メイド人形になる
食事が終わるとマリーが口の回りに付いたケチャップをティッシュで拭き取ってくれる。
『心の準備は如何です?』
マリーはもう司の事をご主人さまと呼んでくれなかった。
司はこくりと首を振り、マリーの差し出した手を掴んで立ち上がる。
マリーの手は形と色こそ普通の女の子のものだが、触るとプラスチックの質感だ。
『本当に宜しいのですか?あなたは人間ではなくなるのですよ。』
そんな言葉を投げ掛けられても司の心は動かない。
マリーみたいにメイド人形になる思いに洗脳されてしまっている。
エレベーターを呼び、中に入るとマリーは鍵を取り出し小さな扉を開けた。
(4階?)
この建物は3階が最上階だと思っていたが、隠しボタンでさらに上の階に行けるのだ。
4階の部屋は質素で、ソファーとテーブルがある他には透明ガラスの蓋がある棺桶の様なものが2台置いてある。
『ここが私の住んでいるお部屋です。これが私の寝床。まあ充電器みたいなものね。食事とか摂らない代わりに夜はここでエネルギーを補給するの。』
人形を動かすには力が必要なのだ。
『私も、最初はあなたの様にメイドに憧れてここに来た男の子で先輩のメイド人形の方にスカウトされて人形になったの。スカウトをしてくれたその先輩はお金持ちの人に買われて出荷されたから私も出荷される日のために次の人形をスカウトしなきゃならなくて、あなたに声を掛けた訳。あなたが人形になった暁には私は正式にメイド人形としてお金持ちのお屋敷で働く事になるから、そのための試運転のためにこの店にいるの。』
という事は自分がメイド人形になればマリーの代わりにこの店で次のメイドになりたい娘をスカウトする立場になり、マリーの様に売られていくのか?
『そう。ここはメイド人形を作って出荷する場所なの。秘密を知っちゃった以上、あなたもメイド人形になるか、嫌ならここで消えてもらうしかないんだけど。』
消えるという事は口封じのために殺されるという事だろう。
『マリーは人間だった時の事は覚えているの?』
心が失われてしまえばメイドになっても殺されても同じ事だと考えた。
『あるけれど自分で考えていても身体には伝える事は出来ないの。この会話もあなたの言葉にAIが反応して私の言葉として返しているだけ。でも今は私の心とAIの言葉はほとんど一緒だけどね。』
『人形になって幸せですか?』
『うん。もし不幸せだったらあなたをスカウトなんか出来ないわ。確かにこれから人間としてのあなたをこの社会から消さなきゃいけないから悪い事なんだけど、私自身幸せだし、たぶんあなたも幸せだと感じると思う。』
司という人間はこの世からいなくなるのだ。
しかし、メイド人形として生き続けられる事が出来るならそれでも良い。
『でも、僕が急にいなくなったら住んでいる所とか仕事はどうなるの?』
『契約書にサインしてあなたの個人情報がここに登録されると戸籍やあなたの全ての情報が抹消される事になってるの。まるで最初からいなかった様にね。』
ローンとかの借金がなくなるのはありがたいが、人の記憶はどうするんだろう?
『住んでいる家の家財道具とかはどんなに広い部屋でもスタッフが1時間で片します。親戚や交遊関係については一言で言えない部分があるんだけど、問題はないわ。』
なにか後ろに大きな組織が動いている様な感じだが、自分は言われた通りの事をするだけで良いみたいだ。
『あなたがする事は契約書……といっても紙ではなくタブレットにサインをして指定されたスーツを着るだけ。契約が発動するのは明日の午前0時からだからそれまでは寝て待つだけよ。』
『スーツ?』
そのスーツを着れば人形になれるというのか?
『たぶんあなたも想像していると思うけど全身タイツの様なものね。今本部にあなたの事を伝えたから午後には届きます。それまでは外に出ても良いし、自由にしてて良いわ。逃げるのは無理だけどね。』
『あの、どんな組織ですか?世界征服を企む悪の団体とか?』
逃げたら地の果てまで追い掛けてきそうだ。
『慌てなくても明日、契約が発動されたら頭の中に自動的に入ってくるわ。別に知ってても知らなくてもあまり問題ないけど。』
そんなものなのだろうか?
『マリーはどうするの?出来ればもう少しマリーの話聞きたいんだけど。』
人形になったらこんな会話は出来なくなるだろうから、マリーが人間だった時の話を聞いてみたかった。
『私の人間だった時の話?私ね、身長が180センチ近くあったの。』
今のマリーはせいぜい150センチあるかという女性でも小柄な身体だ。
『スーツを着て身体に馴染んでくるとだんだん縮んできて見た目は女の子の身体になるの。かちかちのプラスチックみたいな身体だけどね。』
そう言ってマリーはメイド服を脱ぎ始めて裸になった。
顔と胴体の継ぎ目はなく確かに人形そのものである。
『……きれい……。』
思わず司は呟いた。
自分もこんな身体になってしまうのだろう。
『触っても良いですか?』
『どうぞ。』
司は胸を指で突いてみる。
『あっ!』
かちかちと表現したが、マリーの身体は意外に弾力があり、マリーは声を上げた。
女性との体験はない司だが、本物の女性の様に弄ると喘ぐ身体だと分かった。
そのまま、指をなぞる様に下半身に移すと、つるつるであるがしっかり女性の身体の様に作られている。
『ごめんね、まだ出荷前だからこれ以上触られたら売れなくなっちゃう。この身体はメイドとしての機能だけじゃなく夜のお務めが出来る様に作られているの。』
所謂ラブドールである。
『男の人に抱かれるのは嫌じゃないんですか?』
元男性だったというマリーの心は拒否しないのだろうか?
『人形にそんな感情はないわ。ただ感じて喜ぶ機能が付いているだけ。』
淋しげにマリーは司に答えた。