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「完全復元コード?」
僕は寝ているティアを起こさぬように、ひそひそとリーシャに聞き返す。
「うん。チートデバッガーのスキルは、基本的にはデバッグコンソールで出来ることを、扱いやすいようにスキルとして再現してるだけなの」
「どういうこと? そもそもデバッグコンソールって何なの?」
デバッグコンソール。
それは、バグを前にしたときのみ発動できる、僕の切り札だ。
あるときは、この世のものではない文字に囲まれた異空間を見た。
他にも、この世界を構成している文字を見ることも出来る。
邪神との戦いでやったように、やろうと思えば世界の法則に干渉することすら出来るが、まだ分からないことも多かった。
「デバッグコンソールは、この世界を生み出した女神さまが作った部屋だよ。世界を管理するための空間だね」
本当は人間がアクセスできる場所じゃないけどね、とリーシャは続ける。
世界を管理する存在しか立ち入れない機能を、人間が使うための抜け道。
それこそが、チート・デバッガーというスキルの本質なのだと。
「チート・デバッガーで出来ることは、デバッグコンソールからも出来る。このスキルは結局のところ、デバッグ・コンソールから出来ることを、人が扱えるようにスキルという形で再現したものに過ぎないから」
「やくそうを取り出したり、ビッグバンを覚えたりしたのも?」
「うん。世界を生み出した女神さまなら、指先ひとつで出来る。お兄ちゃんの力は、世界を生み出した存在が振るう力と、根源は同じなの」
僕は言葉を失った。
無我夢中で振るったデバッグコンソールの、あまりの強大さ。
バグのある場所でしか起動出来ないし、その全貌を理解することは、未だに出来ていないが、世界を生み出した存在が振るうものに等しい力だとは……。
「リーシャは、その話をどこで?」
「世界を生み出した女神さまから聞いたの。死んでから管理者部屋に招かれて……お勤めご苦労様って」
まるで冗談のような話が続く。
リーシャは大真面目だったし、なにより疑うには僕のスキルはあまりに異質。
「女神さまに会ったことがあるの?」
「うん。教会が神聖視してるような、大それた存在じゃなかったよ? おっちょこちょいの、気の良いお姉ちゃんって感じ」
「教会に聞かれたら、異端者として捕らえられそうな発言だね」
「だって今さら崇めるには、ちょっと……。もともとバグを産んだの、女神さまだし」
「ええ……!?」
「あの人、おっちょこちょいだから。……ちょっとミスったんだって」
え、おっちょこちょいで、この世界、滅びそうなの?
「管理者部屋に呼ばれた私は、そこで次世代のデバッガーを導いて欲しいって頼まれたんだ!」
「リーシャは随分と大変な目に遭ったんだね……」
「う〜ん。まあ、そのおかげでお兄ちゃんに会えたんだけどね!」
にっこりとリーシャが笑う。
女神さまが生み出したバグだらけの世界。
気が付いたときには、取り返しが付かず。
藁にも縋る思いで、バグを倒すための力を現地の人間に渡したのだろう。
「それで完全復元コードについてだけと……」
リーシャが話を元に戻す。
「チート・デバッガーは、スキルを使ってデバッグコンソールの機能の一部を再現しているもの。そしてデバッグコンソールと、まったく同じ機能を再現できたものが――」
「完全再現コードなんだね?」
「うん。チートデバッガーの真骨頂だね」
リーシャは頷いた。
僕が新たに取得した『状態異常付け替え』は、デバッグコンソールでの機能が、完全に復元されたものらしい。
「完全再現コードか……すごいね。この世のすべての状態異常を、自由につけたり外したり出来るなんて」
「やっぱり、お兄ちゃんは、少しおかしいよ。その絶対権限で完全再現コードが使えるなんて……」
「リーシャは絶対権限いくつで、使えるようになったの?」
「私は、絶対権限は最終的に132まで上げたけど、完全復元コードは1つも使えなかったよ……」
しょんぼりとリーシャ。
「絶対権限は、世界へのアクセス権限なんだよね? このまま上げていけば、他のコードも再現? ……出来るようになるのかな?」
「うん。そう遠くない将来、出来るようになると思う」
「完全再現コードか――どんなことが、出来るようになるんだろうね?」
「う~ん? たとえば魔法習得のコードなら、この世に存在する魔法が、すべて取得可能になるとか?」
「そ、そんな馬鹿な――」
この世のすべての魔法が取り放題。
リーシャが口にしたのは、まるで小さな子供が神になりたいとでも願うような、でたらめな効果だった。
いや、チートデバッガーで開放されたコードの機能の延長上にあるし、将来的には可能性があるのかな?
「やばすぎるね……」
「うん。やばすぎるんだよ、スキルもお兄ちゃんも――」
このスキルは、今後どのように進化していくのだろう?
わくわくすると同時に、末恐ろしくもあった。
「ねえ、ふたりで何の話をしているの?」
そのときだった。
聞こえたのは、てっきり寝ていると思っていたティアの声。
「ティア!? いつから起きて……?
どこから聞いてたの?」
「全部、聞こえてたわ。アレスのスキルの話」
ティアがくるりと寝返りを打って、僕の方に向き直る。
「ねえ、リーシャは何者なの? 妹ってのは、噓よね?」
「そ、それは……」
「アレスのスキルに異様に詳しいし……。そもそも、アレスのスキルはいったい何なの?」
ティアはじーっと僕のことを覗き込んむ。
その瞳は「言い逃れは許さない」と告げていた。






