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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-9『秘密の条約』

 王宮に響き渡る絶叫。すぐそばの部屋から放たれたそれは、身体を金縛りにするに十分な衝撃をティナたちに与えた。それとは対照的に、そこらを警らする兵士たちは皆落ち着いていて、中には不謹慎にも大欠伸を引っ掻いている者さえいた。まるで『いつものことだ』とでも言わんばかりに。


 ティナたちが固まっていると、ジーリオが入っていった部屋から猫が一匹、また一匹と止めどなく飛び出てくる。どうも、城内にいる猫が一所に結集していたらしい。そうして溢れ出す猫と共に、汗びっしょりの少女が部屋から飛び出てきて、


「ジーリオ! どーしてもっと早く起こしてくんなかった……の…………」


 ジーリオに文句を垂れながら部屋を飛び出した少女は、そこでティナたちが見ていると分かるや否や、青くしていた顔を赤くして、その場に立ち尽くす。


 乱れた髪に寝間着姿。風体は随分違っていたが、この少女が誰なのか、ティナたちは一目で理解した。


「……お、おはようございます、えっと……『陛下』?」


「……──────」


 部屋から出てきた少女の名は、アティーズ王国現王女──『パトリツィア・レ・アティージア』。とても一国の王女の格好ではないし、とにかく何故か分からないが、パトリツィアは酷く狼狽えた様子で硬直し、ティナたちもそれをただ見ているしかなかった。


 気まずい沈黙と凍り付いた空気。意図せぬ我慢比べに負け、最初に口を開いたのもまた、


「おはよう。昨夜はよく眠れただろうか?」


「恐れながら陛下。色々と手遅れでございます」


 パトリツィアは髪をかき上げ、キリリとした表情で開き直ってみせる。が、ひょっこりと部屋から顔を出したジーリオに切れ味鋭くツッコまれて、呆然とするティナたちを前にしてガックリとうなだれてしまった。


「……ジーリオ! なんでこの人たちがいるって教えてくんなかったのよお!」


「陛下が勝手に出ていったんじゃないですか」


「うぐッ……はあ。改めて……『パトリツィア・レ・アティージア』よ。よろしく」


「よ……よろしくお願いします、陛下」


「あー、ハイハイ。あんまり畏まらなくってもいいわよ。素もバレたことだし」


「なんだか、昨日とはこう……色々と違うんです、ね?」


「王女だから、議会みたいな公的な場では色々とあるの。私、あーいう堅っ苦しいの嫌いなんだけどねー」


「あ、あはは……」


「イーッヒヒホハハッ!! なんでえなんでえ、アティーズの王女っつってもやっぱ人間なんだなあ。おまけに飛びっ切りだらしのねえ……精霊虐待ィィィ!!」


 パトリツィアをコケにしまくるドレイクをティナが迅速に引っ掴み、流れるような見事なフォームで放り投げた。キヨシたちと様々な苦難を乗り越えてからというもの、良くも悪くも影響を受けて容赦がなくなってきているようだ。


 そうして今しがた放り投げられたドレイクを受け止め、パトリツィアの背後から音もなく近付いて静かに、しかしやや厳しさの混じった語気で語りかける女性が一人。


「『パティ』、その様子だとズボラなのは早くもバレたのかしら? 二人が召使いになった以上、遠からずバレるとは思ってたけど」


「セ、『セーラ』……四席! 皆の前でその呼び方は……ていうか、ズボラなんてことないでしょ! ホラ、今日は部屋綺麗だし! 昨日、ちゃんとジーリオに頼らずに掃除したんだから!」


「常識で威張らないの。いいからさっさと着替えていらっしゃい」


「……はーい」


 議会四席、セレーナに言動を窘められたパトリツィアは、若干ふて腐れた態度を取りつつも、大人しくセレーナの言うこ通りに、ジーリオを連れて部屋へと戻っていった。


 この所作や態度を見るに、昨日の威風堂々たる厳格な態度自体、公の場においての立場を重んじて演じていたものらしい。さらに言えば、演じているのはパトリツィアだけではない。お互いを『パティ』『セーラ』と愛称で呼び合う二人は、恐らく私生活において、議会での距離感から見る以上に親しい間柄のようだ。


「はあ……いい加減に叩き起こさねばと思って来てみたら。お恥ずかしいところを……」


「いえ、そんなことは……ちょっとびっくりしましたけど。仲がいいんですね。素敵だと思います」


「あなたと大精霊様こそ。私としてはそろそろ、親離れして欲しいところなんですけどね」


「『親離れ』? けど、確か陛下の両親って……あっ」


 ドレイクをティナに返しつつ、セレーナは哀しげな、しかしどこか懐かしそうな微笑みを浮かべる。


「恐らく、賢いティナさんの想像通り。実の両親は先の戦争で亡き者になっていますから。当時、陛下……パトリツィアは、まだ物心もついていなかった。そういうワケで私が、言ってしまえば……僭越ながら『親代わり』を。それが亡き国王夫妻から、いまわの際に賜った遺言でして。ジーリオにも、あまり歳は離れていないながら、教育係をしてもらっていました」


「……なんか、分かる気がする。一番甘えたい年頃に、実の親がいなかった反動ってのはさ。やっぱり、寂しい気がするもん」


「カルロッタさん……ひょっとして、貴女も戦争で?」


「こういう機会がない限り、話すつもりもなかったけどね」


 カルロッタが肯定の意を示したその時、セレーナはカルロッタの手を両手で取り、深々と頭を垂れた。突然のことに、さしものカルロッタも動揺を隠せない。


「え? な、何!?」


「……そのような境遇で、議会でのあの追及は堪えたでしょう。セシリオに代わって、お詫び申し上げます」


「……いいわよムズ痒いな……ですよ。あの時は、言いたいことを全部キヨシが言ってくれたし、それに陛下が同調もしてたしで、そこまで気にしてません。むしろ、ここでもなんだかんだで上手くやっていけそうな気がしてきましたよ、ホント」


 こうして聞いてみると、性格だけでなく境遇までも、パトリツィアとカルロッタはかなり近しい存在と言えるようだ。議会において、セシリオは王夫妻の犠牲をダシにヴィンツェストの戦争責任を一方的に糾弾してきたが、そういう話をするのであれば、そもそもそれは『お互い様』なのだ。


 それでも、カルロッタはセレーナの謝罪を一蹴し、むしろ感じたシンパシーのままに『上手くやれそう』とまで言い放った。この気持ちのいい割り切れた性格こそ、カルロッタの良きところ。


「何の話?」


「なんでも?」


 それを、お召し替えを済ませて戻ってきた本人には言おうとしないのが、カルロッタの悪しきところ──かもしれない。


「その、キヨシについてなのですが」


「ん? 一応言っとくけど、別の世界から来たって話についてなら──」


「いえ、そこではなく。彼の身体は、私たちのそれとは特別違わないのか、と」


「どーいうこと?」


「あの指と、それに付随するソルベリウム生成能力。私には……いえ、恐らく議会の誰もが、あの能力は『人間に扱える力なのか』と疑問視しているという面は、どうしても否めず。有り体に言ってしまえば──彼は、本当に人間なのか? と。別の世界からいらっしゃっていると考えれば、尚の事」


 言われてみれば、もっともな疑問だ。キヨシがあの能力を得たのは事の成り行き、つまり『偶然』という側面が強い。そう考えると、キヨシは特別何もない、普通の人間と考えられる。しかし、普通の人間が果たしてあんな途方も無い力を行使できるのかと言われれば、それも考えにくい。


 『もしあの時、朽ちたペンを使ったのが自分だったとして』──そんなことは、ティナもカルロッタも想像できず、なんとも答えづらい。


「んー……どう思う、ティナ?」


「ちょっ、どうして私に振るの?」


「だって詳しそうだし……」


「ど、どーいう意味なの、それぇ!!」


「は? だって、中の奴がキヨシとは……おーっとぉ? おませなティナちゃんは一体何を想像して──」


「~~~~~~ッ!! オリヴィーでの態度と全然違うじゃん!」


「ああ、あの時の。アレはただ、()()()()性的な話をティナに聞かせるのがムカつくってだけ」


「もう、滅茶苦茶言って! 知らない!!」


 オリヴィーでのキヨシの『ハルピュイヤの遺伝子が強過ぎる』発言を遮った件を引き合いに出し、赤面して吐き捨てるティナだったが、カルロッタはむしろ腹を抱えて笑っていた。この姉妹、実は結構耳年増。


 それはともかく、確かに気になる話だし、キヨシについて旧友たるセカイに意見を求めるというのは、至極当然の事柄だ。


 ──……と、いうことなんですけれど。どうなんでしょう?


【……──────】


 ──セカイさん?


【話しかけるなって言われたもーんだ。べー】


 ──う。す、すみません。さっきは八つ当たりみたいになっちゃって……。


【にししッ、ジョーダン。きー君は本当にただの人間だよ。五十メートル走は七秒○三、垂直跳びは五十五センチ、視力は両目とも一.二。ね、フツーでしょ?】


 ──んー……分かるような、分からないような……? けど、セカイさんがそう言うのなら。


 キヨシがこの世界の言語が分からないように、ティナもキヨシの身体能力を列挙されても単位が分からないせいでイマイチピンとこない。セカイと繋がっている故、なんとなくイメージはできるものの、実際に見てみないことには何とも。実際のところ、少なくともセカイが提示した数字は普通ではある。目はちょっと良いが。


「……やっぱり普通の人間だと思います」


「身内のアタシが言うのもなんだけど、ホントかよ。しかし、そうなると極端な話、あの指ぶった切ってアタシにくっつけたりとかすると、アタシがあの力を使えるようになるのかね? やっぱ想像できないわね……」


「さらっと怖いこと言わないでよ!」


「ティナちゃんだっけ? 貴女のお姉さん、結構発想が恐ろしいわね」


「姉は蛮族ですから」


「聞こえてるぞクソガキャア」


「ほら」


「キイィィィ!!」


「プッ……アッハッハ!!」


 墓穴の底で墓穴を掘ったカルロッタがキリキリと叫ぶと、パトリツィアは吹き出してしまった。


「あー、おっかしー……こんな風に馬鹿なこと言い合って笑い合うなんて初めて。()()()()()とはまた違う──」


「あの子?」


「あ、なんでもない。まあとにかく、仲良くやりましょ? 少なくとも、性格的には相性良さそうだし」


「……──────」


「嫌?」


「いえ、そんなことは……けれど、その──」


「まだ議会でのことを気にしているのね? ごめんなさい、怖かったよね」


「……はい」


 ジーリオに続き、パトリツィアにも本心を見透かされたティナは、今度は取り繕おうともせずに図星だと認める。無駄だと分かっていたからだ。


 ティナの困惑の正体──それはもちろん、パトリツィアのキャラクターが思っていたのとは随分かけ離れていたというのもあるが、一番は『パトリツィアがやたらとフレンドリーなこと』だ。議会ではああ転んだが、どうあれティナもカルロッタもヴィンツェストの国民。本来、邪険に扱われることはあっても丁重に扱われることは有り得ない。


 パトリツィアのような立場の人間ならば、表立って敵視することもなく、かと言って馴れ合うでもない、当たり障りのない態度を取られるくらいに考えていた。それは、キヨシ一行の中で示し合わせてはいない共通認識だ。だが、現実はそうなっていない。パトリツィアはティナたちと話す際、しっかりと目を合わせ、声高らかで明るい態度を取っていた。ヴィンツェストとアティーズの遺恨など、微塵も感じさせない。


 どうにもよく分からないものと相対し、せめて狼狽を言動に出さないようにと気を張るティナの手を、パトリツィアは先程セレーナがカルロッタにやったように両手で取って、


「……こうして仲良くする気になったのは、議会での貴女のおかげ」


「へ?」


 ティナは自分自身が、そう大したことをしたという自覚はなかったため、パトリツィアの称賛に思わず変な声を漏らす。


「議会でも言ったでしょ? 貴女たちにまで、前の戦争の責任を追及するっていうのは凄く変な話だし、そもそも責任はヴィンツェストの先代教皇が全部おっ被って処刑されたってことになってるワケじゃない? それだって私はなんか嫌な気持ちになるけど。私はね、本当は誰とでも仲良くしたいの。けど、ほら……私は王女だから。立場とか、国民の感情とか色々あるから、そういうの表立って言うことができないの。だから、それをほんの少し、ほんの端っこでも言える機会をくれた貴女には、本当に感謝してるのよ?」


「か、感謝だなんて! いいんですか? 一国の王女様が、私みたいな──」


「『平民』、或いは『ヴィンツの国民』に対して、とか? いいんじゃない? 『誰も聞いてないし』」


「えっ」


「聞いてないでしょー!? 聞こえてないわよねェェェー!」


 『誰とでも仲良くしたい』となんでもないように、恥ずかしげもなく言い放つパトリツィアの今の物言いは、とてもではないが王女という立場の人間のそれではない。当然、その後に続く周囲の警らたちに対する物言いもだ。だが、その警らたちは皆一様に白々しく口笛を吹きながらそっぽを向いてしまった。『偶然』聞こえていなかったらしい。


 ティナたちはますます困惑するばかりだったが、そんな中でも唯一つ、ハッキリと言えることもある。


「だから、もう一度言うけど。『仲良くやりましょ』」


「……きょ、恐縮です」


 どこの国のだとか、立場がどうだとかは関係ない。パトリツィアが底抜けに『良い人』である──ただのそれだけだ。


「とまあ私のこういう性格についてはさ……その、もう一人の──」


「ああ、大丈夫ですよ。キヨシには黙っておきますし、こっちも知らない体を貫きます」


「……フフッ。『感謝する』」


「切り替えの早さは流石ですね……」


 パトリツィアの要求──というよりも懇願を、カルロッタは笑いながら受け入れる。どうやら、バレない内は秘匿しておきたい事柄らしい。


 ──セカイさん。そういうことですから、キヨシさんには内緒ということで……。


【分かった、きー君には内緒ね。それにホラ、きー君が『ははーッ』てなってるの面白いかも】


「ぷふっ」


「ティナ、どうしたん?」


 キヨシの生き方というのは、必要とあらば無法な行いにも手を染める『無頼』としてのそれ。相手が目上の人間だろうと、相手が悪いと思えば平気で食ってかかるし、議会でもそういう側面は強く現れていた。そういう人間が、形式張った態度とはいえ丁寧に接しているのを考えただけで、かなり滑稽というか、なんというか。


「……確かにあのキヨシさんが腰低くしてるの、想像するとちょっと……ふふっ」


「……ぷッ! 言われりゃそーかも。陛下、キヨシには積極的に威張り散らしていいですよ、アタシが許します」


「は、はあ……? まあいい。四席、朝食をとろう!」


 こうしてキヨシの全く窺い知らぬところで、一国の王女との間で秘密の条約が結ばれた。


 ティナやカルロッタの新生活は、順風満帆だ。

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