やつら
世界は闇に包まれていた。
ある研究所から漏れたウイルスが世界中に拡散した。感染者は理性を全て失い、人の肉を喰らうようになり、呻き声を上げながら、それを求めた。
その様子は映画などで見るゾンビそのものだった。
ウイルスの感染力はとても強力だった。人々は様々な対策を試みたが、全て失敗に終わってしまった。
割れたブラウン管のテレビの中のレポーターが言った。
「自体は深刻です。理性を失った感染者の襲撃はより規模が大きくなっています。もし、感染者を見つけても絶対に近づかないでください。彼らは関節が曲がらないので常に足を引きづっているのが特徴です。次に政府の非常事態宣言・・・・」
俺は、突然奴らに襲われたことを思い出した。
奴らは、同じ人間ではなかった。何か、別の生き物のように感じた。奴らによって仲間が全員死んでしまったのだった。
俺はあの日全てを失った。仲間だけではない。愛しい彼女も失った。彼女は最後まで俺のことを思ってくれていた。彼女の温もりが、今もなお心の中に残っている。
なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。全ての責任は人間にある。人間のエゴが全てを破壊したに違いない。
全てを奪ったあの奴らと、そうなった原因の研究所を憎んだ。
憎みながら、ずっと廃れた隠れ家に身を置いていた。
ここに隠れ始めてから、一体どれくらいの月日が過ぎただろうか。
食料が底をついてからもうずっと何も食べていない。
空腹と孤独感と死ぬ恐怖が、濡れたTシャツのように、ベッタリと張りついていた。それはとても重く、潰れてしまいそうだった。今にもそれから逃げ出したかった。死ぬ恐怖から逃れるために、死ぬことも考えた。が、なかなか死ぬこともできなかった。だから、隠れ家で一人隠れ、食料が尽きるまで、考えていたのだ。
そしてついに決心した。
俺は、外に出ることにした。
骨となった仲間や、愛しい彼女に礼と別れを告げると、大きく重い扉を開けた。
外は明るく、太陽がちょうど俺の真上にあった。空は、水色の油絵で塗り潰したかのようで、雲は一つだけ、太陽の近くでフワフワとしていた。数か月も手入れをしていない髪が風でなびいた。荒廃した町の中を俺は、重い足取りで進んだ。太陽は眩しく、目を細める必要がった。
建物のガラスは割れ、壁にはひびが入り、くたびれた車は全て使えなくなっていた。アスファルトの割れ目から若葉色の雑草が顔を出している。俺はそれを踏まないように歩いた。人の気配も動物の気配も感じなかった。奴らも、恐らくいないだろう。
強い空腹のせいか、俺はゆっくりとしか歩けなかった。もし、奴らに見つかったら、逃げることができず、無残に殺されるだろう。自分の死ぬ場面くらい、自分で決めたかった。
俺は高いビルを発見した。もし、ここから飛び降りれば、俺は楽に死ぬことができる。
孤独や空腹そして恐怖から解放される。あの世で彼女や仲間にきっと会える。
俺はビルを見つけるとその中に入った。
中は薄暗く、粉々になったコンクリートなどが散らばっていた。恐らく、ここでも戦闘があったのだろう。柱に銃痕があった。しかし俺は恐れることなく奥へと進んだ。
重い足取りで、階段を上る。上を目指して。
しかし、俺はある階で立ち止まった。
肉の匂いがしたのだ。とても美味しそうな。急にお腹がうねり声を上げた。俺は一瞬で我慢が出来なくなった。
死ぬ前に肉を食べたい。
唸るお腹を抱えて、俺は、匂いのする方へ死に物狂いで向かった。
もっと奥だ、奥の方から匂いがする。
そこの角だ。
そうだ。この部屋だ。
肉の匂いのする部屋に入った。すると、そこには、二人の奴らがいた。
俺は焦ることもなく、怯えることもなく、奴らに襲いかかった。
刹那、複数の破裂音とともに弾丸が俺の体を貫いた。
俺は潰れたトマトのようにぐしゃりと倒れた。黒い血が、胸から大量に垂れ流されていた。
俺の血は冷たかった。
もうろうとする中、仲間、愛しい彼女、そして、食べたかった肉のことを俺は考えていた。
二人組の奴らは、黒いマスクを外すと、死にそうな俺に近づいてきた。
「なんで、単体のゾンビは皆、高い所を目指すんですかね」
「わからん・・・もしかしたら、こいつらにも自我があったりするかもしれないな」
「それは絶対にありえませんって」
男は笑った。
そして、背の低い男が唸る俺に銃を向けた。
「君に罪はない。来世で、また素敵な人生が待っていますように」
小柄の男は引き金を引いた。
死ぬ瞬間、俺は一滴の涙を流した。なぜか涙は少し暖かかった気がした。
この作品は数年前に投稿した作品を改編したものです。