見届け
優花が人形化する日になった。
『こんにちは~!』
大学を終えた可奈が大量のお菓子や飲み物を持ってやって来た。
どれも優花の好きなものだ。
『なにこれ?パーティーでもやるつもり?』
『だって~、夜通しなんでしょ?私たちも寝られないし、優花さんも人形になったらもう食べられないんでしょ?』
優花がマリーやアリサの様に飲食する事がなくなるならば最後に好きなものをたくさん食べてもらおうという可奈なりの優しさである。
『ありがとう。でも、もう食事は摂っちゃ駄目なんだって。可奈の気持ちは人形になっても忘れないよ。』
人形になったらこんな会話すらも出来なくなるのだ。
『みかんさん、可奈さん、これから言う事を守って下さいね。今から4階に上がりますが、一度4階の部屋に言ったら朝まで出られません。優花さんが人形化する間、優花さんも私も充電器に入りますが、緊急時以外途中で出る事も出来ませんし、外から開けたりも出来ません。4階はシャワーとトイレはありますが、他に何もないので退屈ですよ。』
アリサは武藤から二人には全て話しても良いという指示があったが、ただ見届けるだけで何も出来る事はないと釘を刺した。
『はい。でも、ここまで知ってしまったし、とことん付き合います。』
アリサは二人もいずれ人形になりたいと言うのではないかと思ったが、その頃にはアリサも誰かの家のメイドとして稼働しているだろう。
『それでは行きますよ。』
店を早じまいして全員で4階に上がる。
『4階があるなんて初めて知った。』
みかんは驚いて呟いた。
『私もそうよ。明日からはここが私の家になるらしいけど。』
充電器が2台場所を取っているために4階の部屋は広くない。
優花はアリサの指示で優花のために用意されたタブレットにサインをして、シャワーを浴びに行く。
シャワーを浴び終わった時には優花が着ていたメイド服も下着も洗濯機に入れられ、バスタオルを巻いただけの裸のままアリサたちの前に出るしかなかった。
『あんまり見ないでよ。』
同性とはいえ、じろじろ見られるのはやはり恥ずかしい。
『優花さん、まずこれを着て下さい。』
アリサが優花に全身タイツを手渡す。
『店長さん、優花さんの裸を見てなんとも思わないんですか?』
『私は人形ですから。』
本当はどきどきしているが、そんな感情を表に出す事は出来ないのだ。
(女性の生の身体を見るのなんて初めてだし、人形で良かった様な悪かった様な……。)
複雑な思いを秘めて、アリサは優花に新しいマスクを渡す。
優花マスクはは今までと同じ赤い髪と目をしている。
『く、苦しい。』
それまでのマスクは目の部分もガラスで見る事が出来たし、多少息苦しいけれど息は出来たが、アリサに手渡されたマスクは次第に密着していき、息は全く出来ない。
『優花さん、このままだと死んじゃう!』
見ている二人も心配そうに見つめている。
『この充電器に入れば大丈夫。もう息をする必要はなくなるから。』
自分も通ってきた道である。
アリサは優花を寝かせ、充電器の蓋を閉めると充電器が稼動し始めた。
『優花さん、棺桶に入った死人みたい。全然動かなくなっちゃった。』
『朝になったら出て来ますよ。もう優花さんではなく、製造番号A0000024号、通称セリナとなってですが。』
『……セリナ……さん?』
『人形になると人間だった時の記憶や感情はあるけれど、一切表現する事は出来なくなります。優花さんはセリナになってもみかんさんや可奈さんの思い出は忘れる事はないけれど、口に出す事はありません。』
人形になるとどうなるのか武藤からは聞いていたが、今までの様に冗談を言い合ったり出来なくなるのは改めて寂しい。
『私は3階に戻って片付けの仕事をしてきますが、二人でゆっくりお話をして下さい。』
アリサはそう言って二人を残して3階に降りた。
『ま、こうなるのは聞いていたし、お菓子でも食べよう。』
優花がセリナに変化すると言ってもマスクをしているし、もともと女性なのでマリーの様に特別変化する訳ではない。
ただ、緑色のランプが点滅しているだけである。
『みかんさんは優花さんみたいに人形になりたいと思いますか?』
可奈が真面目な顔でみかんに質問する。
『今はそうは思わないな。でも、人形の方が幸せになれるんならなりたくなるかもしれない。』
『優花さん、幸せなのかな……。』
二人がしんみりしているとアリサが戻ってきた。
『私もこの中に入ります。セリナは7時には出てきますからあなたたちも寝た方が良いですよ。』
そう言ってアリサは充電器の蓋を閉め、二人は暫くは充電器を見守りつつ起きていたが、だんだん飽きて眠くなりソファーに重なる様に眠った。
朝になり、セリナの充電器が開いた。
(私、人形になったんだ。)
アリサはまだ充電器の中で、みかんと可奈はソファーで寝ていた。
『みかんさん、可奈さん……。』
二人は目をこすり、身体を伸ばす。
『優花さん……。無事人形になったんですね。』
『私はもうセリナです。……二人ともありがとう。これからも宜しくね。』
セリナの言葉にみかんも可奈も違和感を覚えた。
『……あの、優花さん人形になったんですよね?』
セリナの言葉が優花だった時と変わらないのである。
『私は確かに人形になりました。でも、仕事の時以外はあなたたちと優花だった頃同様に会話が出来るオプションが付けられたのです。』
『……という事は……?』
『人形になったからお菓子を食べたり休憩を取る事はないけど、仕事が始まる前後の僅かの時間だけこうして自分の言葉で普通に話せるの。』
その事はアリサにも知らされていなかったが、目覚めたら分かるだろう。
(店長、嫉妬するかな?)
アリサには搭載されていないオプションなので、セリナは申し訳なく思った。