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「アルバスのことは気になるけど、まずはこのダンジョンをどうにかしないといけないよね」
どうやら、このダンジョンをうろついているモンスターは、デバッガーの能力を悪用して生み出されたものらしい。
その後、さらにダンジョンの調査を進めた僕たちだったが、途中で異変に気が付く。
「あれ? モンスターの気配が全然無いね」
「現れるモンスターも、格下ばかりね。おかしいわよ?」
ティアも首を傾げる。
あれほど居た凶悪なモンスターたちが、跡形もなく消え去っていたのだ。
ときどきコウモリのモンスターが現れるが、僕たちの姿を見ると慌てて逃げ出していく。
「リーシャはどう思う?」
「う~ん。このダンジョンをおかしくしたのは、アルバスの仕業。それを止めて、大災厄のためだけに力を使うことにしたのなら……」
アルバスが、立ち去り際に口にした『大災厄』という言葉。
聞くだけでも、ろくでもない物だということは分かる。
「一刻も早く、街に戻った方が良いかもしれないね」
「うん。私、話さないといけないこと――いっぱいあるから」
リーシャは小さく呟いた。
行きがウソのように平和なダンジョンは、嵐の前の静けさかもしれない。
そうして僕たちは、急いで街に戻るのだった。
◇◆◇◆◇
ティバレーの街に戻った僕たちは、そのまま宿に戻り、話し合っていた。
おもむろに口を開いたのは、リーシャだった。
「みんなに話しておかないといけないことがあるの。今回の黒幕だけど……私の師匠なんだ」
「リーシャの師匠?」
「うん。初代デバッガーで……今は、道を踏み外した可哀想な人。あの人はもう、意思を持ったバグみたいなものだよ」
悲しそうにリーシャは言った。
「あいつは、僕より遥かに能力を使いこなしてるよね。そんな人が、悪用してるのか……。厄介だね」
「お兄ちゃんは、アルバスの言葉を聞いても、何とも思わないの?」
「どういうこと?」
「だって。お兄ちゃんは、スキル1つで今までの生き方を否定されて、理不尽に居場所を奪われた。アーヴィン家に復讐したいって――そうは思わないの?」
僕が思い出したのは、アルバスの昏い瞳だ。
気がつけばティアとリナリーも、僕のことを真剣な顔で見ていた。
そんなこと、考えるまでもない。
「思わないよ。あの人たちは、もう赤の他人だ――今さらそんなことしても、全然、楽しくなさそうじゃん」
「どうして?」
「そんなこと、いつまでも気にしても仕方ないよ。それなら今の夢を全力で追いかけた方が、遥かに楽しいよ」
過去、アルバスがどんな目に遭ったのかは分からない。
だからその生き方を否定することも肯定することも出来ない。
ただ、アルバスの語る未来は、ちっともワクワクしなかった。
それならリーシャの願いを継ぐため――僕自身の願いを叶えるため。
理由なんて、それだけで十分だ。
「ふふ、何だかアレスらしい理由ね」
「その方が楽しそうだから。それ以上の理由が居る?」
僕の言葉に、ティアは呆れたように笑った。
「リーシャだって、そうじゃない? 自分の生き方を否定して、バグを利用して生きることを選んだアルバスに復讐したい? 違うよね。リーシャはきっと――」
「最期の時。私とアルバスは、ある国を飲み込もうとするバグを、倒そうとしてたんだ――」
ぽつりぽつりと語るリーシャ。
それは前世の最期の記憶――恐ろしい光景だったのだろう。
それでも聞いて欲しい、と僕たちの前で言葉を紡ぐ。
それはバグとの戦い1つの結末。
「私は最期までバグを拒んだ。デバッガーの役割に殉じて、バグを消そうとしてたんだ。結局、私はバグに呑み込まれて――アルバスはバグを取り込むことを選んだんだ」
「リーシャ、ごめん。辛いことを話させてしまって……」
「どうしてお兄ちゃんが謝るの? 私が勝手に話しただけだよ」
リーシャは少しだけ言葉を止めると、
「アルバスは最期まで私を救おうとしてた。あの場面では、ああするしか無かったって分かってる。だから私は、アルバスを止めたい」
強い決意と共に、リーシャはそう言った。
「うん。絶対に止めよう」
僕は力強く頷き返す。
「リーシャ、そこでお姉ちゃんをハブるのは良くないわよ?」
「え? こんなこと――ティアお姉ちゃんを巻き込む訳には……」
「あなたまで、そんなことを言うのね。アレスと似た者同士なのかしら。嫌って言われても付いていくわよ!」
「わ、私も! 少しでもアレス様のお力になれるなら! パーティメンバーとして協力させてください!」
ティアは、実にティアらしい物言いで。
リナリーは、ただ真摯な思いを貫くように。
大災厄に共に立ち向かうことを、宣言するのだった。
「じゃあ、リーシャ。パーティ全員で大災厄に立ち向かおうって決まったところで、さっそく『大災厄』について詳しい説明を――」
「それが……。女神様からは『大災厄だけは避けないと行けない』って言われてたんだけど、それが何なのかはサッパリ分からないの」
静まり返る室内。
――大災厄に立ち向かうための話し合いは、もう少しだけ続く。






