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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-8『目が回る新生活』

「ティナ様、お目覚めなさいませ」


「……ん…………」


 優しい温もりにまどろむ意識の中、少しずつ鮮明になっていく視界に入ってきたのは、知り合ったばかりの女性の顔。


「よく眠れまして?」


「……ひゃあっ!!?」


 眠るティナの顔を覗き込んだジーリオは、飛び起きたティナの奇声に少し驚いた顔をしていたが、真に驚いたのはティナの方だ。


 昨日、廊下で気絶して以降は、先に起きたセカイが表立って行動していたが、ちゃんと記憶は残っている。召使いの服を借りて、着込んだそれをキヨシに惜しげも無く披露した去り際に悪戯をし、然る後に仕事場と住まう部屋を案内され、「ベッドを二つ用意しましたので」とジーリオに言われて「分かりまんた」と返答したところまで詳細に。


「おはようごさいます、ティナ様」


「お、おはようごさいます……」


 汗だくになりながらすぐそばを見やると、そこではカルロッタが非常に寝苦しそうに唸りながら眠っていた。そして、ティナに充てられたベッドはもぬけの殻。


 そう、記憶は残っている。充てられたベッドを抜け出して、隣のベッドに潜り込んだこともだ。


 ──~~~~~~ッ!! セカイさんったら~~ッ!!


 どうもセカイは、キヨシと同衾できない状況に陥った結果、こっそりカルロッタと寝ることを選択したらしい。見境がない。


「……明日から、二人用のベッドに致しましょうか?」


「~~~~~~~~っ!……ううっ、もう少し考えさせてください……」


「かしこまりました」


 ティナはジーリオからの提案を、顔を真っ赤にして断る。セカイを説得できる可能性を考慮してのことだ。


 そう遠からず説得を諦めることになるのは、また別の話。


 それはともかく、ジーリオがカルロッタも起こそうと身体を揺すり始めたのを見て、ティナはベッドから急速離脱した。


「ん゛んー……もう朝……? って、まだちょっと暗いじゃん……」


「召使いの朝は、早うございます。皆様より早く起床し、朝食の支度をせねばなりません故。少し寝坊気味なくらいですわ」


「……これ、まさか毎日こうなワケ?……ですか?」


「無論でございます。少しずつ、生活習慣を矯正してくださいますよう」


「うげェー……たくさん働いて早く寝なくっちゃ……アタシ、いつになったら考古学者らしいことできるんだろ……」


 頭をボリボリと掻きながら、疲れが残った顔でカルロッタがぼやくのを他所に、ジーリオは出入口まで足早に去っていく。


「では。お召し替えなさいまして、昨日ご案内しました場所……『厨房』へお願いします。ここから先は『客人』としては、扱いませんので」


 去り際にジーリオが放った一言は、昨日までの『おもてなし』の態度とは打って変わった、『勤め人』としてのそれ。その後に残った空気には、真面目なティナのみならず、カルロッタでさえも自然と背筋の伸びる心地だった。


 そうして伸びたカルロッタの背骨が、快音を響かせる。


「うごご……なんか身体中バッキバキなんだけど。ティナ、なんか知らない?」


「さ、さあ-? なんでかなあ……? とりあえず、顔洗ってきたら? 私は先に着替えちゃうから」


「言われなくってもそーする……ぁく……」


 棒読みでスッとぼけるティナに怪訝な顔をしながら、カルロッタは促されるままに洗面所へ歩いていった。


「……ドレイク、起きてる?」


「おそよー! もう俺ちゃんずっと前から起きてるもんねー!」


「ふふ、偉い偉い」


「どんなもんだァーッ」


「セカイさん、起きてますか?……寝てる、か。仕方ないよね、まだ暗いもん」


【ぐー】


 借りた寝間着を脱ぎ、支給された制服の袖に腕を通すと、新しい服特有の匂いが、ティナの鼻をふわりと撫でる。


 これが恐らく、これから始まる『新生活の香り』なのだ。その実態は、言ってしまえばただの『労働』だというのに、ティナの気分は少しだけ高揚していた。


──────


「皆様、おはようごさいます。早速ですが、本日より見習いとして、二人こちらで預かることになりました」


 ティナとカルロッタに、召使い全員の注目が集まる。皆女性のようだが、ティナより少し年上くらいから、カルロッタの倍以上の歳を重ねた老人までと、年齢層問わず雇用されている様子。


 カルロッタは平然としているようだが、ティナは生来の人見知り。咄嗟に一歩退こうとしてしまいそうになるが、背後からジーリオがティナの両肩をポンと叩き、


「お二人とも、挨拶を」


「あ……ティ、ティナ……です。どうぞよろしくお願いします」


「もうちっとハキハキ喋らんかい、全く……カルロッタです。本日よりこちらで──」


「カッ……ワイイィィィーーーー♡」


「ひゃっ!?」


 カルロッタの挨拶は完璧に遮られ、召使いたちがティナを取り囲んで黄色い声を上げる。


「大人しい! ちっちゃい! 何この可愛い生き物!」


「『小動物』……」


「歳いくつ?」


「じ、十二歳……です」


「おやまあ、そんな若いみそらで王宮に奉公しにくるなんて、感心な娘さんだこと」


 群がる召使いたちに気圧され、今度こそ本当に一歩、二歩と後ずさるティナ。こんな状況、人見知りでなくともこうなって当然だろう。


 そして、こうなるのが気に入らないだろう者が一人──いや、一匹。


「オラオラテメエら、ティナにベタベタしてんじゃねーぞ! ティナとお近付きになりたきゃあな、このドレイク様を通して──」


「あら、大精霊様? マルコさんのと違ってちっちゃいのね!」


「あ、オイやめとけ。俺ちゃんに触ると……ってうわァーッ! コイツ火のチャクラ持ちだ! 助けてくれティナ、失礼なこと言ったのは謝るから見捨てないでくれーーーーッ!」


 ティナの頭上でふんぞり返って、アイドルのマネージャーか何かのような口ぶりで威張るドレイクだったが、召使いたちがまるで意に介さないばかりか、運悪くドレイクに触っても平気な手合いに遭遇してしまい、悲鳴を上げてティナに助けを求める羽目になった。なお、助けない。


 そんなおちゃらけた空気に喝を入れるが如く、ジーリオが両手の平を鳴らす。


「はいはい、皆様静粛に。今日、お二人には王宮全体への挨拶回りも兼ねて、適性を見るためにいくつかの職務を掻い摘まんでこなしていただきます。最初はここ……厨房です」


「あっ……」


 ジーリオが何でもない風に言い放ったこの一言。ただのそれだけで召使いたちは凍りつき口を閉ざしてしまった。それからいくつか呼吸を置いて、召使いたちは心からの憐憫を隠すこともできない様子で語りかける。


「二人とも……気をしっかり持ってね」


「くじけないでね」


「『洗礼』……」


「え……え!? み、皆さん?」


 皆が何を憂いているのか皆目検討もつかないが、、口振りからしてろくでもないこと且つ、誰もが経験済みの何かのようだ。


「では、始めましょう。全員、それぞれの持ち場へお願いします」


 ジーリオの号令で、全員が駆け足で持ち場につく。


 こうして、ティナたちの新生活は始まった。始まったのだが──


──────


「切る芋がなくなったわよ! 皮剥きまだァ?」


「は、はい! どうぞ!」


「カルロッタさんも、キャベツ急いで!」


「うおおお痛ッて! 指切った!」


「ジーリオさんに処置してもらって、すぐに戻ること! それとドレイク君、こっちの火を強く!」


「俺ちゃんは釜の精霊じゃないよォォォーーーーッ!! つーかなんで俺ちゃんまで働くんだよ!」


「ふーむ……初めてにしては、キビキビ動けてる。家事手伝いを頻繁にしていたようですね」


「痛つつ……まあね。つか、下拵えくらい前日にやっときなさいよ」


「申し訳ございません。誰かさんが王宮に来訪し、有事に備えて召使いはお部屋で待機になりまして。私は残ったのですが、流石に一人だと手が回らず」


「うぐぅッ……」


「しかし、まだまだ。国防兵の給食の次は、奴隷の方々への食料支給の準備、それも済んだら我々の朝食もございますので、休んでいる暇はありません。はい、これで大丈夫。作業にお戻りください」


「う、嘘ォ!? この状況でアタシらもメシ食ってられ──」


「不要ですか?」


「いる!」


【むにゃ……】


──────


「兵の皆様方、朝食をお持ちしました。本日の献立は──」


「さ、流石に少しは楽できるでしょ……」


「そうだといいけれど……どうもダメそうだよ、カルロ」


「なんでよ?」


「兵隊さんたち、何だか凄く殺気立ってるっていうか……」


「当然です。何せ兵であります故……食事は常に、"戦場"にございます」


「は?」


「お覚悟、なさいませ? それでは皆様……こちらへどうぞッ!」


「うおおおおッ」


「俺のは多めによそってくれェェェーッ」


「ジーリオさァーんッ!! 僕だ! 僕への愛の分だけあボふッッッ」


「へ? ちょっと待っ、キャアーーーーッ!!?」


【くかーっ】


──────


「さて、次は国防兵の皆様の洗濯物を、手分けして回収していただきます」


「つっても回収するだけでしょ? 今度こそラクショーよ、そんくらい」


「そうですね。それではざっと『三百名』分、頑張りましょう」


「ブホぇッ!?」


「さ、三百っ!?」


「各寮を訪ね、手押しの台車を用いて回収してくださいませ。およそ三十名ごとに一度お戻りいただいて、お渡しください」


「ちょっと待って! ジーリオさんは手伝ってくれないの!?」


「手伝いますとも。()()()()()()及び、要人の方々のものに関しては、私自ら。それと案内役を一人付けますので、迷うことはありません。というワケなので、教育はお任せします」


「『了解』……こっち」


 ──め、目が回るぅ!


【すぴーっ】


──────


【おはよーーーー!! ティナちゃん、どしたの? なんかぐったりしてるけど、元気出していこ? 一日は始まったばっかりだよ!】


 ──すいません、今ちょっと話しかけないでもらえますか……。


【ん? アレ、なんか怒ってる?】


 今更起きてきて無神経な物言いをするセカイに対し、ティナは自分でも思いもよらない程に苛立ってしまった。


 重たい衣類を満載し、軋んだような音を立てる台車を押して、ティナとカルロッタはようやくジーリオのところまで戻ってきたのだった。


 それにしても、げに恐ろしきはジーリオの手際の良さ。戻ってきたティナたちを待ち構えているということは、『国防兵三百名+要人の洗濯物』を一人で全て、そしてティナたちよりも早く回収してきたということになる。昨日、『ジーリオは王宮の様々な雑務を取り仕切っている』『ジーリオは有能過ぎる』という旨の発言をマルコとセレーナがしていたが、それらをこの短時間で一挙に裏付ける所業──いや、最早これは『御業』とすら言えるだろう。


「こ、これで最後だ……案内役は、本来の持ち場に戻ったわよ」


「お二人とも、ご苦労様です。終わって早速ですが、こちらの台車を押して、ついてきていただけますか?」


「は、はい! ほらカルロ、しゃんとして!」


「ふふ。そんなに身構えなくても、午前の山場は越しました。午後までは楽なものですわ」


「へ? じゃあ、これは?」


「これらはこの王宮にお住まいの、要人の方々のお食事です。余程特別な日でない限り、皆集まってお召し上がりになります」


「あの。要人の方々というのは、議会の皆様のことでしょうか」


「ええ、それが何か?」


「それにしてはその……少ないといいますか、なんといいますか……」


「なんか、見るからに手が込んでそうね。兵士や奴隷のとは大違い。当たり前っちゃ当たり前か?」


 ジーリオの肯定をそのまま受け取るのであれば、王女も含めると議会にいたのは、欠席していた『ンザーロ』とやらを含めて七人。一方、それに対しジーリオが用意した食事は、どうもその半分にも満たない量に見える。反比例して、かなり手の込んだ豪勢なものになっているようだが。


「ええ、議会の皆様はこの王宮に住まうことを許されています。しかし、それに甘んじるかどうかは個人の判断に委ねられております故、実際に用意するのは三人分程度。議会第一席『マノヴェル・ンザーロ』様を始め、自らの居を構えている方もいらっしゃいますし。それと、要人のお食事は私だけでお作りしております。それも勤めの内ですので」


「そう、ですか……」


 『議会』。あの時あの場では、ある程度思い通りの結果を得られたが、いい思い出とは言えないのが実情だ。そして、その議会の出席者とこれから顔を合わせるとなれば、ティナが憂鬱な気分になるのも当然と言える。カルロッタも、複雑な表情を浮かべていた。


 特に、あの老人に対する感情で。


「……セシリオ様でしたら、この王宮には住まわれておりません」


「えっ!? いえ、そのっ……すみません」


 そういう気配も、ジーリオには全てお見通しだったようだ。なんとか取り繕おうと言い訳を考えたが、結局言葉に詰まって謝る他なくなった。しかし、ジーリオは何故謝られたのか分からなかったようで、頭を下げるティナの顎を指で持ち上げ、微笑みを返すことで応えた。


「議会での詳しいお話は、セレーナ様から伺っております。ああいった過激な思想をお持ちの方々が、この国においてそう珍しい存在ではないというのが、哀しいところです。故に、皆様の素性に関しましては、議会及び衛兵隊以外の方々には、秘匿させていただいておりますので、あまり気に病まぬよう……」


「ありがとうございます。何から何まで……」


「恩義を感じてくださるのであれば、是非奉公でお返しくださいませ。朝の働きぶりは、中々のものでした。期待しております」


「……はい、頑張ります! ほら、カルロも!」


「んー。うん、まあ適度に?」


 少なくとも、ジーリオにはその手の偏見はなさそうだ。でなければ『期待している』という言葉は、例えフリでも出てこないだろうし、ここまで目をかけられることもない。であれば、その期待には全力で応えなければならないだろう。ティナは控えめな性格だが、期待されていると分かればやる気が出る『良い子』ではあった。


 と、決意も新たにしたティナが力を込めて台車を押すのとは裏腹に、ジーリオは途中で一人静止する。


「……ジーリオさん?」


「その部屋に皆集まるの? そうは見えないけれど……」


「いえ。しかし、この部屋にも別の用事がございます故。お二人は、そこでお待ちください」


「……?」


 ティナたちに待機するように促すと、ジーリオは立ち止まった部屋にノックもせずに入室した。立ち振舞を見るに、それなりに気心の知れた間柄の部屋、或いは無人の物置か何かと推察されるが、まあ普通に考えれば後者──


「キャアァァァーーーーーーーッ!!?」


 ジーリオが入っていった部屋から、何故か女性の悲鳴が響き渡った。

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