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第三話:優れた射手達(シャープシューターズ)

「大砲、火縄銃兵、射手がおおいに貢献して、我々を救ってくれた」

 ベルナール・ディーアス(コルテスの征服に同行した兵士の一人)の報告



 吐く息に気を付ける。

 幻想的な程白く染まった世界で、林の奥に潜む五〇名の人数の吐息は目立つからだ。

 世界は上も下も白一色だ。厚い雲――今も雪を降らせる雪雲は世の終わりのようにどこまでも広がり、大地は深い雪に覆われている。

 救いは昨日に振った雪は昨夜の間に氷のように硬くなり、その上に新たに積もった雪は少ない点だろう。おかげで多少は動きやすい。


 だがそれ以外は最悪だ。

 とにかく寒いし、吸い込んだ冷気で胸は痛いし、足先は防寒具を突破した冷気で凍傷という単語が気になってしまう。


 今いるのは緩い丘の上。

丘と言っても三メートル程の高さの地面が続くだけだが。

 周囲を雪化粧で覆った林の間に滑り込むように隠れている。眼下の谷間には道が続いていた。

 俺達は全身を厚手の防寒具で覆い、その上から白のフード付きポンチョで上体を覆い隠している。おかげで今の五〇名は白い世界と完全に同化していた。


 緊張という糸がピンと張る。

 動いていれば熱で暖かいのだが、潜んでいるので動くのは駄目だし、少しでも汗を吸った服は体温を奪う悪魔の拘束具になってしまう。

 そんな俺達は暖を取ることも出来ず、ただひたすら体を小刻みに震わせ、手を擦り、歯をカチカチ鳴らしつつ頬を引き摺らせながら〝その時〟を待った。


 見張りに残していた兵士が駆けてくる。

 俺はそいつを、第一子を無事に取り上げた産婆のように抱きしめたかったが、自重する。

 同じように白一色の兵士――本職は冒険者なのだが――は決して寒さだけではない理由から、顔を青白くさせて報告する。


「来ました! 輜重隊です! 先頭に護衛騎馬一個小隊、段列が一〇、護衛の兵士が小隊分、続きます!」

「よくやった! 新たな命令だ……疲れているだろうが、襲撃に参加してもらうぞ!」

「大丈夫です! ライドさん!」

 子供のような――実際に子供だ――若い男は頬を赤く染め、これでもかと喜色満面で頷いていく。


「総員、装填しろ。装填後は各々射撃体勢を取れ。射撃開始は指揮官の発射を合図に行う」

 命令に従い、五〇名の男達は自分の得物――マスケットに弾薬を装填していく。

 俺も愛用のマスケットを、雪は入り込まないよう注意しつつ、銃口を上にして立たせる。


 軍用として量産され、出陣前に支給されたマスケットは、新品だ。

 これまでのマスケットは銃身がピンで固定された――先台(フォアエンド)の溝に沿って伸び、溝に埋まっている構造なため、基本的に堅牢ではなかった。銃剣を付けて振り回しても、逆さにして棍棒の代用にしても、壊れやすかった。


 だがこの新型マスケットは、銃身と先台とを胴金(バンド)で固定している。それも三カ所も。男のマラのような力強さを横溢させる黒い銃身は、同じように黒いバンドで先台へ締め付けられている。

 特に一番先端の、上部に照星(フロントサイト)の突き出たバンドは、靴下のように先台の先を包み、銃身と一体化しているように見える。


 左肩から右腰に向けて負い革(スリング)で吊るされた右腰の胴乱(ポーチ)より、全六〇発はある腸詰(ソーセージ)のような紙薬包(パトロン)を抜き、下部の油紙を捩じられた所を噛み切った。

 素早く銃口へ移し、中身――黒色火薬(ブラックパウダー)弾丸(ボール)を銃腔内へ落としていく。


 次に先台に埋め込まれたような、先端が小さな円筒形をした㮶杖(カルカ)を引き抜く。そして銃口から銃身へ突き込んだ。蓋の役目を果たす薬包の残り――油紙ごと、火薬――装薬と弾丸を突き固める。

 以前は㮶杖は木製だったので折れやすかったが、技術革新で鋳鉄製になったので破損を気にせずに気兼ねなく装填作業を進めれた。


 全長は一五〇センチはある長いマスケット。その一メートル強の銃身の根元右側面には、燧石を咥えた撃鉄(コック)に、着火薬を収める火皿(パン)、火皿の蓋を兼用する当たり金(フリズン)とマスケットの心臓部が集中している。

 撃鉄を一度、カチッと音がするまで起こす。ちょうど時計の長針が一二時を差すような形になった。これで安全装置が働いた事になる。

 俺は腰のベルトより、ホルダーに収納され、ベルトと紐で結ばれた火薬筒(フラスコ)を取り出し、当たり金を上げて姿を見せた火皿へ、火薬筒の中身である火薬――着火薬――を注いで蓋を閉めた。


 撃鉄を再度、ガチリと、今度は最後まで後ろへ倒す。これで安全装置は解除され、後は引き金を引けば弾丸は発射される。

 装填作業を終え、素早く周囲を見渡せれば、隷下の銃兵達は滞りなく作業を進めたり、終えられているようだ。


 その後漏れ出す殺気に気をつけつつ、自然と一体になるように静かに待ち続けた。

 私物である小型の短眼鏡によって、拡大された歪みある景色に影が浮かぶ。

 報告にあった目標がゆっくりと雪上をかき分けて、眼前の谷間の細い道を進んで来た。


 谷間はその構造上、雪が積もりやすく、敵魔族の輜重段列の歩みは遅い。

 輜重段列は雪に馬車では不便なので、馬の背中に荷を直接積載した荷駄である。うぅ~ん……この場合その判断はどうなるのだろう?


 荷駄では積載総重量は馬車より少なくなってしまう。そして彼らが運ぶのは武器弾薬だけではなく、糧秣――人間と馬の食い扶持も多い。よって彼らはまず自分たちの食い物を運ばねばならない。

 その結果は、輜重のための飯を運ぶ輜重段列――という不可思議な現実の出来上がりだ。


 結果、費用対効果はどうしても落ちてしまうはずだ。何より路上の状況は悪いので、馬達はより多くの糧秣が必要だろう。元気になってもらうためには、人間だろうが馬だろうが、腹を一杯にするしかない。


 だがどうだろうか……これが馬車なら、降雪によってより悪戦苦闘し、最終的な移動距離、時間、消費される糧秣が多くなってしまうかしれない。

 これならまだ荷駄の方が、馬が直接載せて歩くので、時間もかからないしより素早く運べるかもしれない。


 ……つまり魔族(れんちゅう)は、物資をより早く集結させたがっている?

 それは魔族側に、今ミッドマウント城を囲む連中に、余剰物資が無い事を意味していると? でなければ、量よりも時間を重視した荷駄の段列をとりはしない。


 俺はゆっくりと銃を構えた。

 俺を注視していた五〇名がそれに倣い、気取られぬよう注意しつつ銃口が谷底を向く。

 長い銃身は威力と射程と精度に勝っているが、どうしても、狙う時に苦労する。蝋燭の炎の先端がゆらゆらと揺れるように、銃口や照星もまた、体の僅かな動きによって不規則に動くからだ。

 それが長い銃身だと、腕の筋肉への負担も大きいし、揺れ幅も大きくなる。


 多くの人が誤解しているが、長銃身は『狙いが正確になる(射撃精度が上がる)』のではなく、『正確に狙いやすくなる』といった方が正しいのだ。


 敵段列は俺達に気付いていない。樹木線沿いと、白い衣装に、激しくはないがやむ気配のない降雪が、魔族の警戒力に勝ったのだ。

 異常な熱が体の芯から湧き上がってくる。おかしな話だ。先程まで、指先が痛いくらいに冷たくなっていたのに……今では全身が火を噴きそうなくらい熱い。


 距離は五〇を切った……まだだ。まだまだ。


 精神を狂わせるような緊張。危険な薬物でも摂取したかのように荒れ狂う興奮。動悸が激しくなり胸が痛みだす。畜生め。喉が渇く。

 だが俺はそうした全ての異常を、プロとしての意識で捻じ伏せた。


 四〇……雪が降る中でも敵情がより判るようになってきた。〝豚鬼(オーク)〟! それに騎乗しているのは〝犬人(コボルト)〟だ。

 だがまだだ……まだ連中は予定としておいた射撃開始点(ポイント)へ足を踏み入れていない。

 先頭のコボルトが頭を左右へ振っている。気付くなよ! 気付くなよ!

 先頭のコボルトは俺の目の前に来た!


 瞬間。

 引き金を引く――発砲!


 内部のカラクリ――撃鉄の裏側に仕込まれた大バネ、そのストッパーが外れた事で撃鉄は勢いよく前に倒れる。まるで刑吏の振るう斬首用の剣のように、黒光りする燧石が当たり金に激突した。


『L』字型をした当たり金は、バネの力を受けた燧石によって吹き飛ばされるように前へ飛び上がり、赤々とした火花を飛ばす。直後に真下の小さなバネによって瞬時に後退した。

 獲物を捕らえた肉食魚のように閉じた当たり金は、火花を飲み込むように元の位置へ――火皿の着火薬と火花が化学反応を起こした。


 銃身内部は火皿と小さな穴とで繋がっており、そこから火皿の爆発が腔内へ流れ込み、引火――突き固められた装薬を爆発させる。

 轟音――銃口より濛々とした白煙が噴出し、銃声が俺の全身をひっぱたく。

 銃床(ストック)床尾板(バットプレート)を押し当てている右肩へ、突き抜けるような衝撃。


 俺の発砲を皮切りに、拍手のように連続して響く銃声。

 墓地のような静寂の雪の世界は、破裂するような銃声と、灼熱の悲鳴によって彩られる。



 俺の故郷は深い森の奥だ。

 両親は野人ではないぞ……森の民、と呼ばれる、代々森に住む連中の一つだ。

 樵夫だったり、炭焼きだったり、猟師、森番と、様々な仕事をしていた。


 まあ、そうした連中……一族はもうこの世に一人しか生き残っていないが。


 どこにでもある話だ。病だったりモンスターの襲撃だったりで、俺は幼くして両親と死別した。そんな俺を引き取ったのは、〝一応は〟俺と血縁関係にある老人……爺さんだ。

 祖父と孫、というよりも、師匠と弟子に近い日常だったな。アレ。


 爺さんは厳しかったし、優しくもあった。

 ただしその『優しさ』は傍から、第三者目線では分かりづらいだろうし、何よりその厳しさは児童労働レベルではなく、ある種の虐待だと告発されてもおかしくはない基準だったが。


 爺さんは帝国に使える専属の養蜂家で、森番だった。

 森番、ってのは、早い話が王侯貴族の森を管理し、密猟者や勝手に森に入ってはその恵みを強奪する輩を取り締まる仕事だ。逮捕権を有する猟師のようなモンだ。


 で、帝国の養蜂家ってのは、代々皇帝陛下のために封建的な軍役も課せられている。蜂を飼育し蜂蜜を得る連中を戦場に連れて行って、何か役に立つのか?

 そう思うだろ? 普通は。

 実は皇帝陛下と封建的な契約を結んでいる養蜂家は、代々弩弓(クロスボウ)の練達者として、その腕を磨き維持している。


 おそらく……蜂の巣を採るのに、クロスボウを使用するのだろう。

 まだ弓矢が軍事力で重要な位置を占めていた時、ある島国では弓兵(アーチャー)の数を維持し、練度を保つために、他の遊戯・娯楽を法律で禁止してまで、国民に弓の習得に励ませた。

 その帝国版だ。


 勿論昔は猟師や森番でも、弓やクロスボウを使っていたが、今は時代の流れで銃を主力にしている。鳥撃ち用のマスケットから、より正確に狙えるライフルまで、爺さんは色々な技術に秀でていた。


 俺はそこで爺さんから狩猟と銃――狙撃についての技術を伝授された。

 単純に、拳骨は痛かったが楽しかった。

 この二つの技術は容易に一つの事情に成果した。森での動き方。狩猟の、獲物に気取られぬよう近付く、行動技能、擬態・偽装の技、獲物――禽獣の生態や猟場での知識。銃の扱い方に、狙撃に際して代々積み上げられてきたノウハウ。


 俺はそれら、爺さんがその老年まで積み上げ溜め込んだ知識と経験を貪欲に吸収していった。森の知識も重要だった。火の熾し方から、自然の食料の取り方と知識、緊急時の避難所(シェルター)の作り方から野営方までエトセトラ。

 とにかくあの数年間は、俺の中で本当に有意義な時間になった。


 だがそれも終わった。

 戦争だ。人間対人間だったり、人間対魔族だったり、領主との森の権益をめぐっての争いとか。

 爺さんは戦った。男達も、周囲の全てが戦った。俺を残して。


 たぶん………たぶんだけど、おそらく爺さんは『このコト』を予感していたのではなかろうか? だから俺を逃すため、俺が独りでも生きていけれるよう、あれほど熱心に色々と伝授していったのか?

 だからって一〇歳そこそこのガキにあんな教育は酷すぎると、今でも思うけど。


 答えを聞く事は出来ない。あの日。あの夜。森が焼かれた時、戦いに赴いた時に爺さんと別れて以降、会ってはいないからだ。

 森から一人逃げ出すように離れていく俺。そうやって、森の民は俺一人だけになった。アレからもう一〇年以上は経つが、同郷の者とは一度も出会っていない。


 まぁ、そんな感じで俺は森の民から流民へ落ちぶれた。

 その後は都市の最下層に流れ着き、そこで孤児共の頭みたいな事をやって、最下層のネズミのような生活から抜け出すために、都市へやって来た冒険者の徴集官の誘いやら、自己の判断やらに従って、俺は冒険者になった。


 まぁ、最初の一年間は孤児時代よりも、よりネズミみたいな生活だったが。



 弾丸の嵐は騎乗するコボルト達を薙ぎ払った。

 連中は軽騎兵だ。兜以外の金属製の防具を付けず、厚手のコートと革製鎧(レザーアーマー)で体を覆っている。もっとも、距離四〇では金属鎧でも結果は同じだろう。


 弾丸直径は一六ミリ。弾重は二三グラムはある。ちょっとした親指サイズの鉛の塊が、猛烈な速度でぶつかるのだ。筋骨は粉砕され、その下の中身を怒涛の勢いで撒き散らす。

 弾丸が胸に命中すると、結果は恐ろしいモノだった。処女膜よりもあっけなく貫通して背後へ突き抜けてく。命中した穴――射入口よりも、突き出た穴――射出口の方が遥かに大きい。


 鉛玉の運動エネルギーが大きすぎて、しかも弾丸の鉛が金属としては柔らかく、弾丸のもつ運動エネルギーを効率良く『命中対象』に伝達してしまうからだ。

 結果として鉛玉は命中直後に自身を変形させ、己に備えられた力をよりダイレクトに周囲へ撒き散らせつつ巻き込み、『一緒に』飛び出すのだ。


 雪原はたちまち紅く咲き乱れた。

 白と紅が背徳的に広がる光景は、冒涜的な程美しく、嫌悪するような異物感に満ちている。

 たちまち人馬の呻きが楽団となって周囲の情景に花を添える。だが楽団員は後から後から参加者が増大していくのに、何故だか音量は最初から同じだ。

 理由は単純明快――古参の楽団員が苦痛のない場所へ旅立って行ったから。


 俺は再装填を素早く終えると、次の狙いを定めて撃った。

 次の獲物は荷駄を引く輜重兵のオークだ。人間の、屈強な成人男性くらいの背丈に、屈強な男性よりも遥かに広い横幅。だがそうした種族由来の屈強さを裏切るように、豚の顔をデフォルメしたような顔貌は幼い。

 まるで少年兵のような〝柔らかさ〟を感じさせる風貌だ。


 しかし殺す。弾丸は額にめり込み、頭部の三分の一を巻き込み、吹き出す。頭蓋の骨片とブヨブヨとした脳漿は、撃ち殺した事のある豚や猪と同じに見えた。


 だが彼らも兵士。反撃に転じる者もいる。

 指揮官層は槍を持ち、それ以外の兵は弓矢やマスケットを所持している。しかも連中のマスケットは今までよく目にした火縄式(マッチロック)ではない。俺達のと同じ燧石式(フリントロック)だ。


 人間が製造したのよりも、どこかゴツイ印象のある撃鉄回りや銃床部分に、太く長い銃身――ただしマッチロックの時よりは短い。彼らは訓練された兵士を特徴づけるように、一斉に同じ動きをした。

 前列は跪き、後列はそのまま直立して、銃口をこちらへ向ける。

 発砲――ただしその成功率はお世辞にも低い。


 当たり前だ。連中は装填動作を見せずに直接狙った。つまり、元から装填していた事になる。この雪と冷気で、ただでさえ湿りやすい黒色火薬は完全に使い物にならなくなっていただろう。

 初歩的なミス。たぶん連中にとっては最新型であるはずだが、同時に運用実績――経験が圧倒的に足りていないのだ。


 唖然としているオークらを嘲笑うように、第三射。味方も同じように撃つ。各個射撃だが、各々が訓練の積んだ銃兵であるので、その動きに乱れはない。

 弾丸の雨はオークを一掃し、荷駄の周囲にいた歩兵や輜重兵に大打撃を与えていく。だが総数ではアチラが多い。最初の一撃(ファーストストライク)でこちらが立てた優位は、時間の経過でドンドン失われていくだろう。

 しかし――。


「撃ち方やめッ! 撃ち方やめェェッ!」

 興奮しているのと銃声の激しさのため、何度も同じ言葉を放ちようやく射撃をやめさせた。同時に反対側――魔族の背後より潜んでいた別動隊が雄叫びを上げて強襲する。


 銃兵オンリーだった本隊(コッチ)とは違って、別動隊(アチラ)は剣に楯、槍など、今では古臭く思えてくる近接戦闘オンリーな装備だ。あと、魔法使いを示す暗いローブ姿の奴もいる。


 彼らの多くは冒険者と呼ばれる『武装化された一般人』なため、兵士を兵士たらしめる規範に疎いが、個別のグループに別れての小規模チーム戦ならばかなり使える。だからあのような武装でも、このような状況では大活躍だ。


 今まさに俺達(コッチ)を襲おうとしていた魔族は、背面を奇襲され瞬時に壊乱になった。戦意が打ち砕かれ、戦うという気概が見えなくなる。だがその時点で退路は断たれており、一兵も逃げれる事はなく虐殺された。


 別動隊の中には《魔法》を使える者もいる。

 彼らの手に火球(ファイヤーボール)が形成され、残った荷駄、その荷物を燃え上げた。別動隊の一部には、俺が事前に命令したのを無視して、荷駄から戦利品を漁りだしている者もいる。


 戦利品――略奪という行為は、冒険者のクエストでは定番だ。権利と言ってもいいくらい。しかし俺はそれを拒否した。略奪に走る兵士・冒険者は、彼らを戦士から略奪者にしてしまう。

 結果、彼らから兵士に必要なモラルや士気を奪い、驚くほど弱い存在にしてしまう。何より恐ろしいのは、彼らは略奪を終えても、兵士には戻らないのだ。


「ライドさん、いいんですか? アレ?」

 俺と同じ考えの古参の兵士が、眼前の愚行を指さした。その歪んだ顔は不同意を表している。

「いいわけないだろう――だが、どうやら連中の指揮官黙認らしい」


 別動隊を指揮する古参の冒険者は、俺達とは違う考えのようだ。確か俺が略奪禁止と命じた時、かなり嫌そうな顔をしていたな。

 確かに俺は大っぴらな略奪は禁止したが、懐が膨らまない小規模な小物なら、戦意高揚を意図して、黙認するとはちゃんと伝えてあったのだが。

 ――まあいい。


「襲撃中止! 襲撃中止! 撤収に入るぞ! 撤収だ!」

 俺の声に、本隊五〇名は瞬時に反応した。まぁ、俺の近くにいたんだし当たり前だが。敵がまだ近くにいるかもしれないのだ。先程の銃声――戦場音楽はかなり遠くまで響いているだろう。

 おまけにこの雪。

 逃げるなら早めに行動するに限る。


 ただ、別動隊の方はもたついている。戦利品を漁るのに腐心していたので、先に略奪していた奴を見た他の冒険者らが、後から後から参加して全体の動作が遅れている。向こうの指揮官は声を荒げているが、経験の浅い牧羊犬や鈍間(ノロマ)な牧人に指示される羊のように全体は鈍い。


 舌打ちしたくなった。連中の武器、弾薬の回収が先なはずなのに、それさえ事前の指示を無視しているからだ。同じ鉛を使用しているので、連中の弾丸を後で溶かして再利用出来るし、火薬も流用が可能だ。

 これからまだまだ襲撃は何度も繰り返さねばならないというのに……。


 俺はそんな連中を見捨てるように背を向け、指示を飛ばす。

「急ぐぞ。早めにここから離脱する!」

 五〇名の銃兵は訓練が行き届いたプロである事を示すように、余計・余分な事はしない。指揮官の指示に滑らかに従っていく。


 彼らは伏撃(アンブッシュ)のため外していたかんじき(スノーシューズ)を素早く装着している。自然の枝を折り曲げ蔦を編んで組み上げた俺謹製の品は、この雪上で装着者にウサギのような機動力を与えるだろう。


 敵戦線後方でのゲリラ戦……不正規戦はこれからまだまだ続く。

 どうしてかって?

 なんたって最高指揮官が城と、籠る兵士らをまるごと捨てて逃亡してしまっているからだ!



〇西洋と東洋(日本)における、猟師の違い。

 これ↑を表現する場合、端的に言ってしまえば、『猟師の地位』が違いますね。

 西洋で狩猟といえば王侯貴族の嗜み、社会的な文化であり、伝統なのです。例えば明治のになってから、旧大名屋敷とその広大な敷地を改造して、海外の迎賓を接待する鴨猟の場所が設けられましたし。

 よって、王侯貴族と共に猟をしたり、彼らの庭・財産である猟場や森を管理する猟師の地位は高いです。騎士の位が授けられたり、騎士・貴族の家督を継げない者達がなったりします。

 ようは西洋における猟師とは、国家(権力)に仕える公僕ですね。その分財源的な見返りも多く、多くの庶民が勝手に入ってはいけない森に入って、その恵みを得たりして潤ってました。

 それゆえ、多くの民衆にとって、猟師や、御料林に猟場を管理する森番といった森の役人は敵なのです。


 では日本ではどうかというと、どちらかというと庶民派に属し、害獣の駆除を行う専属のハンター、という表現よりも、農家の方が畑を護るために獣を狩るために、鉄砲を放つ事が多かったので、専門の猟師というよりは、農家の多角化した職業の一つ、との方が近いでしょう。日本では猟銃は農具なのです! 

 おまけに死・殺生や流血を嫌う仏教や神道系の思想によって、賎業に近い見方をされてきました。

 ただし、これは西洋も似たような感じで、屠殺や皮を扱う者、縄業者も物凄い差別の対象でした。 

 そのような理由から、西洋と違い日本の猟師の地位は顕職というよりも、民衆と同じ側の人間――ちょっと低め、で合ってるでしょうか?



*なお、今回ライドが使っていたマスケットのモデルは、外見はオーストリアのライフルド・マスケットである、ロレンツ(ローレンツ)・ライフルを。口径や弾丸については、日本の六匁火縄銃を参考にしております。


ではでは。

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