店長アリサ
アリサがピュア★ラブリーのメイドとなって一週間が経ち、マリーの最終日となった。
『店長さん。』
遅番のみかんがマリーに声を掛ける。
『なんでしょう?』
『店長さんにはいろいろお世話になったし、歓送迎会をやりたいいと思うんですけど。』
この店で働く子たちはみんな世話好きである。
『ありがとう。でも私もアリサも人形だから気を使わないで良いわ。みんなみたいに食べたり飲んだりも出来ないし。』
そう言ってマリーは辞退した。
『ええ~?冷たい事言わないで下さい。私たち、店長さんもアリサさんも大好きなんだから。それに可奈も呼んじゃったし。』
大学生で土日しか来ない可奈も店に来るらしい。
『仕方ないですね。今日は早じまいしましょう。』
早速、みかんは紙に[本日都合により9時で閉店します。]とイラスト付きで書き、入口に貼り出した。
『もう、あなたたちは。』
マリーの表情は変わらないが、やれやれという感じに見えた。
『行ってらっしゃいませ、ご主人さま。』
最後の客が帰り、優花とみかんがテーブルを合わせ歓送迎会の準備をするが、主役の二人は手を出せずに窓際のイスに座らされている。
『仕事をしないで座って待つのは変ですね。』
本来仕事をするのが当たり前の二人はじっとしていると落ち着かない気分だ。
『こんばんは~!』
可奈が飲み物とお菓子を買ってやって来た。
『店のものを使っても良いのよ。』
『そうはいきません。私たちが勝手にやっている事なんだから。』
あくまでも真面目な子たちである。
『マリー店長、お疲れさま!アリサ店長、宜しくお願いします!』
主役が飲食しないのに優花たちは盛り上がっているが、初めての[女子会]にアリサも楽しんだ。
『二人にプレゼントがあります。』
可奈が立ち上がって二人に手渡したものはそれぞれのカラーに合わせたリボンの髪飾りで、二人は可奈に髪飾りを着けてもらう。
『二人とも似合います~!』
『みんな、ありがとう。』
こうしてマリーはピュア★ラブリーを去り、アリサが後任の店長となった。
店長となったアリサは、感傷にふける事もなく、日々日常の仕事を淡々とこなしている。
『可奈ちゃんって、声可愛いよね。ちょっとマスク取って見せてよ。』
時々、常識はずれの客が来る。
『大変申し訳ございません。禁止行為になりますのでご退席戴けますでしょうか?』
そういう時は直ぐにアリサが来て退店を促す。
『なんだと?ご主人さまに対しての言葉か?』
客がアリサに殴り掛かろうとしたところ、天井から圧縮された空気の様なものが客の顔に振り掛けられる。
『お引き取り戴けますでしょうか?』
『はい、2度と来ません。』
アリサが再び客に退店を促すと今度は素直に店を出た。
『行ってらっしゃいませ~。』
『て、店長?あれはなんですか?』
優花やみかんは何回か見たが、可奈は初めての体験である。
『一種の催眠ガスの様なものです。人体には毒ではなく、液体ではないのでお客さまには被害がないので我に返っても後から乗り込んだりされないんですよ。』
可奈は天井を見上げるが、一体どこにガスが出る孔があるのか分からなかった。
休憩時間になり、更衣室で可奈と優花が先ほどの体験を語りあう。
『ホント、このお店って不思議ですよね。店長さんも人じゃなくてお人形だし。』
不思議ではあるが、どんな事でもこの中にいると当たり前に感じてしまうのは、面接を受ける時点で洗脳されており、この更衣室でも微量のガスが常に流れている。
『でも私、憧れちゃうな。どんな時も感情を表に出さないでお仕事が出来るなんて。』
優花が呟いた。
『え?優花さん、人形になりたいんですか?』
『ちょっとそう思っただけ。』
優花は驚いた可奈に笑って答えた。
『お疲れさまでした。』
マスクを取った優花は、山手線に乗り、駒込で下車をした。
駅前のスーパーで惣菜を買って誰もいないアパートの部屋に戻る。
お風呂で念入りにマッサージをして、部屋着に着替えると電子レンジで惣菜を温め冷蔵庫からビールを取り出した。
『ふぅ~。』
ビールをひと口飲み、ひと息付くと鏡を覗き込む。
(疲れてるな……。)
来年には30歳になる優花だったが、今の仕事が好きで出来ればずっと続けていたいと思っている。
(結婚なんてする気はないしマスク越しだから歳は関係ないけれど、いつまで続けていられるだろう?)
優花は大学を卒業して名の通った企業に就職するために上京したが、セクハラとパワハラに耐えられず僅か2ヶ月で退職し、そのまま実家にも帰れずフリーターの生活をしていた。
ある日、ふと立ち寄った秋葉原でピュア★ラブリーに出会い、そのままメイドのバイトを始める事になったのだが、以来3年弱で6人の店長に仕え、アリサが7人目である。
(人形になりたいなぁ……。)
なにもかも捨てて仕事だけに専念出来るマリーやアリサを羨ましく思う優花であった。