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2021/04/03
後ろのエピソードに繋がるように、少しだけ会話を足しました。
翌日の早朝。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん?」
リーシャに揺すられて、僕は目を覚ました。
ティアは隣で、スースーと規則正しい寝息を立てている。
「どうしたの、こんなに早く?」
「私に聞きたいこと、あるよね? そろそろ話しておいた方が、良いと思って」
リーシャの真剣な表情を見て、つられて頷く僕。
ティアには聞かれたくないのだろうか?
僕たちは部屋を移し、机で向き合うように座り直した。
「リーシャは先代のデバッガーなんだよね? 君も、チート・デバッガーのスキルを持ってるの?」
「ううん、それは前世の私。今の私は、ただの一般人。特別なスキルは持ってないよ」
僕の質問に、リーシャは首を振って否定する。
「このスキルは、そもそも何なの? ただの外れスキルじゃないのは分かったけど……。ちょっと、普通じゃないよね?」
「お兄ちゃんが手に入れたチート・デバッガーは、世界にたった1つのユニークスキル。文字通り世界そのものに干渉して、自由自在に操る――そういうものだよ」
「世界そのものに干渉?」
思わず笑ってしまうような言葉だが、リーシャの顔は至って大真面目。
僕も、それを冗談だとは思えない光景を目にしていた。
思い出すのは、静止する時の中で文字が乱舞する景色。
この世の全てが、文字列と数字で構成されていると気づいたあの瞬間。
――僕はたしかにあの時、世界に干渉していた。
「うん、世界そのものへの干渉。【スキル】の効果を生み出す世界の法則を書き換える反則級の能力――それが【チート・デバッガー】だよ。出来ないことなんて存在しない。そんな能力だよ」
たとえ今は思うとおりに使えないでも。
このスキルの可能性は無限大だ。
「そういえばバグってのは何なの? バグモンスターだったり、リーシャと出会った時のあれも……」
言いよどむ僕。
黒い染みが自分たちを覆いつくそうとする光景は、正直なところトラウマだった。
「バグっていうのは、ひと言で言うなら世界の歪みだよ。一番分かりやすいのはモンスターの狂暴化かな? 放っておくと、いずれは世界がバグに包まれて消えてしまう――例えるなら、世界を侵すガンみたいなものだね」
「そ、それは穏やかじゃない話だね」
「私は【デバッガー】の能力を授かってから、世界を守るためにずっと戦ってたんだけど――最後はバグに呑まれて消えちゃった」
「――ッ!」
「私がこうしてお兄ちゃんの妹として存在するのは、お兄ちゃんをデバッガーとして導くためなんだ」
何てことないようにリーシャは自らの過去を語ったが、それは壮絶なものだった。
世界をバグから守るための戦い――最後にはバグに消されて、それでも世界を守るために、次期デバッガーの僕の前にこうして現れたのだ。
どれほどの重荷が、リーシャの小さな背にのしかかっていたのだろう。
「ちなみに一番大きなバグは、魔界の存在だよ。人類がモンスターに圧倒されてるのも、元はと言えばバグのせいなんだ」
「え? 魔界ってバグなの?」
衝撃的な言葉だった。
魔界、それは世界の果てまでの一番の障害であった。
「本来、モンスターってのは、適度に現れて経済を回すだけのシステムなんだって。それが人類を圧倒するような勢力になっちゃったのは、バグのせいなんだってさ」
「信じがたい話だけど……。もしかして、バグが消えれば魔界も無くなるの?」
こくりとリーシャが頷いた。
僕は、笑みが溢れてくるのを、止められなかった。
世界の果てが見たい。
口にするのは簡単で、叶えるのは途方もなく難しい夢だった。
その夢を阻む魔界という存在は、挑みようのない分厚い曇のようなものだった。
どれだけ夢を口にしても、魔界を縦断する方法なんて想像もつかなかった。
それがバグを倒すだけで、世界の果てが見られるというのなら。
リーシャが前世で叶えられなかった望みをかなえるためにも。
僕が願いを叶えるためにも――やらないという選択肢はなかった。
「お兄ちゃん。こんなことを背負わせてごめんなさい。でもバグに立ち向かえるのは、お兄ちゃんしか居ない。だから、どうか――」
「もちろん引き受けるよ。この世にあるバグは、1つ残らず消し去るよ」
リーシャを安心させるように、僕は頷いた。
不安で仕方ないという表情から、パーッと花が咲いたような笑みになり、
「お兄ちゃん、本当にありがとう! ありがとう!」
そう言いながら、僕に抱きついてくるのだった。
「リーシャ、その代わりだけど……1つお願いがあるんだ。この話は、ティアには内緒にしておいて欲しい」
「ティアお姉ちゃんに?」
「うん。ただでさえ、僕の身勝手な旅に巻き込んじゃったんだ。これ以上、巻き込むことは出来ないよ。バグと戦うなら、どれだけ危ない目に遭うかも分からないしね」
「それがお兄ちゃん判断なら……。それでも、ティアお姉ちゃんなら、すべてを知っても、お兄ちゃんに付いていきたいんじゃないかな?」
リーシャは口を尖らせる。
だとしても、僕としても譲る気は無かった。
そんなことを話していると――
「う、う~ん……。2人とも起きてたの?」
その時、ガラガラっと扉が開いた。
眠そうなティアが目をこすりながら立っており、
「な、な、な! どういうことなのよ、アレス!?!?」
「テ、ティア!?」
僕はリーシャと抱き合ったままフリーズする。
やがてティアの悲鳴のように声が、宿中に響き渡るのだった。






