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第一章-7『クソゲー的チュートリアル』

「ッ……クソ、過激なチュートリアルだな」


 鼻声で軽口を叩き、滴る血を拭う。


 魔法使いと相対する機会がこうも早くやってくるとキヨシは思っていなかった。しかも恐らくこのカルロッタという女性、人を殴ることにまるで躊躇いがないことから察するに、かなり喧嘩慣れしているのだろう。チュートリアルには不適格過ぎる。


 が、キヨシに去来した感情はマイナス方向のそれではなかった。その証拠にキヨシの表情は穏やかで、微かに笑みすら浮かべていた。


 その理由は、カルロッタの言い分にある。


「さて。アタシの妹をダシにしたツケ、キチッと支払ってもらうからな」


 ──なんだ、思ったよりも家族やってるじゃないか。


 正直なところ、ティナから話を聞いた時のカルロッタへの印象は、あまり良いものとは言えなかった。自分のやりたいことに身を捧げるのは結構だが、それが処罰の対象になりかねない行為で、家族に心配をかけているあたり、『俺に負けず劣らずのボンクラかもな』くらいにキヨシは思っていた。家族を家族とも思っていないのでは、とまで。


 しかしその予想に反し、カルロッタはしっかりとティナの身を案じていた。


 ひょっとしたらカルロッタは、家族を想っているからこそ離れようとしているのかもしれない。『ロクでなしのその家族まで白い眼で見られる』というのは、この手の話にはありがちだ。


 だが、そのやり口は家族であるティナの『一緒にいたい』という気持ちを無視した、突き詰めると独り善がりな発想と言わざるを得ない。物事の片面しか見えていないのだ。


 ともかく、今はこの難局を乗り越えなくてはならない。できることならこれ以上の荒事にすることなく。


「ちょい待ち。脅しとかそんなつもりじゃあ──」


「『つもり』じゃなかろうが言ってることがそうだっつってンだ、よ!」


「だからちょっと待っ──!」


 否、荒事は不可避か。


 カルロッタが足で地面を叩くと、キヨシは地の底から伝わる振動に、臓物を揺さぶられる感覚を覚えた。


 何が起こるのかおおよその当たりがついたキヨシがその場から飛び退くと、先程まで立っていた大地が地響きと共に激しく隆起し、虚空を突き上げる。もう少し遅れていたらどうなっていたか考えると背筋が冷える心地だ。火の魔法もなかなか派手だったが、『土』もここまで豪快だとまた別方向の凄味を感じる。それが自身に向けられているのなら尚更だ。そしてこれまたキヨシの予想通り、


「オラオラァッ!!」


「こ、この女……! うおッ!?」


「ええい、こっちは時間がないってのにちょこまかと!」


 二の矢、三の矢。次々地中を伝い迫りくる敵意。


 キヨシは時にその場から最低限の動きで、時に全力で走り、時につんのめりそうになりながら、器用に大地の地雷を避けていく。


 余談だが、キヨシの五十メートル走のタイムは七秒とコンマ三。高校生の平均タイムと同程度だ。


 ──とにかく逃げて、喋る余裕を得るしかねえ! 話さえ聞いてもらえれば!


 そうしてキヨシが退避場所に選択したのは、すぐそばの樹木。太い幹を蹴って枝を掴み、器用に上へ上へとよじ登っていくが、その半ば、まるで船が暗礁に乗り上げたかのように、樹木そのものがグンと持ち上げられる。


 嫌な予感に真下に目をやったキヨシは、信じられないものを見た。


「小賢しいわね、コウモリか何かのつもり?」


「マ、マジィ!? 嘘ッ……ァァアァアアアアッ!!?」


 なんとカルロッタは、キヨシが登った大樹を、土を持ち上げて根元から掘り起こしていたのだ。根付いている樹木を持ち上げるというのは、現代の重機並みかそれ以上のパワーが必要になるワケだが、それをカルロッタはなんでもなさげに、軽く実行した。きっとこの異世界全体を見渡しても、かなりの実力者と言えるに違いない。というか、こんなのがそう何人もいてたまるかという話だ。


 当然、その樹木の上にいたキヨシは足場を失い真っ逆さまに落ちていく。


「よっ……と!」


「うわッ!?」


 その最中、いつの間にか間合いを詰めて跳んできていたカルロッタが、空中でキヨシの両腕を膝裏で挟み込んで拘束し、そのまま地面に馬乗り状態で落下した。さらに、着地と同時に土塊をまとめて右腕にまとわりつかせ、ファンタジーのゴーレムもかくやという巨大な腕を生成する。全く抜かりない。


 これが魔法。そして、これが『魔法使い』。


「うぇッ! ゲホッ……おたくさあ、追手から逃げる必要ある?」


(おだ)てたり(すか)したりしたって無駄よ」


 絶対に勝てない、ということを分からせられるチュートリアル。クソゲーにも程があるというものだ。今年の大賞はこれで決まり。


 それはともかく──さて、どうしたものか。相手は土の魔法使い、腕っぷしもキヨシ以上、運動不足が祟ってそろそろ体力がヤバい。それ以前に、微塵も嬉しくない馬乗り体勢で捕えられ、後は拳を振り下ろすだけで一切合切決着するという詰みっぷり。言い訳や弁明を考えている暇もなく、ゲームオーバーだ。


「寝ろッ!!」


「ぐッ──!!」


 キヨシの顔面を捉えた躊躇ためらいのない鉄拳を、今カルロッタが大きく振りかぶり──


「……あ?」


 しかしどうしたことか、その振りかぶった拳が振り下ろされることはなかった。カルロッタにしてみれば、止める理由など全くないはずだが、問題はそのカルロッタの腕に引っかかっている小さな手だ。


「……ティナ、離して」


 カルロッタの腕を引っ掴んで止めたのは、先程から一言も喋らずに黙っていたティナだった。


 このあまりの事態に固まってしまっているのかとキヨシは思っていたが、ティナの様子を見るに、怖気づいているワケではなさそうだ。いやそれどころか、静かながら確かな怒気がティナの瞳に灯っており、むしろカルロッタの方が気圧されているようにキヨシの目には映った。


「……あのさ、いい加減にしなよ。もうこの人に酷いことしないで」


「止めないで。コイツはここでキチッと懲らしめておかないと」


「ティナ、白髪にゃ悪いが俺もそこんところは否定できねえ」


「黙ってて」


 ──なんだ?


 どうしたことか、ティナはこれまでの控えめな態度からは信じられない程に高圧的に、口を挟んだドレイクを制した。


 いや、怒るのは何となく理解できなくはないが、そこまで激昂する程の事とは言い難い。キヨシは人のためとはいえ、殴られても仕方ないことをしたのだから。所謂『怒るとスゴく怖い』的な芸風なのかとも考えたが、ドレイクの狼狽ぶりから見てもそうは考えにくい。


 事ここに至って、カルロッタもティナのただならぬ気配を感じ取り、警戒は解かないながらも土を大地に帰した。


「……オイ、本当にどうした? なんかお前変だぞ? チャクラもなんか妙な気配だしよォ」


「まさか、コイツになんかされた?」


「それはねえよ。もしそうなら、契約して『エーテル体』で繋がってる俺が気付かねーワケがねえ」


「でもなんか変なんでしょ?」


「そりゃあそうなんだけどよォ、うまく説明できねーっつーか……」


「お、おい! エーテルだかなんだか知らんが、よく分からない話で俺を置いて行かな──」


 キヨシがそう言い終わるか否かの瞬間だった。


 キヨシとティナの間を謎の風切り音が突き抜け、さらにほぼ同時にすぐ横でメキ、と少し湿った音がした。この場の全員が恐る恐る音のした方を見やれば、すぐそばの樹木に『石ころ』がめり込んでいる。


 そして、それが一体何なのかを分析する暇もなく、


「……ッ!! 伏せて!!」


「キャッ!?」


「こ、今度はなんだァーッ!?」


 程なくして雨あられの如く、その石ころが超高速でバンバン飛んできたのだ。


 いや、石ころだけではなくカルロッタが作るような土塊や、果てはコインまで飛んできて、周囲のあらゆる物体を抉っていく。


 その最中、カルロッタが苦虫を噛み潰したような顔でこう呟いたのを、キヨシは聞き逃さなかった。


「『魔弾』……! クソ、もうこんなとこまで!」


「まだん? こ、この石ころやらがか!?」


「うっさい黙ってろ!」


 カルロッタが固く握りしめた拳で地面を叩くと、そこを中心に三人と一匹が伏せている地面が深く沈み、飛来物によって蜂の巣になるのを防いでくれた。何かと応用の利く便利な能力だ。


「あ、ありがとう。マジに助かった」


「近くにいただけだッつの。でもまあ……街では助けてもらったし。これでチャラね」


「別にそれでいいけど……顔面にグーパン見舞っといて、よくそんなしおらしいこと言えるな、おたく」


「う、うっさいわね! 悪かったわよ、さっきは……とにかく、分かると思うけど追いつかれたわ。アンタ、ティナを連れて見つからないようにさっさと離れな。あのやり口からして、私たちの正確な位置は分かってなさそうだし」


「オイオイ、俺に任せるのか?」


「ティナをアンタに任せるワケじゃない。ティナがああまで言うなら……そんだけ」


「……いいのかよ」


「ティナを信じてる」


「いや、そうじゃなく……」


 ──このまま妹と別れていいのかよ。


 そう言おうとするキヨシを遮るように、カルロッタがさらに窪ませた地面の壁面を殴りつけると、壁面が地響きと共にボロボロと崩れて横穴ができた。どうやらトンネル状になっているらしい。


「カルロ!」


「……元気でね」


 カルロッタは穴に潜り込んでいなくなってしまった。去り際に『今生の別れ』を滲ませながら。


 それとほぼ同時に、石ころその他諸々の横殴りの雨が止んだ。間もなく追手の『魔弾』とやらを飛ばしてきた某かがやってきて、鉢合わせになるだろう。そうなれば無関係と言い訳してやり過ごすのは厳しくなる。実際無関係ではないというのもあるし。


 つまり、立ち去るかカルロッタを追うかの選択の時間は少ないということだ。


「……どうするよ」


「言われなくても。でもその……キヨシさんは、無理して付き合わなくても」


「まーそうだな。なんだかヤバそうだし、他人のテメーが付いてくることもねーんじゃねえの?」


 すでにティナは、冷静さを取り戻しているようだ。ドレイクの問いに対し強い意思のこもった返答をする一方で、ティナはキヨシを気遣っているようだった。ドレイクも同調している。ついさっき起こった一連の出来事を考えると、部外者のキヨシが無理に付き合うことはない、という親心といったところか。


 しかし、そんなありがたい気遣いもキヨシにとっては、


「言ったろ、おたくは他人じゃない。命の恩人で、友人のそら似だ。ここまで関わり合いになっておいて、今更サヨーナラなんてできっか!」


 全くの無用な心配だった。


「……強引さは姉──カルロそっくりですね、キヨシさんは。だから話しやすいのかな」


「ヘッ、そっくりコンビかよ」


「こんび?」


「やっぱ分かんねえよな。ま、いいさ。とっとと行くぜ」


 ともあれこうして二人は決断を済ませ、カルロッタの後を追って暗く深い横穴へと足を踏み入れたのだった。


 ただ──キヨシはついて行くと決断した少女に対して疑問を抱いてもいた。


 ──さっきのティナちゃんのあの様子はなんだったんだ?


 しかし、今は気にしても思いあぐねても答えの出ない謎。口には出さず、黙って目の前のことに集中することにした。

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