友理とユウリ
友理の記者会見が始まった。
アリサはリビングで掃除機を掛けながらテレビの中の友理に思いを馳せる。
『私、飯島友理は本日を持ちまして芸能界を引退致します。』
友理が発表したと同時に多数のフラッシュが焚かれた。
(私のためにこんなに記者さんたちが集まったのっていつ以来だろう?)
友理はそんな思いで席に着いた。
『いよいよ交際している久保塚社長と結婚という事ですか?』
記者から質問が飛ぶ。
『いえ。……彼とは別れました。私は久保塚とお付き合いをしていく事でかろうじて芸能界に残っておりましたが、別れた事で既に私の居場所はここにはないと痛感しており、芸能界を引退する決意を致しました。』
会場がどよめいた。
『決して少なくはない彼からの手切れ金がございますので私はこの会見が終わりましたらそのまま海外のある国に向かい、当分日本には戻る事はありません。今日まで本当にありがとうございました。』
一切の質問を受け付けず、友理は会場を後にした。
『手切れ金はいくらだ?海外ってどこの国だ?別に男がいるかもしれないぞ!バカヤロー、お前何年芸能記者やってるんだ?すぐに後を追え!』
テレビやスポーツ紙、週刊誌の記者たちはデスクからそういう叱責を受け、すぐに友理の足取りを追ったが友理の乗った車は既にホテルからいなくなり、連絡を受けた他の取材陣が待ち構えていた成田にも羽田にも友理は現れなかった。
『くそっ!新幹線で関空か中部に行ったか?支局に連絡をして張らせろ!』
結局どのマスコミも友理の足取りは掴めず、飯島友理という存在は芸能界から……いや、この世から姿を消した。
これからの未来型企業を目指す企業家のためのインテリジェンスマンション、[インキュベーションタワー]は時代の寵児・久保塚祐三が最上階に先行して入居した事もあり、続々と入居契約が進んでおり、そのサービスの一翼を担うメイドもアリサを筆頭に続々と配備されている。
そのために全国規模でカスタムメイド社から人形がスカウトされる事になり、基準を下げた量産型ボディのメイドたちが多くあつめられたが、友理など基準の高い人材はセリナ同様の高性能ボディが使われた。
『製造番号A0000030号、通称ユウリです。』
アリサはマンション全体の総括をするため久保塚の部屋の専属から外され、後任には自ら望んだ友理がユウリとなって配置された。
『私怨はありません。どのみち人形は自分の感情を出す事は出来ないですから。私はそれで良いんです。』
それがユウリが人形になる前、最後に残した言葉だった。
マンションに配備された人形たちの顔はメイドらしくアニメ風のマスクから少し人間のものに変更され、アリサも一旦工場に戻され改良されているが、ユウリは名前だけでなくユウリに似た顔があてがわれた。
これはモデルで女優だった飯島友理の顔がそのままマスクデザインのプロトタイプになっていたからである。
『なんだい、このメイドは?当て付けか嫌がらせか?』
元カノに名前も顔もそっくりな人形が担当メイドとなったために、さっそく久保塚からクレームが入る。
『いえ、なかなかアリサ級の優秀なメイド人形が出来ないのですが、たまたまこのユウリはアリサを凌ぐほどの高性能でして……。』
武藤の言い訳は事実であり、ユウリは各種試験でアリサと同等の成績を残していたのだ。
『ならアリサをそのまま残しておけば良くないか?』
『アリサはもともと最初の契約が破談となった言わば中古品ですから。社長には最初から本契約時に新品を用意するとお話していましたのでどうかお納め下さい。』
[ユウリ、大丈夫?私も常にマンションにいるからね。]
通信機能が強化されたアリサはタブレットなしでマンションに配備された他の人形たちと通信が交わせる様になっている。
同様の通信機能があるのはユウリのほか新たに配備されたカリンともう一体、ティアラというA型人形だけであり、後はタブレットを介さなければ通信が出来ない量産タイプのB型、C型がほとんどを占めているのだ。
特定の部屋に専属されるのはユウリだけで、他は各フロアに2体づつ配置され、アリサは全体の統括リーダー兼上層階部分の管理、カリンは中層階の管理を任された。
人形の勤務時間は久保塚の部屋と同様、朝6時から夜9時までで、業務が終了すると3ヶ所に分けられたドールセンターと呼ばれる詰所に戻り、自分のユニットに入って充電に入る。
アリサとカリン、それと下層階担当のティアラはお互いに1日の全人形の行動を報告し合い、最後にアリサがまとめて本社に報告する事になっている。
[細かいミスが多い様ですね。]
ほとんどミスをする事がないA型と違い、性能の劣るB型やC型の人形はイージーミスが多い。
[C0001018号の件は3504号室のお子さまが危険な目にあっています。幸い事故には至りませんでしたが重大案件に相当しますね。]
(また1018か……。)
マンションに住むのは若い起業家が多く、そのため家族には小さな子どももいるためメイドの仕事には子どもが絡む事が多くなり、それだけに子どもを巻き込む事故はあってはならないのだ。
[A0000030号はいかがですか?]
アリサはユウリからの報告を待った。
[異常はありません。昨日の同伴ご宿泊は中里沙織さま、20歳、職業大学生でした。]
この様に外部からの宿泊者も逐一報告する義務があるが、以前ならばユウリ自身が報告されていた立場だったはずである。
[今朝は朝8時36分に部屋をお出になりました。]
ユウリは報告を終えた。




