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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-3『アティーズという国』

 キヨシ一行の連行から二時間余りが経過した頃。


「む、そうか……分かった」


 低い羽音が辺りに響いて、房を見ていた青年──マルコ・フライドは、収監されているキヨシに呼びかける。


「君、キヨシというそうだね? 出てくれ、議会が君たちを──」


「みゃーっ」


「おーっほっほっははは可愛い奴め」


 が、当のキヨシはと言えば、檻の中に入ってきたやたらと人懐っこい猫と戯れ、結構ノンキしていた。


「……今度は、何してるんだ?」


「こやつと一緒に、天井の染みを数えてた」


「で、いくつあった?」


「0!」


「みゃうおーんっ」


「よぉーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし、おたく今日から俺の弟子な!」


「案外余裕だな、君」


 ゲス顔──というか『ゲスの顔』をしながら猫を撫で繰り回し、勝手に謎の師弟関係を築くキヨシに、何故かマルコはペースを崩されまくっていた。キヨシは犬か猫かと問われれば、猫と答えるタチだ。


「──ああいかん、調子が狂う! 出てくれ、議会から招集がかかった。君たちについて本人の口から色々聞いて、今後のことを決めたいそうだ」


「よしよしよ……ん?」


 猫を愛でる傍ら耳を傾けていて聞こえてきた話に、キヨシはようやく平常心を取り戻し──露骨に嫌そうな顔をした。


──────


「ロッタ!」


「あ、キヨシ! よかった、無事で!」


 檻から解放され、地上に出てマルコに連れられた先──白を基調とした厳かな雰囲気の廊下にて、キヨシはカルロッタと手錠付きながら再会した。どうやら向こうはそれなりに心配していたようで、キヨシの顔を見たカルロッタの表情が明るくなる。


「ああ、お前もな……いや、言うほど心配することもなかったか」


「え?」


「ん」


 キヨシも実の所は結構気が気でなかったが、カルロッタと再会し、その隣に広がっていた光景で懸念材料はどこかに飛んでいってしまった。


「んふ、ふふふっ! 猫さーん」


「なー」


「なー♪」


「ウワァーン、ティナが猫にとられたァーッ」


【あぁん、私も直接触りたい! 頬ずりもしたいィ~ッ】


 キヨシを遙かに超える勢いで、どんどん寄ってくる猫を愛でるティナと、それぞれ違った意味でそれを羨むセカイとドレイク。


 キヨシが何を思っているか察したカルロッタは、少し呆れたような顔で苦笑し、


「あー……なんか知らんけど、猫がみーんなティナの方に寄ってくのよね。体温高いからかな」


「体温?」


「昔、ドレイクと契約した辺りからかしらね。ちょこちょこ身体に変化が出てるんだってさ。急に関節が軟らかくなったりとか」


 「へえ」と思わず声が出る。こうして、この世にまた新たなトリビアが生まれた。


「ジーリオさァーん! ご機嫌麗しゅうございまァーッす!!」


 その一方で、マルコは『ティナロッタ姉妹』に同行していたジーリオに向けて、やたらと大きな声で調子の良い挨拶をする。しかし受けてジーリオ、冷静な態度を微塵も崩さず。


「あら。ご機嫌よう、マルコ。この方々を議会にお連れしてちょうだい。それとこれ、簡単な聴取内容の覚書。出席している皆様に共有するように」


 ──素っ気なさ過ぎる! いくらなんでも、そいつは!


「はッ。このマルコ、命に代えても」


 ──いいのか……。


 それに負けじと思ってか否かマルコはその場で跪き、妙に重たい誓いを立てる。『ああ、コイツはそーいうキャラね』と、異世界転移者特有(?)のスレた感想を胸に秘め、キヨシはその様子をジーリオが立ち去るまで生温かく見守るのだった。


「よし、では諸君! 行くとしよう、ついてきたまえ」


「マルコさん、なんつーか、その……あんまり思い詰めないようにというか」


「ああ、ジーリオさんのことなら気にするな、いつものことだから」


「いつもあんな調子なの!?」


「当然だ! ジーリオさんは陛下の供回りだけでなく、この王宮における炊事掃除洗濯その他諸々を取り仕切っていらっしゃる。僕一人に構っている暇など、あろうはずもない」


「あ、ああ。そうなんスか? それはなんというか……」


「しかァし! いつか振り向かせてみせるとも! これは、宮を護る一兵卒の、唯一の攻勢ッ!!」


 ──異世界ってヤツは、もっと普通の奴はおらんのか?


 どうやら、このマルコという男はジーリオのこととなると、これまでのエレガントな言動からは思いも寄らぬ程の変人ぶりを発揮する模様。とりあえず、ジーリオに対し熱烈な恋情を抱いているのだけは、そういった話には疎いキヨシにも察せられた。


「さて、そろそろ行くとしよう……あれ、もう一人の子はどこへ?」


「ん? アレ? ティナ、どこ行っ──うわッ!?」


「にへ、にへへへへへへ♡」


【ギャワァーッ!】


「なんだその猫玉!」


 その手の豹変ぶりでは、こちらも負けていない。いつも真面目でしっかり者のティナだったが、猫の大群に集られて、しまりのなさ過ぎるだらしない顔で溶けそうになっていた。慌ててキヨシとカルロッタの二人がかりで猫をどけようとするが、物量に殺されてどうにもならない。となれば、本人に出てきてもらうしかないワケだが、あの幸せそうな顔を見るにそれも期待できないか。


 しかし、それができる者が一人──いや、一匹。


「し、しあわせ……わたしもうここでくらす……ん?」


「……立ちなされ、客人よ」


「あワ゜ばッバばッば──」


「うわ。すっげ、ティナが聞いたこともないような悲鳴あげてる」


 クワガタムシの精霊ブルーノは、ティナが気絶する程の虫嫌いであることをしっかりと覚えていたようで、鼻先を掠めんという距離まで近付き、半ば脅すように起立させようと試みた。目論見通り、ティナは顔面蒼白となって怯えたが、効き過ぎたのか白目を剝いて気絶──


「──わ! クワガタちゃん、名前はなんてーの?」


 するところだったが、例によってセカイが表に出てきて、身体の制御者が不在になることを防いだ。


「賜りし名を、ブルーノと申す……」


「ブルーノ君ね! さっき初めて見たときから思ってたけど、ナイスなハサミだね! 最高!」


「"ないす"とは如何様な意味の言葉か分からぬが……お褒めに預かり、恐縮の至り……」


 ブルーノも少し調子を崩されつつ、褒められたこと自体はまんざらでもないのか、軽い謝辞を述べつつマルコの傍らに戻っていった。


「初めて見たときは、泡を吹いて気絶していなかったか?」


「まあまあ。マルコさん、おたくの精霊ですよね? スンマセン、うちのアホの子が」


「やれやれ。これから先、退屈しなさそうだね。もっとも──」


 マルコは苦笑しながらも、キヨシたちに手振りで『ついてこい』と促す。


「君らの亡命が、議会に認められればの話だが」


「議会……」


「どうした?」


 マルコの後ろに付き王宮内の目的地に向かう道すがら、キヨシの口を突いて出た声の感じから、何かしらの疑問を持っていることをマルコは看破したようだ。


「いや……そも、このアティーズって国はいったいどーいう国なんだ? 王女様がいて、議会がある? 君主制なのか議会制なのか、どっちなんです?」


「君主制"だった"よ。十五年前まではね」


「十五年……ってことは」


「そう、十五年前……君らがいたヴィンツとここの戦争が、特に激しかった頃。ヴィンツの兵たちが沖合いまでやってきて、船から何十人という空を飛ぶ亜人種たちが攻め込んできた──当時の王と妃はその混乱の中、とある名も知られぬ一兵卒に討ち取られ、亡き者となった」


「名も……!? まさか、そいつも亜人種だったんじゃあ──」


「いや、恐らく普通の人間だったと言われているよ」


「ん?」


 『空を飛ぶ亜人種』『名も知られぬ』という言い回しからキヨシたちの脳裏をよぎったのは、つい最近敵対し、闘争の限りを尽くしたガーゴイル族の男。しかし、実の所はそうではなく、先代の王夫妻を討ち取ったのは普通の人間らしい。


 だか、『"恐らく"人間だった』というマルコの物言いが、キヨシの疑問を更に加速させる。


「そうして王が殺られ、最早終わりかと思われたときだ。君たちも知っての通りだろうが、その直後にアティーズ側から報復に動いた者がいたそうだ。今や伝説上の話だが、"救国の魔女"率いるその大隊は、空からやってきた刺客を即座に全滅させ、そのままヴィンツに──」


「オイオイ待てって!」


「どうしたんだい?」


「今、伝説上と言ったんですか? 伝説上ったって、たかだか十五年前の話っスよね? それにさっき、下手人を『恐らく』って──」


「ちょっと、キヨシ!」


「構いませんよ、お嬢さん(シニョリーナ)


「し、しにょっ!?」


 例によってズケズケと物を言うキヨシを制すカルロッタだったが、マルコから『そういうニュアンス』で丁重に扱われて動揺する。やはりというかなんというか、その手の扱いには慣れていないらしい。そんなことには気を留めず、マルコはキヨシの疑問に丁寧に答える。


「そう……十五年という、そう長くはない時の中で、戦争についての人々の記憶は、随分風化してしまっていてね。もっとも、文書や絵画として色々残っているから、ちゃんと国の興りから現在に至るまでの歴史は伝わっているし、どこかの国と違って、調べ回ることを特別咎めたりはしないが、ヴィンツ側が非協力的なこともあって、目立った成果は上がっていないかな」


「それって……なあ、ロッタ」


「うん……でも、さすがにどうだろ」


 何でもないように語るマルコだったが、伝え聞いた事の経緯は、一行──特にカルロッタにとって、非常に興味深い事柄だった。


 まず、たったの十五年という長いとは言えない時の流れで、忘れ難いであろう戦争の記憶が風化してしまっているという事実。国のトップを殺害した犯人すら分かっていないし、いくら調べても分からない──まるで、五百年以前の歴史が忘れ去られている、この世界そのもののように。


 とはいえ、あくまでもこれは可能性の話。確かにどこか共通項が見出せなくもない話だが、


【……でも、糸口にはなるかもしれません】


「ん? なんて?」


「なんだい?」


「あ、ヤバッ──!」


 ここで内側に引っ込んでいたティナが唐突に口を挟んだが、キヨシとセカイ以外には聞こえていないが故に、セカイの返事はとても不自然な感じになってしまった。


【え、えぇと。ヴィンツェストが非協力的、ということは、探られたくないからってことですよね? 創造教の教義や、王夫妻殺害の実行犯を追求の手から守るためにも見えますけれど……あの日に遭遇した騎士様は、ペンを盗み出した私たちの口を封じようとしていました。つまり、国は明確に何かを隠していますから、アティーズで歴史の探求を続けることは絶対に、ヴィンツェストや五百年以前の歴史の秘密を解き明かすことに繋がると、思うんですけど……】


「え、えーっと、んーと……だって!!」


「わーってるって! 『アティーズで考古学を志すことは、そのまんまこの世界の歴史を解き明かすことに繋がる』ってこったよなァー! カァーッ、ティナちゃんは賢いなァーッ!!」


「え、えっへん!」


「ホイホイ疑問はまだあるぜ! そんな戦争がつい最近あったってのに、この辺りはまるで新築住宅みたいにピカピカですね! そこんとこどーなんですかマルコさん?」


 賢いティナが展開した持論をセカイがそのまま口に出すことでフォローしようとするも、セカイが理解するには複雑過ぎたようで、一緒に聞いていたキヨシが無理矢理まとめ、その上で話を逸らすしかなかった。余計に不自然にはなったものの、両者間で納得したような雰囲気を醸し出すことには成功し、マルコは釈然としない面持ちで話を続ける。


「……? ああ、王宮のこの辺りは、戦争で跡形もなく崩れ去ったものだから、情勢が整ってから再構築したんだ。和平を結んでからもしばらく混乱が続いたから、竣工はここ最近だが」


「そ、そっかぁ」


「まあとにかく、だ。最終的に和平を結んだはいいが、両国共に疲弊し、内情は混乱の極みに陥ってね。何せ国の頂点が片や殺害され、片や戦争犯罪者として処刑されたワケだから」


「ええ……あ、ああ。そうっスね、お互い大変ですねハイ」


 ここに来て、ヴィンツのトップが割と直近で処刑されたという、キヨシにとって衝撃の新事実が飛び出すが、内心驚きつつも平静を装う。カルロッタやセカイの内側にいるティナは平然としている辺り、知らなかったのはキヨシだけのようだ。


「ヴィンツは騎士団を設置して、その威光で民衆をまとめて少しずつ立て直していったと聞いているが。アティーズは王女様が責任能力を得るまでの間、議会を設置して国を回していくことにした──ここがそうだよ」


 マルコが歩みを止めたのは、大広間正面の大きな両扉の前。どうやら、この扉の向こうが、所謂"議会"が開かれる場所なのだろう。


【うぅ、いよいよかぁ……。ドレイク、基本的には外に出てこないでね。精霊が表に出てると、魔法を使う意志があるって】


「あーん? じゃ、カンテラに戻してくれよ。カンテラはどうした?」


【……あ゛ーーーーッ! 墜落した場所に置きっぱなしだぁ!! まだあそこにあるよね!? いや、あるとか以前にあの衝撃で壊れてるかも……うぅ~~~~っ、どうしよう……とりあえず、ドレイクは服の下に……】


 この脳内会話を聞いたキヨシとセカイは苦笑を浮かべ、『最悪、買い直しゃいい』などと口走りそうになって口をつぐむ。アレはカルロッタから貰った大事なものであって、買い直して済むという問題ではないからだ。


 それはさておき。


「うー、俺こういう"面接"染みたのは苦手っつーか嫌いだぜ」


「ああ、それでいっつも一言多いんだ」


「~~~~~ッ!!」


 これこそ『議会に呼ばれた』と聞いたキヨシが、渋い顔をした理由。キヨシは現在就活中の新卒生。つまり企業やらなんやらの面接試験はかなりタイムリーな話なワケだが、そういう堅苦しくて何が失礼に当たるのかさっぱり分からない人付き合いは、"苦手"を通り越して"嫌い"なのだ。


 なお、カルロッタの苦言はほぼ事実なので言い返せない。


「手、握っててあげよっか?」


【えっ!? い、いります?】


「い、いらん!」


「にししっ! その意気その意気!」


「この意気で望んだらメッチャ怒られると思うんだけど!」


 背後でペチャクチャと実のない言い合いを続けるキヨシたちを尻目に、マルコは肩を竦めて溜息を吐きつつ、目的地の扉を二回、手の甲でゴツゴツと叩いた。


「──お入りなさい」


 扉のすぐ向こうから聞こえる女性の声。騒いでいたキヨシたちもそちらへ向き直り、襟と背筋を正してうるさい口を閉じる。それを見たマルコは何を思ったかフッと笑って、両手で扉に手をかけた。

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