処刑の日
『主文。被告人を死刑に処する。』
6年ほど前、一家皆殺しの事件があった。
容疑者大川一太(当時22)は、殺された家族の長女・相良陽子(同20)に交際を申し込んだが断られた腹いせに夜中被害者宅に忍び込み、長女のほか父親(46)、母親(43)、次女(18)をホームセンターで購入した包丁で次々に殺害したものである。
大川は犯行後逃走したが1ヶ月後身柄を確保され、2年後に死刑判決が下った。
以来、大川は贖罪の祈りを捧げながら執行の時を狭い部屋で待つ毎日を送っている。
朝、廊下から靴音が鳴り、大川の部屋の扉が開いた。
『大川、立ちなさい。』
『……。』
大川は覚悟を決めて無言で立ち上がり、刑務官に連れられて部屋を出た。
大川はある部屋に入り、刑務官の指示で裸になる。
刑の執行前に自殺を防止するためかと思っていたが、畳んであった肌色の全身タイツの様なものを着る様に指示を受けた。
(変だな?こんなものを着て首を吊られるのか……。)
どっちみち死ぬのだからなにを着ようが関係ないと思う大川は素直にタイツを着て、次に用意されたマスクを被る。
(死ぬ前になにをさせる気だ?うっ……息が出来ない……。)
全く空気穴がないマスクを被ると、大川は窒息状態になった。
(新しい死刑な……の……。)
意識が朦朧としてきたが、少し経つと楽になる。
(俺、もう死んだのか?)
なにしろ息もしていないし心臓の鼓動も全く聴こえないのに苦しくないのだ。
そのまま仰向けに箱の様なものに寝かされ、蓋が閉じられた事は感覚で分かる。
(棺桶なのか……。これから焼かれるのだろうか?)
意識があるまま身体を焼かれる恐怖感はこの上ないが、そのうちに意識は遠のいた。
どれくらいの時間が経ったのだろう?
扉が開き、目が覚めると勝手に身体が箱から出て動き出している。
(ここはどこ?)
辺りを見る限り天国でも地獄でもなく、工場の中としか思えない。
『C0001018号、稼動しました。』
(な、なに?)
驚く間もなく、スピーカーから声が流れてくる。
『おはよう、C0001018号。』
(C0001018ってなんだ?)
声を張り上げようとするが、身体は全く動かせない。
『君は既に死刑囚の大川一太という人間ではない。君の名は我がカスタムドール社のメイド人形、C0001018号だ。』
元死刑囚のC型にはA型のアリサの様な通称を持たない。
(俺がメイド人形?なんだそりゃ。)
『自分の身体を見てみるかい?』
目の前に姿見が降りてきて、そこに写し出された自分の姿はまさしくメイド服を着た女性の等身大人形である。
もしかしたら普通に首を吊って死んでしまった方が良かったのではと大川は思った。
『世間的には君は死刑になった事になっている。日本は今死刑廃止を訴える人が多い一方、君の様な残虐な殺人者には死をもって償う他はないという声もある。我が社は政府からの特命で君たちの様な死刑に値する者の処分を研究しているのだよ。』
(死刑囚にだって人権はあるはずだ!勝手にそんな事が出来る訳ないだろう!)
そう思っても声に出す事は出来ない。
『たぶん君は人権云々と思っているだろうが、死刑囚に人権なんてないのだよ。4人も人を殺したのだからね。君はもう人間ではなくただの人形だ。整備が終わったらメイドとして頑張ってくれたまえ。』
男の話が終わるとC0001018号は整備場に勝手に歩き始める。
(俺はこれからどうなるんだ?いっそ一思いに殺してくれ~!)
人形に支配された心の声は誰にも届く事はなかった。
時は少し戻り、アリサは久保塚の部屋のリビングで掃除機を掛けている。
テレビでは今月中に未執行の死刑囚30人に刑を執行するという法務大臣の記者会見が流れていた。
(C型の量産が始まったみたいね……。性能的にはどうなるのかな?)
インキュベーションタワーの本格入居を前に、量産タイプのB型の製造が追い付かず、さらに低い基準のC型を導入するという話はアリサも聞いている。
ベースとなる人間とAIの相性が高ければアリサの様に高性能な人形が作れるが、基準が低いとAIと干渉出来ずに機能しなくなってしまう。
そこでB型の開発である程度性能の低い量産タイプが作られたが、C型はAIが人間の心に干渉せずに稼働出来るのだ。
つまりは人間の意思は完全に無視され、意思も感情も人形の中に閉じ込めてしまうのがC型である。
A型は改良されて自分の意思を外部に伝える事が出来る様になり、B型もタブレットを介してではあるがそれなりに意思を伝える事も可能だが、C型は一方的に命令を受けるだけなので、凶悪な殺人を犯した死刑囚を意識だけ殺さずに贖罪のために働かせるという事が出来るのだ。
アリサは低い性能のC型がタワーに配備される事に不安を抱きながら、仕事を進めた。




