出会い その3
まさしくこれはじいちゃんだ。言いたいことを端的に言って解釈はこっち任せ、それでいて自分は次にやりたいことへ走って行っちまう。
理解するまで待てよと何度言ったことか。
『マスター、そんな内容では聞かされる人、たまったもんじゃないですよ』
『そうかの?そうかもな。まあ、ワシにも分からんから、これでええ。後はロットに任せるぞい』
『えー、それって丸投げですよマスター』
『そうとも言うな。あ、それとな、引き出しに手紙入れといたから、読んどくれ。ここを引き継ぐのは多分、肇しか居らんじゃろうし。
面白いぞ、肇。これ見たら契約してやってくれ。じゃあな』
最後にニカッと笑ったじいちゃんの顔を見て、肇は悟った。
これ、絶対に狙ってやったな、と。
「ロット、って名前なんだな、あんた」
『ソウデス。前マスターガツケテクレマシタ』
「なんか、手紙がある、って言ってたけど、どこ?」
『ソコノ、ヒキダシ、デス。ソレト、ケイヤク、ヲ』
「え、ロット?急にたどたどしくなってるけど、大丈夫か?」
『マスターガ、イナイ、ト、ココヲ、イジデキ、ナイノ、デス。ナノデ、ケイヤクヲ』
「うわぁお」
そういうことは早く言え。
「どうすりゃいいんだ?」
『リョウテヲ、モニターガメンニ、オシツケテ、クレレバ』
「手を…こう、か?うわっ!」
言われたように画面へ向けた途端、白くフラッシュする。同時に何かを吸われるような感覚があり…軽く脱力した。
『ふう。危ないところでした。もう休眠はしたくないですねぇ』
「…今度はやけに砕けてきたな。お前、今なにした?」
『ですから契約です。私はマスターの望む方向に形状を変化させて仕え、代償としてマスターの生命力を分けてもらうのです』
「生命力?寿命か?」
『物騒なことを言いますね。生きる活力の事ですよ。魂を持つ生命体の活力はもう無駄にあふれかえってますからね。少しもらうだけで私たちは大丈夫なんですよ。エコにできてますから』
「いろいろと突っ込みたい部分があるが、それは置いておく。とりあえずは大丈夫なんだな?」
『ええ、問題なく』
「じゃ、一度家に返してくれ。手紙を読んで、用意してからまたここに来る」
『そうですね、そのほうがいいかと。では、これが正式なカギとなりますので、お渡ししておきます』
渡されたのは先に使ったのと大差ない棒状のカギ。首をかしげると、
『契約がなされたので、その情報を更新してあります。マスターハジメしか使えないように』
「なるほどね。それとハジメではなく…そうだな、イチ、としてくれないか?」
『イチ、ですか?』
「そう。じいちゃんがゼロなら、オレはイチだ」
「承知しましたマスターイチ。これからはURLの入力は必要ありません。PCを起動して私をお呼びください。同じように扉が出ますので、そこへカギを差し込んでいただければOKです。では、またのお越しを』
ロットの言葉と共に辺りが暗くなり、気づくと、元の世界に戻ってきていた。
PCの暗い画面に映った自分の顔を眺めてほほをつねりたくなる。
実際にやろうと手を上げたところで、何かを握っているのに気が付いた。
手紙だった。それも…
「……ピンクの花柄封筒なんて何考えてたんだよ…」
半泣きになりながらも、中を開いて読み始める。
『これを読んでいる時点でまずは謝っておく。
もう少しやれるだろうと思っていたんだが、どうやら体の方がいけないようだ。
年が年だからあちこち悪くて当たり前なんだが、心臓に欠陥があるみたいで秒読みの段階に入っていると言われた。
診療所の松さんではなく、大きい街の医者だから多分間違いないだろう。まあ、お前も独り立ちしたし、文句はないがな。
さて、本題だ。
ワシが小料理屋をやっているところ…ロットが管理している場所だが、正直言って規格外だ、と思う。
もらったのはガチャの景品で間違いないんだが、コイツはげぇむの管理者にも分からん道具、いや、しすてむだとワシは考えている。
そんな馬鹿な、と思うかもしれん。
だがな、ギルマスのカインや鍛冶屋のワレント、魔道具屋のギン婆さんですら見当がつかんという。ワシより見聞が広いあいつらに分からんシロモノがこれだ。どっかの時空から流れて紛れ込んだ、バグという奴かもしれんというとったな。
本来なら、管理者コールして引き取ってもらうべき、なんだろうが…それはそれで面白くない。
だから、このまま続けて行こうと思ったんだが。
ワシ自身がアウトのようだ。で。お前に託すことにした。
肇の手に行くよう、準備はしてきたつもりだ。
巾着の中を見たんなら、カギは持ってるな?
ワシの箪笥の引き出しだってわかってる、よな?
もう見たんかどうか知らんが、一応言っておく。
あれがワシにしてやれることの全部だと思ってくれ。
小料理屋もロットもお前の思うとおりでかまわない。
できれば続けてほしいとは思うが、ま、ワシのわがままだ。
ロットは腹黒だが悪い奴じゃない、と思う。多分?
あいつの話を聞いて、納得いくようにしてくれ。後は頼んだ。
勝手なじいちゃんでごめんな。
元気でやれよ、肇。
佐久和 全太郎 』
中身を読んでしばし硬直した。
そして慌てて祖父の部屋にある箪笥の引き出しを開ける。中にあるのは…
「不動産証書?と、通帳と印鑑。それと、公正証書…?」
それは祖父の遺言でもあった。自分が所有する財産すべてを孫の肇に相続させる、子供が…肇の父親…が遺留分どうのこうのと言ってきても、孫の養育費と相殺するとまで言い切っていた。
通帳は肇の名前になっていて、祖父の毎月の収入から少しずつ入金されていた。
不動産証書は家とその土地、そして持っている田畑を肇の名義に変えている。実質、今この家は肇の物だった。
「じいちゃん…一体いつからこんなこと、考えてたんだよ…」
無骨な祖父の手を思い出して涙腺が緩む。だが、泣いてばかりではいられない。