの便宜は図ろう」
そのような温かい言葉に見送られ、僕たちは王城を後にするのだった。