ウォルフガイド国 その1
まずは異世界編です。
ウォルフガイド国、ミルア地方。ケナンという街の冒険者ギルド。
朝の喧騒が一段落した時間、だが。
その受付に騒ぎが起こっていた。
「おいっ、ふざけるんじゃねえっ!どうして昇格出来ねぇんだ!」
「ふざけてなんていませんよ」
詰め寄っているのは大柄なゴツい冒険者。背に負った大剣が普通サイズに見えるほどの圧迫感がある。
対する受付嬢にひるむ様子はない。細いフレームレスの眼鏡を押し上げ、冒険者を見据える。
「昇格するには条件が足りていないからです。この前も説明したハズですよ」
「ちゃんと達成しただろうが!」
「ファングボア5頭の討伐、及びシュルケンバード3羽の捕獲は完了ですね」
「じゃ問題ないだろう!」
「もう1点追加条項がありましたよね?そちらは達成されましたか?」
「あ、あれはっ」
「未完了ですね。なので昇格は不可です」
「目標物が見つからねぇんだよっ!それでどうしろってんだ!」
「おや、見えないんですか?」
「なんだと?」
「なるほど成程。見えない…見つけられない、ならば無理ですねぇ。ご愁傷さまです」
「訳が分からんこと言うなぁっ!」
ダンッッ!!
頭に血が上った冒険者が力任せに受付台を叩く。それでも受付嬢の顔色は変わらない。
「見つからない、即ち昇格するだけの資格がないという事です。それもご自分で公表しているんですから」
「お前じゃ話にならん!ギルマスを呼べ!」
「呼んだかの?」
「!!」
「ギルドマスター!」
激昂している冒険者の後ろからひょっこり顔を出した老体が笑う。好々爺然とした風貌だが、足運びひとつとっても隙が見えない。元Aランク保持者である。
「騒がしいので降りてきてみれば昇格試験に文句つけとるのかのぅ。ま、ちょっとこっちへ来んさい」
「ふ、ふん、ギルマス直々に訴えてやるさ」
照れ隠しに肩を怒らせて個室へとついていく冒険者の後姿を見ながら、受付嬢は次の仕事を始める。
ギルドはいつもの静かさを取り戻し…受付嬢同士で話しだす。
「全く困ったもんねぇ、ガイラスさんも」
「は~、あそこまで脳筋、いやいや知恵足らず?だとは思わなかったわ」
「魔獣を狩ってくる力は十分だし、ダンジョンへも行けるんだけど、ねぇ。あの態度はアチシ達でもどうかと思うわよ」
「そうよね~」
「でもさ、あの追加条項ってすンごいよね。あそこまで威力あるなんて思わないっしょ」
「うんうん、目の前で見せつけられると納得しちゃうけどね」
「ね~」
「こらこら、おしゃべりはいい加減にして仕事片付けちゃいなさい」
「「「は~い」」」
そしてしばしののち。ギルドに併設された酒場で不貞腐れる冒険者が一人。
「『見つからんのはオレのせい』だと?なにを言ってやがる、耄碌じじいが!」
腹立ちまぎれにエールを一気飲みして憂さを晴らすが。
「『必ずあると信じて探せ』?最後は精神論じゃねぇか!神頼みでもしろってか!」
「よぉ、荒れてんじゃねぇかガイラス」
「あ、ランドル、さん!」
カウンター席に座ってエールを注文するのはこのギルドきっての高位ランク保持者ランドル。
「どうやら、昇格試験に手こずってるらしいな?」
「聞いてくださいよ!食堂をひとつ探し出して順番を取れ、なんて追加条項アリなんですか!?おまけに街じゅう走り回っても看板すら見つからないなんて!」
ここぞとばかりに憤懣をぶちまける。
「これでも結構裏通りには詳しいんすよ。でも、どいつに聞いても首を振るし、中にはニヤニヤ笑いを向けてくる奴がいるし…くそっ、どうなってやがんだ!」
「落ち着けよ。いい大人がみっともないぜ。ほれ、飲め」
「あ、す、すいません」
思わず声を大きくしたが、やっていいことではないと気付いて背を丸める。
勧められたエールを口にして息をつき、拳を握りしめるさまを横目で見ながら、ランドルが口を開く。
「…あの追加条項はな、この街独自のものではあるんだ。だから、どうしてもだめならほかのギルドへ行って試験を受け直せばいい」
「そ、そうか。それなら…」
「けどよ、そうするとこの先困るのは…お前さんだぜ?」
「え?おれ?困るって?」
「あの食堂を見つけられる奴とそうでない奴。今は分からんだろうが、これからランクを上げていくとその差は歴然としてくる。それこそビックリするくらいな」
「たかだか食堂くらいでそう変わるなんて…」
「ま、信じられんのは分からんでもない。オレも信じなかったクチだからな」
「ええ!?」
「と言ってもオレはここで昇格したわけじゃないんだが…あそこと縁を繋ぐのがもっと早い時期だったらよかったのに、とか思うことが何度かあったんだ」
「ランドルさんが、ですか?」
ガイラスにとってランドルは憧れでもあり、めざすべき目標でもあった。その人がこれほどまでに望む場所とはいったいどういう…?
「ははっ、オレだってまだまださ。それに、あの食堂で出すのは一風変わってるんだけどうまくてなぁ…うん、考えただけでよだれが出てきそうだ」
「……」
「睨むなよガイラス。本当にうまいんだぜ?それに…あそこの飯を食ってるとステータスの伸びが違うんだよ」
「冗談でしょ、それ。そんなの、ダンジョンのドロップでも無いっすよ?」
「ああ、そうだ。オレも最初は冗談だと思ったさ。でも、事実だ」
そう言い切ったランドルの顔にも口調にも嘘は見られなかった。
「だからな。頑張ってお前も探せよ、その食堂『はなみずき』をな」
「で、でも、もう、どこを探せばいいのか……」
そうか、とランドルはため息をつき。
「ガイラス、冒険者の本分は何だと思う?答えてみろ」
「冒険者の、本分?それって、初心者講習の時に聞かされたアレ、ですか、ね?」
「いいから言ってみろ」
「……『冒険者は乱暴者に非ず。常に身体と心を鍛え、力に溺れるな。魔獣の脅威と対峙し、人々を守ることを本分とせよ』」
「流石はこのギルドで鍛えられた奴だな。一言一句間違えずに言いやがった」
「これが何だって言うんです?」
「お前が今立っている位置、その本分に照らしてみろよ。ぴったり合っていると思うか?」
「!!」
「あの食堂は鏡みたいなもんだ。お前が今のように周りに八つ当たりしたり、乱暴なことをやってる間は絶対に見つからねえ。受付嬢が言ってたろ、『見えないのは資格がない』んだとな」
「………」
「今のお前は力に溺れて周りが見えなくなっている。確かに力がなきゃ魔獣も狩れないしダンジョンだって潜れない。冒険者だから、強くなる。当たり前だけどよ、何のために強くなるのか、その先にあるものをしっかり見据えていかないと、これ以上は上に行けないってことなんだよ」
「強くなる…意味…」
「そこからは自分自身で考えるんだ。その答えが見つかると、食堂も見つかるさ」
頑張れよ、そういって肩を叩くと、勘定して出ていく。
目の前のカウンターをにらみつけ、ガイラスはそのまま座り込んでいた。
冒険者稼業は大変です。でも、基本を忘れちゃマズいですよね?