イベント
タワーに住む人たちによるC型人形たちの名前公募が始まった。
最初はメイド人形に戸惑いを見せ、特にC型のエラーが多かったためにメイド人形は必要ないという人もいたが、アリサたちの努力と子どもたちが親しんでくれる様になった事で今では完全に馴染んでいる。
『おはよう、C1018さん。』
『おはようございます、高田紗矢菜さま。』
すっかりC0001018号に懐いている紗矢菜が声を掛けた。
『私ね、1018号さんの名前投票したの。[サーヤ]って私の呼び名と一緒なんだけど。』
公募は不特定の人形に対する名前と、人形を特定した名前の両方投票出来る様になっていて、特定した名前があれば優先される。
『ありがとうございます。』
AIの素っ気ない返事しか出来ない。
『紗矢菜さま。私からもお礼を申し上げます。C0001018号も内心はとても感謝していますよ。』
一緒にいたアリサが代弁をする。
『1018さんはアリサさんみたいには喋れないの?』
『C型は基本的な挨拶しか出来ませんが、ちゃんと人間と同じ心は持っているんですよ。お仕事が終わると私やミーナがC型のみなさんの話を聞いているのです。』
アリサは紗矢菜が子ども故にあえて本当の事を言った。
『へぇー、そうなんだ。』
大人にはアリサたちを人間に限りなく近い高性能のAIを持つ人形と説明しているが、かえって子どもにはこの様な説明の方が分かりやすいのだ。
『C0001018号がサーヤという名前になると良いですね。』
名前の公募はタワーの入居開始以来初めてのお祭りイベントの一環と位置付けられ、アリサはこのイベントをもって時期統括リーダーのカリン、フロアリーダーのミーナに引き継ぎをしてタワーのメイドから引退する。
今はユウリも復帰し久保塚の部屋に戻り、アリサ自身は各フロアを見回る事しか喋れないのがなかったので、イベント設営の準備を買って出た。
メイド人形は現段階では大きな負荷の掛かる力仕事は出来ないので、人や単純な作業をするロボットが会場を設営した後の装飾などを担当している。
『普通そういう事はC型に任せてA型は監督をしていれば良いのに。』
武藤は相変わらずワーカホリックなアリサに呆れ返る。
『ただでさえ大変なのにこれでは日常業務が疎かになります。C型の手を煩わす訳には参りません。』
イベント会場はフロントフロアのロビーで、普段は何もないスペースにステージや屋台が設けられた。
『へぇー、こんなマンションにアリサたちがいるんだ。』
当日はピュア★ラブリーで着ぐるみマスクを被りアリサたちと仕事をしていた可奈がメイド服ではなく魔法少女の様な服装で応援にやってきた。
アリサたちの素性を知る可奈は、大学を卒業したらカスタムメイド社に就職する事が決まっている。
『お元気そうですね。今日は宜しくお願いします。』
『アリサさんもお元気でなりよりです。今日はお手伝いですけど、本社でまた会えますね。宜しくお願いします。』
『みかんさんはどうされていますか?』
『はい。新しいプロジェクトに中途採用で誘われているんですが、人形になろうかなって悩んでいるみたいです。A型にはまだ基準が足りない様なんですが。』
みかんの様に事情を知ってしまうと逆に不安がよぎり基準が安定しないのだ。
B型から始めて後にA型に改良する事も可能だが、武藤には本社スタッフとして加わってほしいと言われ、ますます迷っている。
『ピュア★ラブリーも顧客が増えてきましたが来年3月で閉店するので、それまでに答えを出さなきゃいけないんです。』
メイド喫茶・ピュア★ラブリーは本来の目的を果たした事で発展的解消となり、新しいプロジェクトに移行する予定である。
『閉店しないで続けても大勢に影響はないのにね。確かに赤字経営だったけど。』
『アリサさん、お喋りになりましたね。』
可奈は改良されて人間と同じ様に話すアリサに驚いた。
ピュア★ラブリーにいた頃は今のB型と同様の性能で、会話はほとんどAIがしていたからである。
『今はこの場所だから限定的に話せるの。バッテリーの消耗が激しいからあまり長くは話せないけどね。S型になれば限定解除されるけど。』
『アリサさん、S型になるんですか?凄いじゃないですか!』
究極のメイド人形であるS型開発の話は可奈も説明を受けていたが、その第一号がアリサと聞いて、可奈は自分の事の様に喜んだ。
『私、これからステージでショーに出演してきます。』
イベントは賑わいを見せ、ステージではアニメ風の美少女マスクを被った人形のショーが始まるが、見ている人には中に人がいるのか本当の人形なのか区別が付かない。
『アリサ、ご苦労さん。』
武藤がアリサのもとに来た。
『朝からユウリの動態が掴めないんだが、知らないか?』
ユウリは久保塚の行動次第ではイベントの手伝いをする予定になっていたが、連絡が取れないのであった。
『はい。私も何度か通信を試みたのですが。』
タワー内にいるはずのユウリと連絡が出来ないのは異常だが、イベントが忙しいのでアリサはユウリの事は後回しにしていた。
『おかしいな。アリサ、今すぐ40階に行ってみよう。』
『はい。』
イベントはカリンに任せてアリサと武藤は40階の久保塚の部屋に向かった。




