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「くそっ。アレスめ、こんな大勢の前で恥をかかせやがって……。絶対に。絶対に、許さねえぞ――!!」
俺――ゴーマン・アーヴィンは、何が起きたのか理解出来なかった。
アレスが突然、訳の分からないことを叫んだかと思えば、手にした得物が消滅していたのだ。
極・スキルを手にした俺より、アレスの方が強いなど、あってたまるか。
「どうしてこんなことになった。ふざけるな! ふざけるな!」
集めたサクラは、俺の惨めな敗北を見て、あっさり席を立った。
耳に入るのはアレスを称える歓声のみ。
俺は、ひっそり闘技場から立ち去ることしか出来なかった。
◆◇◆◇◆
その後、俺は近くの森に入った。
とにかく人が居ない場所に行きたかった。
「『パワー・ストライク!』『スターブレイド!』」
苛立ちを抑えきれず、近くの木に八つ当たりした。
放つのは剣士の技。
続いて剣聖の技。
あの闘技場は一瞬で複数のスキルを使いこなす俺を、称えるための舞台だった。
それなのに、それなのに――
「あれは何だ? あいつはいったい何を言っていた?」
認めたくはない。
しかしアレスは、どういうわけか極・神剣使いのスキルを手にしていた。
そして俺よりも使いこなしている。
最後に見せられた技は、剣術の枠を超えている。
それは神の領域――文字通り格が違うスキルだと感じられた。
「本当に、どうしてこんなことになったんだ……」
あの日、俺はすべてを手に入れて、あいつはすべてを失ったのではなかったのか。
ゴーマンは苦々しく、昔を思い出す。
いつの日からか、優秀なアニキばかりが注目される日々。
何をやってもアレスと比べられた。
次期領主としての教育も、剣の腕すらも。
あっさりと俺の限界を超えていく。
そう、あいつは天才だった。
何をやってもあいつに届かないのなら、努力なんてするだけ無駄だ。
そう腐っていた日々。
優秀な跡取りが居るから放っておけば良いと、俺はあっさりと見放された。
アレスも剣の師匠も、このままではいけないと何度も手を差し伸べてきたが、もうそれに応える気にもならなかった。
笑みを絶やさないあいつは、誰からも慕われていたが、そんな人の機嫌を伺い続ける生き方は、クソくらえだと思った。
――そして、あの日がやってきた。
まさしく一発逆転だった。
授かったスキルにより、いきなり立場が入れ替わったのだ。
ざまぁみろと思った。
真面目に生きていても、報われるとは限らないと。
ようやく俺に運が巡ってきたと思ったのに。
「結局、俺はあいつには勝てねえのかよ……?」
あいつは本気を出してすら居ない。
否、最初からあいつの視界に、俺は映っていなかったのだろう。
今回のことも、ただ降りかかった火の粉を振り払っただけ。
父上だって、このままでは俺に愛想を尽かす。
そうなればアレスを呼び戻すかもしれないし、俺はもう必要のない人間だ。
「くそっ。アレスめ! あいつさえ、あいつさえ居なければ――!」
憎悪と共に、森で剣技を振るう。
そんな時だった――
「ふ~ん、良い身勝手さだね。君がアレスの弟か――なるほどねえ」
そんな声が聞こえてきたのは。
振り返ると、1人の少年が立っていた。
近づかれたことに、まるで気が付かなかった。
「何者だ?」
「アンノウンと名乗っておくよ。そんなことより、ゴーマン・アーヴィン。君、随分とこっぴどくやられたみたいだねえ?」
「俺は今、機嫌が悪い。ぶっ飛ばされたくなければ、直ぐに立ち去れ」
「おー、怖い怖い。でもね、実力差を見極められない人は、長生き出来ないよ?」
少年はパチンと指を鳴らした。
それだけで、俺が手にしていた剣が消滅する。
「は――?」
「ゴーマン・アーヴィン、力が欲しくないかい? 世界をありのままに操る力だ――君には、どうしても復讐したい相手が居るんじゃないかい?」
そう言って、少年は無邪気に笑う。
脳内では、ひたすら警鐘が鳴り響いていたが……
「その力があれば、俺はあいつに勝てるのか?」
思わず飛びついてしまった。
目の前にいる少年が、どれだけ危険な人物だとしても、俺が力を手にして、あいつに目にもの見せてやれるのなら――それで構わないと、俺は思ってしまった。
「ああ、勝てるとも。君は優秀だ――あいつは、世界の法則に干渉するズルをした」
「ずる、だと?」
「そうだよ。アレス・アーヴィン――あいつは、君が本来手にするはずだった最強のスキルを、汚い手で奪い取ったんだ。そうして君をあざ笑っている。対等な条件なら君が負けるはずはない」
「なんだと――! なら本当は、俺はあいつに勝てるんだな!?」
俺が欲しかった賞賛の言葉。
そうだ、俺はあんな奴よりも優秀なんだ――少年の言葉は、とても心地良い。
「当たり前さ。ゴーマン・アーヴィン、君はこの力を手に入れて、奪われたものを取り返すんだ」
「欲しい。アンノウン、俺に力を寄こせ!」
俺がそう言うと、目の前の少年はニコリと微笑んだ。
そうして少年が手をかざすと、目の前に人の顔ほどの禍々しい黒球が現れる。
あれは人間が触って良いものではない。
そう気づいて後ずさろうとするも、体は金縛りにあったかのように動かない。
「ふざけるな! それはなんだ!?」
「君に力を貸してくれるものだよ。恐れることは何もない――それに、今さらもう手遅れだよ」
少年が俺を憐れむように見た。
黒い球体はこちらに向かってきて、そのまま俺の体の中に吸い込まれていった。
「がああああああ――!」
最初に感じたのは、全身に走る鋭い痛み。
あまりの痛みに、視界が明滅した。
――そうして俺は意識を失った。
◆◇◆◇◆
「こうも簡単に"これ"を受け入れるとはねえ」
ゴーマンが倒れたのを見届け、少年は呆れたように呟く。
少年が放ったのは、この世のバグを濃縮した不条理の塊だ。
普通の人間なら拒否反応を起こす。
体がバグに覆われて消滅するか、バグが弾かれるかのどちらかの結果になるのが普通なのだろうが――ゴーマンは、それを受け入れてしまったのだ。
「アレス・アーヴィン、今代のデバッガー。目覚めたばかりのくせに、邪神をけしかけても、難なく倒して生還する――リーシャも付いてるみたいだし、厄介な相手だよね」
口ではそう言いながらも、少年は楽しそうにくつくつと笑う。
「ふふ。世界の英雄になる男が、弟殺しの罪を背負うか。それとも――? ふふふ、どう転んでも面白いものが見れそうだね」
バグを受け入れた人間が目覚めるまで、まだまだ時間がかかるだろう。
少年は、気絶したゴーマンに踵を返して歩き始めた。






