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出会い その4

祖父の部屋で骨壺を抱え込んだまま、一晩じっくり考えた。

着替えもしなかったので肩が凝ってしまったが、これからやることを決めて動かないといけない。とりあえず家の戸締りをして近所に声をかけ、しばらくは留守にすることを告げる。


「肇っちゃんはこれからどうすんのや?」

「まだ決めてませんが、この家に住もうかと思ってます。ただ、仕事の関係で戻ってくる日がよくわからなくて」

「おお、そうかいね。畑なら心配いらんよ。みんなで面倒見てるから」

「すいません、お願いします。あと、荷物送りますので入れておいてもらえますか?」


骨壺と共に電車に乗る。あの家に残していく気にはなれなかった。

電報を受けて故郷へ向かってから4日。街はあの日と変わりなく動いている。肇はやはりなじめそうもない。

(うん、オレはやっぱり田舎の方が生きやすいな。じいちゃんには悪いけど)

祖父が残してくれた財産でしばらくは食いつなげるだろう。それよりも、あの不思議空間に心惹かれるものを感じる。

(そのためにもしっかり片付けて行かないとな。頑張れ、オレ)


申請した休暇はまだ残っていたが、構わずに会社へ行く。上司の元へ行き辞表を提出すると、思ったよりも残念がられた。

肇の能力を評価してくれていたのか、しきりに引き留める。

転居する先が田舎であるため出勤できない旨を伝えたのだが、

「ならリモートでいいから」

と返される。話を聞いてみると、テレワークへの移行を促す意味合いで支援金が検討されているらしい。そのテストケースで打診が来ていて、ちょうどいい事例になる、と上の方が乗り気なんだとか。あまりにうますぎる展開だとは思ったものの、稼げる道を残しておけるのはありがたい。


そのまま社長室へ連れ込まれ、テレワーク要員としての契約と情報の共有、守秘義務に関する取り決め等、結構細々とした作業を終えるころにはすでに日が暮れ始めていた。

同時進行で自分の私物や仕事の引継ぎもしていたために、退社するときには両手に荷物を抱えることとなった。

(明日は電気店に行ってテレワークに必要な機器を見てこないとな…)

やめるつもりで来たのに、思いもよらない方向転換でいささかグロッキー気味になりながら、肇は1階のロビーに出た。


そこにかかる声。


「あれぇ、ハジメ君じゃないか、どうしたんだい?」

(またうるさい奴に出会ったな)

そう思ったが、これも最後の機会だと考えて振り向く。同期入社の久木島海斗くぎしまかいとがエレベーターから出てきていた。


肇と違い海斗は都会っ子らしくおしゃれでスタイリッシュな格好を好み、話題も豊富で、常にグループを引き連れている。仕事を要領よく片付けて遊びに行くことが多く、肇も当初は何度か誘われたものの2、3度断わった時点で誘われることがなくなった。それはそれで気が楽になったのだが、今度はやけに絡んでくる。今回もそうに違いない。


「やあ、もう仕事は終わったのか?」

「当然だよ。『仕事は生きる目的に非ず、ただ手段とせよ。』僕の座右の銘だからね。ここからは僕の大切なプライベートタイムさ。それはそうと、キミ、その荷物は何だい?まるで夜逃げじゃないか」

「そんな時間じゃないだろ、まだ」

「言葉の綾ってやつさ。でも、本当に出ていくみたいに見えるけど?」

「うんまあ、それに近い、かな」

「近い、近いって、…ええぇっ、や、やめる、の、かい?」

「あ~、そのつもりで来たんだが、いろいろとあって、だな」

「ど、どどどどういう事だいっ?ぼ、ぼくは聞いてないぞぉぉっ!」

「落ち着けって、こら、騒ぐな、話を聞けぇ!」


ロビーのど真ん中でいきなり取り乱した海斗を隅のソファーへ引っ張り込んで落ち着かせる。

まったく、いつにもまして騒がしい。


「何かドジったのか?ハジメ君はうっかり屋さんだから、お偉いさんに粗相でもしたんじゃないのか?簡単なことだったら僕がとりなしてみるから言ってみろよ」

「い、いや、そうじゃなくってだな…」

「そんなに言いにくいことなのか?よっぽどのポカをやらかしたみたいだが」

「違うって。ちょっと俺の言う事聞いてくれよ」

「う~ん、今からだと副社長がいるよな。あそこと総務課長と…」

「あの、もしもし?久木島さん?…聞いてない…」


暴走しまくっている相手をどうするか悩んでいると、軽い足音がオレの横に来て止まる。

「佐久和肇、さん、ですよね。まだ社内に居てくれて助かりました」

見上げた先に居たのは、わが社でダントツ人気ナンバーワンの女性。

「え~っと…白鳥さん?」

「はい、庶務二係の白鳥結香しらとりゆかです。本日の件で、もう一枚サインを頂戴できますか?」

「いいですよ。てか、まだあったんですか」

「申し訳ありません。再度確認していたら控え書類が抜けていたのに気が付いてしまって。コピーでもいいとは思うんですが、今月は監査が入る予定ですので、できる限り突っ込まれたくないんですよ」

「ああ、わかります。どれですか?」

「これが先ほどいただいたもので、これがこちらの控えなんですが、ここへ…」

「……じゃ、これで」

「はい、ありがとうございます。お手数かけました」


きれいなお辞儀をする子だな、と感心して見送る。と、いきなり肩をつかまれた。


「ハジメ君、彼女といつ知り合いになったんだ?」

「いつも何も、言葉を交わしたのは今が初めてだよ」

「ぼ、僕なんて声をかけることもできないのに!」

「オレもだよ。それよりもだ、ちょっと落ち着いて話を聞け」


そうしてやっと現状を伝えたんだが。ますます顔をしかめているんだな、こいつ。

「やめるんじゃなくて、テレワーク専門になるってことか。早く言えよ」

「言わせなかったのはそっちだろ。じゃ、引っ越しの用意もあるから失礼するよ」

「え、あ、うん…なあ、いつ引っ越すんだ?」

「片付けが終了次第だな。じゃあ元気でな」

「あ、そ、ハジメ……」


何か言いかけた海斗を残し、肇は会社を出た。内容の濃い一日で頭はもう一杯、両手もふさがって重い。コンビニ弁当でも買って、今日は早めに休むとしよう。

荷物を持て余しながら、肇は人ごみに交じった。




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