緊急措置
『ようやく特捜部の連中から解放されたよ。』
一時間ほどたち、武藤が40階から降りてきた。
アリサのも多少回復して一桁だったレベルは30%を超えている。
『武藤部長、ユウリさんは給電不能に陥っています。』
『ここまでよくやったね可奈くん、さすがは期待の新人だ。』
武藤と可奈はカスタムドール社の渉外部長と研修中の次期新入社員という関係なのだ。
『ライフゲージが限りなくゼロに近い。このままだと持って2時間くらいか……。』
インキュベーションタワーから本社工場のあるつくばまでは2時間以上掛かる。
『諦めよう。ユウリを失うのは辛いが無理だ。』
武藤が苦渋の判断を下した。
『ユウリさん、なんとかならないんですか?』
完全にライフゲージがゼロになればユウリの心は死んでしまい、もう復活は叶わない。
『ユウリ自身交換したばかりだし、今はB型からの改良で交換出来るA型のAIがない。工場に連れて帰ってもスペアがなければ修理は出来ないんだ。』
『A型はなくてもS型があります。私はA型のままで良いですからユウリにS型のAIを使って下さい。』
まだ座ったまま充電をしているアリサは自身の新しいS型AIを譲ると言った。
『俺の判断では無理だ。アリサのメンテナンススケジュールは決まっているんだぞ。』
『私の事はどうでも良いです。ユウリを助けて下さい。』
アリサも必死になって武藤に訴える。
『あの、今のアリサさんのAIを移植して予定より早くアリサさんをS型に改良って出来ないんですか?』
可奈が提案する。
『いや、アリサのAIを取り外すまでユウリは持たないだろう。……やはりS型を入れるしか……。』
武藤が全ての計画を独断で変更するという事は普通の会社なら懲戒処分に値する行為だが、首にしてしまえば極秘事項が世間に漏れてしまうため、懲戒は自分も人形にされてしまうという結果が待っている。
『仕方ない。俺が責任を取れば丸く収まるなら……ユウリならS型基準は満たしているが俺なんかC型にしかならないからな。……いっそL型にしてもらうか……。』
武藤はひとりで責任をどう取るか考えた。
『L型って……部長ってそういう趣味があるんですか?』
可奈も研修でL型がラブドールの事だとは学んでいる。
『冗談だよ。とりあえずユウリをなんとかしよう。間に合えば良いが……。』
『ヘリコプターは使えませんか?』
アリサが聞いた。
『ヘリ?』
『そうです。ヘリで技術師の佐伯さんにS型AIを持ってきてもらってここでユウリに入れるんです。応急措置ですが、AIさえ入れればユウリは生きていられますから。』
インキュベーションタワーの屋上にはヘリポートがあり、普段なら久保塚が所有しているプライベートヘリが置かれているが、国外逃亡をした久保塚は早朝ヘリで空港に向かったから空いている。
『そうか!ヘリなら30分で来れる。』
直ぐに武藤は人形技術師の佐伯朔太郎に連絡を入れた。
『直ぐに準備するらしい。』
アリサと可奈は合わせて喜んだ。
ヘリは一時間足らずでタワーに到着し、直ぐに佐伯は36階に向かう。
『佐伯、宜しく頼む。』
『お前の頼みだ。ペナルティは俺も受ける。』
武藤と佐伯はかなり親密な関係の様である。
『これは酷い!本当に応急措置しか出来んな。』
ボディはぼろぼろになっていて、これで生きているのが不思議なくらいだ。
『大丈夫ですか?』
可奈が心配そうに覗きこむ。
『新人さん、俺の腕を知らねぇな?応急措置なら5分で終わる。』
佐伯が豪語した通り、ぴたり5分でユウリにAIを取り付けた。
『よし、新人。電源を入れてみろ。』
可奈がライフユニットのスイッチを入れると赤いランプが点滅し始める。
『通電した!』
ライフユニットの蓋が閉じ、ユウリの充電が開始された。
『このまま7時間だな。』
タイマーは7時間から始まり、1秒づつ減っていく。
『アリサ、ごめんな。お前が一番最初にS型になるはずだったのに。』
S型AIはひとつ作るのに半年は掛かる。
『私が言い出した事ですから構いません。私はまだ今のままで大丈夫ですから。』
アリサ自身、メイド人形になりたかったのでSだのAだのは気にしていないのだ。
『いずれにしても新しいプロジェクトのためにはアリサは必要だ。暫くはゆっくり休んで次のS型AIが出来たら直ぐに改良作業を受けてくれ。佐伯、迷惑を掛けるが俺が処分されてもアリサを宜しく頼む。可奈くんもな。』
武藤は自分の人形化を本気で覚悟している。
『そんな!私、武藤部長が処分されたら談判します!』
最初の上司になるはずの人が入社したら罰で人形にされるのは腑に落ちない。
『私からも社長にお願いします。』
アリサも可奈と共闘する構えだ。
『ありがとう。くそっ、久保塚のヤツこそ見付けたらL型にしてやりたい気分だ。A型AIを2つも壊しやがって。』
武藤の久保塚への恨み節が妙に可笑しく場が和んだ。




