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第一章-8『火急の用』

 ──ティナにはいつも迷惑かけてばっかりだったな。


 まだ先も見えない暗がりの中で過ごすこと数刻。カルロッタは自身の半生を振り返り、恐らくもう二度と会うことはないであろう妹を想う。


 持ち出し禁止の書物を読み漁り、立ち入り禁止区域には平気で立ち入り、そこで手に入れたものは石ころに至るまで部屋に隠し、その他諸々──そのどれにもティナは黙ってついてきた。そしてそれは後で必ずバレて、一緒に父や母から叱られた。


 『一緒に叱られる』。これがいつもカルロッタの心をチクリと刺す。


 最初のうちは、漠然とした願いだった。


 ─キヨシが元いた世界で言えば─学校の国語の授業で作文のテーマが『将来の夢』だった時に書くような。『叶えばいいな』とだけ思っていて、大人になったら忘れているような。そんな程度の感覚でしかなかった。しかし、自分が土の精霊を使役する素養があると知った時、カルロッタの願いは『目覚め』へと変わった。魔法に関する四つのチャクラの内、土のチャクラを持っている人間は極めて珍しい。そのことに運命を感じたからだ。


 だが目覚めたとて、今日ここに至るまでには様々な障害があった。国教たる『創造教』の風潮や、それに由来する周囲からの得られない理解。特に後者は精神的にもかなり疲弊させられた。


 ただ唯一、ティナだけは理解を示してくれた。いつも上手くいっていたと言えば嘘になるし、ギクシャクとした時期だってあったが、それでもティナはカルロッタの心の支えだった。


 そのティナが一緒くたに非難されたりする。それがカルロッタにとって恐怖そのものだった。だが、今更歩みを止めることはできない。子供の頃の願いは最早、魂に刻まれ分かち難い。このジレンマに、カルロッタは悩んでいた。


 ならばその折衷案──全てまとまったその日には、家を出ていた。それが一週間前のこと。


 ──もし、アタシたちが『本当の家族』だったなら……。


 そう思わずにはいられない。だが、今更そんなことを自問して何になる。


 重要なのは今。


 カルロッタが自身の手で作り出したこの洞窟は、まさにカルロッタの人生そのものだった。追っ手を撒くために『複雑に入り組んでいて』、『長く険しく』、それでも『光の射す出口』があり──


 いつだって、絶対的な何かに阻まれるのだ。


──────


「いつもいつも、なんでだよ……!」


 出口は戦跡の森を越えた先にある峡谷地帯に設定していた。出口はできるだけ遠くで尚且つ、出た先に追手が張っている可能性が低い場所である必要があったからだ。


 そうして洞窟を抜けた先で、カルロッタが見た光景は──最悪だった。


 様々な武器で武装し、白銀の鎧に身を包んだ者たちが峡谷中を張っており、その全員がこの出口から出てくるカルロッタを待ち構えていたのだ。


「ンッフッフッフ。やれやれ……どうやら、ギリギリ間に合ったようで」


 その中で唯一人、鎧以外は一切武装していない長髪の痩せた男がわざとらしい抑揚たっぷりに喋り始める。


「『どーして』……という顔ですねぇ。答えは単純、何のことはない。ただ読まれていたというだけの事ですよ。あなたのことは既に調べはついています。カルロッタ……人間でありながら、ヴィンツの中でも稀有な『土』の魔法の素養を持つ自称考古学者。さらに特筆すべきは、中央都第八衛兵隊隊長フィデリオの血の──」


「黙れ! 聞いてもねえのにゴチャゴチャとッ!!」


 カルロッタは今日一番ムカついていた。事が上手く進んでいないだけでも腹立たしいのに、その上この男の『全てを見透かしている』とでも言わんばかりの態度が、ただただ不愉快だった。


 男は少し始末が悪そうに苦笑したが、構わず続ける。


「……そんな才能を持った者なら、穴を掘って地面を進むくらいはワケない。我々の攻撃の直後の巨大な地鳴りは逃げるための連絡路を作るためのものと考え、さらに音がした位置を探知し、まっすぐ向かうのはそう難しいことではありませんでした。あとはあなたより先にここへたどり着けるかどうかが肝でしたが……いやはや、よかったよかった」


 男は石の斜面を蹴ってカルロッタのすぐ目の前に着地し、その細い眼をギラつかせてカルロッタを見やった。


「おっと、名乗っていませんでしたね。私の名はフェルディナンド。どこの所属かは……あなたはよく知っていましょう」


「クソッ……」


「さて、『持ち出した物』はどこに隠したのか……ま、普通に考えたらその背負っている物の中ですかね。ああ、その洞窟は既に別動隊が入り口から制圧を始めているので、そのつもりで。まだ出てこないということは、中はそれなりに入り組んでいるようですが、時間の問題でしょう」


 男──フェルディナンドに続き他の者も続々とカルロッタの方へと降りて、土の魔法を警戒しての事か携帯していた銃を構える。さらに畳みかけるように、背後の穴から足音が聞こえてきて、フェルディナンドの言が正しいことを示した。退路を塞がれ、最早応戦する以外にほぼ成す術無し。しかしこの物量差の前ではそれも分の悪い賭けと言わざるを得ない。


 しかし、カルロッタは安堵していた。フェルディナンドの能書きの中に、ティナや一緒にいたキヨシとかいう男の存在は匂わされていなかった。つまり、連中には見つかることなくあの場を離れることができた、ということだ。


 そしてこれで本当に、今生の別れとなるのだろう。覚悟はしていたし、分かっていたことだ。だがそれでも、カルロッタはほんの少しだけ『寂しい』と思ってしまう自分が(しゃく)だった。


「それと、抵抗したりはしないように。こちらとて、できれば穏便に……正規の手段を踏んで済ませたいので。ご安心を、全隊には『抵抗しなければ発砲しないように』と伝えてあります」


「……やなこった!」


 そんな女々しい心持を振り払うが如く、臨戦の構えを取る。それに応えるようにカルロッタに向かってフェルディナンドは歩を進めた。それとほぼ同時に、


「カルロ!! 『沈んで』ッ!」


 後方より聞こえるはずのない、よく知った声が響いた。


 当惑するカルロッタだったが、半ばヤケクソで声に従って、数刻前と同じように魔法で地面を深く沈ませる。咄嗟だったためか、伏せなければ全身が入りきらない程に浅くしか沈めることはできなかったが、


「イィィィーーーハアァァァーーーーーーッ!!」


 充分だった。


 洞窟から飛び出た意志を持つ業火がそのまま壁となり、心底楽しそうな甲高い声を上げてカルロッタと鎧の集団とを分断した上、おまけに空を焼かんという勢いの火柱を打ちたて、その場にいる誰もを慄かせる。フェルディナンドは冷静なままではあったが、うざったそうに顔をしかめていた。


 炎より少し遅れて、唖然とするカルロッタの火急に駆けつけた少女は、


「大丈夫!? 何かされたりとか……」


 もう二度と会うことはないだろうと思っていた、妹のティナだった。


「あ、アンタどうして……」


「ごめんなさい。でも、やっぱりあんなお別れしたくなかったから」


 そう言ったティナの目は、普段の気弱なそれとは思いも寄らないほどに強い決意に満ちていた。


『このまま終わらせはしない』。


 その確固たる志が秘められた瞳に、カルロッタの覚悟が揺らぎそうになる。それはある種、カルロッタが懸念していたことの一つでもあった。ここまでくると強情なカルロッタも認めざるを得ない。ティナは心の支えであると同時に、弱点の一つでもあるのだ。


 そして悪いことに、かの男の洞察は、その事実に到達してしまった。


 瞬間、炎の壁の方から吹いた突風に思わず二人は目を伏せる。再び顔を上げると、二人の眼前──より詳細に言えば、ややティナ寄りの方に痩せた男の顔が迫っていた。


「調べはついている、と言ったはずですがね」


 なんとフェルディナンドは炎の壁を何らかの方法で無傷でブチ抜き、真っ直ぐこちらへ向かって単身突っ込んできたのだ。動きを見たカルロッタはその意図を瞬時に察する。


 この男は、この少女が自身にとって何者であるかを知っていると。ティナの方を先に捕らえるつもりなのだと。


 ティナは動かない──いや、動けない。荒事慣れしていないティナはまだ自分の身に何が起きているのか正確に理解できていないのだ。カルロッタ自身も、面食らって一手遅れてしまっている。フェルディナンドは決して態度だけの見掛け倒しの男ではなく、カルロッタを取り巻く全てを見透かしているのだ。ティナの魔法の力による妨害も、十全に対応できた。全て調べ尽くした上での行動は、しくじることなど有り得ない。恐らくそういった類の余裕たっぷりのフェルディナンドの表情は、


「夕方の礼だこのクソボケナスがァーーーーッ!!」


 横合いから飛んできた、まるで想定外の白髪男の踵によって歪んだ。


 革靴の踵がフェルディナンドの顔面にめり込むか否かの刹那、そこの空気だけが膨張したかのように暴れ、その場にいた全員がまとめて吹き飛ばされた。カルロッタは咄嗟にティナを抱きかかえて投げ出され、フェルディナンドは着地地点で受け身を取り即座に立ち上がったのに対し、白髪男は受け身も取れずに地べたをゴロゴロと転がった。このようなみっともない姿を晒しつつも、女性二人の危機に決死の攻勢に出た男──


「……アレ、今蹴ったの普通の人間じゃね?」


 彼の名は伊藤喜々。喜びを繰り返して『キヨシ』とする。


 キヨシは遅まきながら起き上がって、ティナとカルロッタに駆け寄った。先行して奇襲を仕掛けたドレイクもティナの頭の上に戻り、


「ケッ、あのガリガリ野郎。この俺ちゃんの炎をブッちぎりやがって、気に入らねー」


「やい、カルロッタさん! 追いついてみりゃ先回りされてるわ、相手がどうも普通の人間っぽいわ、コイツは一体どーいうことなんだよ!」


「ぐ……」


 いつものカルロッタであれば、質問などガン無視を決め込んで「なんでティナを連れてきた」とでも返すところ。しかし、キヨシのこの質問はカルロッタにとって、ある意味最も痛いところを突く質問だった。それ故、つい押し黙って目を逸らしてしまったのだ。煮え切らない態度のカルロッタの代わりに、


「白銀の鎧……まさか、『ヴィンツ国教騎士団』……!?」


 ティナが青ざめた顔でキヨシの疑問への答えを示したのだった。

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