新たな仕事
A0000025号の失敗を受けて、カスタムドール社ではプロジェクトの練り直しを迫られていた。
出荷先が内定していたアリサは保留となり、予定されていた出荷先には最初のリース契約が満了して本社工場に戻っていたA0000003号が再整備されて出荷される事になった。
引き続きピュア★ラブリーでのスカウト業務は継続しているが、スカウトをする基準値が最低75%、推奨80%と引き上げられたが、元々マリーやアリサなどは95%という数値でスカウトされている。
『そう80%以上の人なんていないですよね。』
武藤が定期チェックに来て、アリサ、セリナと3人で今後について話し合うが、アリサはタブレットでしか自分の意思を伝えられないのでほとんどセリナと武藤の会話を聞いているだけである。
『君は珍しいパターンだからね。』
セリナ自身、バイトとして入店した頃は30%程度でしかなかったが、仕事をしているうちに90%以上になったのだ。
『私たちの様に最初は人間のままバイトをさせて基準が上がる様にしたら如何かと思うのですが。』
現にバイトの可奈もみかんも優花がセリナになってから基準値が80%台に上がっている。
『女性のデータがセリナだけだから時期尚早というのが本社の考えだ。とはいえ、バイトに生身の男の子を入れるには声や体型の問題があるし。』
ピュア★ラブリーは女の子がマスクを被って接客をする店として売っていた。
司の様な女の子になりたい願望が強い男子はそれが原動力となり基準値が高い傾向があるが、バイトとなるとその原動力が半減すると見られている。
優花の場合、想定外だったためデータ取得に時間が掛かるのだ。
『新たなプロジェクトもあるしいずれは女の子ベースの人形も量産しなきゃならないだろうが。』
『新しいプロジェクト……ですか?』
武藤の言葉に二人は引っ掛かる。
『メイド人形付きの高級マンションを計画していてね。分譲価格に人形価格を上乗せして販売するんだ。マンション自体はセキュリティも完全だし、人形のメンテナンスもそのマンション内で行なう事でコストも大分下がるんだ。』
人形の管理もマンションで一括でやる訳である。
『基準が上がったのに、大量生産出来るんですか?』
『そこが課題なんだよ。たぶんボディの耐性を強化して基準を下げても大丈夫な様に改良する計画なんだ。とりあえず今普通の高級マンションを都内に作っているんだが、さる人と最上階の特別室の契約がまとまりそうなので試験をするみたいなんだ。そこにはアリサに行ってもらう事になると思う。』
さる人が誰かはまだ分からないが、アリサはいずれ大量生産される人形のチーフとしてそのマンションに配属されるという。
『良かったですね。』
無表情なセリナだが、その言葉に自分のせいで一度決まっていた出荷が取り消しになったアリサに対する安堵の気持ちがよく分かった。
半年以上基準を満たす客が来なかったのに、来る時は100%に近い人が来るものである。
『村木春斗です。』
春斗は自分が性同一性障害ではないかと悩んでいる21歳の男子だ。
『女の子になってご主人さまに仕えたいと思っていましたが、たまたまネットでこのお店を知りました。勉強になるかなと思って参りました。』
わざわざ新潟から新幹線に乗ってやってきたと言う。
『あなたはメイドになりたいの?』
『はい。叶う夢であれば。』
素顔でも少し化粧をすれば女の子に見えるくらい可愛い顔付きと背格好である。
『あなたさえ良ければここでメイドのお人形さんになる事が出来ますよ。』
『本当ですか?』
春斗は二つ返事で人形になる決意をした。
『マスクをしなくても女の子になれそうなのに勿体ない気がしますね。』
裏でセリナと春斗のやり取りを聞いていた可奈が呟く。
(確かに、わざわざ人形にならなくても良いのに……。)
可奈は知らない事だがアリサには山田の失敗が心に残っている。
『4階に行ってきます。』
春斗が人形になるという合図である。
『いよいよアリサ店長も卒業されるんですね。』
一度セリナの人形化を見ている可奈は春斗が簡単に人形になれると思っているが、アリサは不安である。
(データを見る限り大丈夫な筈だけど。)
基準値の高い春斗には耐性の低い従来型のボディが用意され、黄色い目と髪となった。
閉店後、アリサが4階に上がると春斗は既に人形化が始まっている。
『どうですか?』
『異常なしです。大丈夫そうですね。』
夜が明けると春斗はA0000026号、通称カリンとなるはずだ。
『はい。セリナもお休みなさい。』
『はい。お先に失礼します。』
前回、セリナが起きた時の様なショックはないだろうが、一抹の不安を抱きながら充電器に入る。
午前0時になったが春斗に異常は認められず無事人形化は進んでいる様であった。
(これで私も出荷か……。ずいぶん掛かったな。)
アリサは3日後、整備のため工場に送られ、ピュア★ラブリーに別れを告げた。




