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「どういうことだよ……。なんで、そんなことになるんだよ!?」
ティアに続いて、リナリーまでもがアレスを追いかけてしまった。
それはまるで、俺よりアレスの方が優れている、とでも言われているようで……
「リナリー嬢からは、以前から辞めたいと相談は受けていました。自分にはアレス様に返せない恩があるのだと――だからアレス様の後を追いかけたいのだと」
「……そんなの、主人の俺に言うのが筋だろう?」
「その通りではございますが――あなたは、少しでもリナリー様の声に耳を傾けましたか?」
「……」
外れスキル持ちが専属メイドとなると、大抜擢である。
リナリーは間違いなく、俺に感謝していたはずだ。
黙り込む俺を見て、執事は黙って首を振ると部屋を出ていった。
「くそっ。何だって言うんだ」
なんだ、あの呆れて物も言えないとでも言わんばかりの態度は。
何もかもが気に食わなかった。
「そうだ。俺がアレスの化けの皮を剥がしてやる!!」
俺は、アーヴィン家を継ぐ男だ。
ティアもリナリーも、ただの冒険者に付いていって幸せになれると、本当に思っているのだろうか?
あいつが言葉巧みに騙したに違いない。
「くっくっく。俺が引導を渡してやろう」
俺が力を示して、アレスがそこまでの人物でないと暴いてやろう。
そうすればティアもリナリーも、愛想を尽かして俺のもとに戻ってくるはずだ。
剣の師匠を相手にした模擬戦では、何かズルをされて負けることになった。
それでも正々堂々と戦って、極・神剣使いのスキルを持つ俺が、あんなやつに負けるはずがない。
アレスのスキルは、外れスキルどころか、最強クラスのユニークスキルである。
さらに言えば、既に【極・神剣使い】のスキルも手にしているのだが、ゴーマンは幸か不幸かそんなことは知らないのであった。
◆◇◆◇◆
翌日、俺は父上が居る執務室に向かっていた。
父上ならきっと、アレスの居場所を掴んでいるはずだ。
居場所を突き止め、ティアたちの前であいつを叩きのめしてやるのだ。
「ねえ、知ってる? アレス様、例のカオス・スパイダーを討伐したんですって?」
「ええ!? 兵たちも匙を投げたって言う、例の変異種よね?」
そんなことを考えていたが、通りかかったメイドのうさわ話を聞いて、俺は思わず歩みを止めた。
「その話、ちょっと詳しく聞かせて貰おうか?」
「げえっ。ゴーマン様……」
「さ、サボってなんか無いですよ~? そ、その――失礼しますっ!」
「良いからその話をもっと詳しく聞かせろと言っているんだ!」
サッと逃げようとするメイドたち。
その反応も気に食わないが、今はうわさ話の方が先だ。
イライラする俺に、メイド2人はヒィと青くなる。
「ゴーマン様も知っていますよね? ティバレーの街に向かう途中に居座っていたカオス・スパイダーの変異種の話。それが忽然と姿を消したらしく――兵からの報告によればアレス様が倒されたとのことでした」
「ちなみにティア様も一緒だったらしいですよ!」
やはりティアとアレスは、一緒に行動しているのか。
実に不愉快な話だ。
アレス様が単身で倒された、ねえ……。
兵たちが手を焼くような相手を、外れスキル持ちごときが倒せる訳がないだろう!
なんせ「領主さま、力をお貸しください!」と兵たちに泣きつかれて、父上は頭を抱えていたからな。
所詮はうわさ話。
それでも、何か参考にはなるかもしれない。
「他には、何か無いのか?」
「他……でございますか?」
メイドたちは話すのを迷っているようだったが、
「そういえば、アレス様。神を殺したらしいですね?」
「……は?」
何か、突拍子もないことを言い出した。
「なんでも『神殺し』の称号を手に入れたらしいですよ!?」
「いつもは冷静沈着な行商人のヘンリーおじさんが、あんなに興奮していたのは初めて見ました。その日の冒険者ギルドは、大騒ぎだったらしいですね――」
人が神に勝てる訳がないだろう!?
何故、そんな馬鹿げたうわさ話が広がっているのか。
――俺は気が付いてしまった。
これはアレスが、意図的に広めたうわさ話なのだろう。
追放された分際で、アレスは今でも次期領主の座を虎視眈々と狙っているのだろう。
それならばうわさは、自らがアーヴィン家の当主に相応しいというアピールか。
俺を次期領主から追い落とすための一手なのだろう――そう考えればしっくりきた。
「舐めた真似しやがって。今すぐに、ティバレーの街に行く。――白黒付けてやる!」
追放では生温かったのだ。
領内を混乱させるために、ふざけたうわさを広めようとした罪――ひっ捕らえるには十分な理由だろう。
直接、叩きのめして、ティアとリナリーを、この手中に収めてやろう。
そうして俺は、屋敷に居た兵士を何人か引き連れて出発した。
目指す場所は、アレスの居るとうわさのティバレーの街。
誰もが俺を賞賛し、隣にはティアとリナリーの居る明るい未来――俺はそんなを未来が来ることを、疑いもしなかった。






