第二章-60『キヨシという男』
ルールはこうだ。
まず前提の条件として、目的はティナとセカイ、そしてドレイクを元に戻して救出すること。そしてロンペレを討ち倒すことだ。だが、究極の闘争を望むロンペレにとって、このキヨシの望みは邪魔でしかない。よって、キヨシを優先的に排除してくるだろう。さらに、状況の中心にいる暴竜ティナは、目に映るもの全てを焼き尽くさんと無差別に攻撃してくる。
そして、これが肝心なところではあるが──ティナにロンペレを殺させてはならない。誘導するなど以ての外だ。絶対に、ティナやセカイに人殺しの業を背負わせたくない。それがキヨシ最大の目標だ。
「さて……やるかッ」
「あ! 貴様ッ!!」
「うるせー戦闘狂! テメエのことなんざ眼中にねえっつったばっかだろが!!」
全てを理解しキヨシが取った行動は、ロンペレに背を向けてティナの方へとただ走る、というものだった。こういう場合、どちらか片方を早い所解決してもう片方に注力するというのが定石と言えるだろう。
「そうはさせねえ! そうはさせねえが……いいのか? 本当に」
ティナに向かって猛然と駆けるキヨシの背に、ロンペレが静かに問いかける。
「テメエらと俺の実力差は、先刻承知だろうが。あの化け物を元に戻したところでどうなる? アレはあのままにしておいた方が、まだ勝ち目があるんじゃないのかね?」
確かにその通り。ロンペレの言うことは的の中心をしっかりと射止めた、至極当然の意見なのかもしれない。
だが、キヨシはその意見に一切耳を貸すことなく、訂正を求めることもなく、ただティナへと一目散に走る。奴に論ずるだけ無駄だと、分かっているからだ。少なくとも、先程まで"人間"として相対していた者を平然と"化け物"と評するような、戦況や戦闘能力でしか物事を測れないような愚物に何を説いたところで無為に終わるだろう。そんなくだらないことにエネルギーを割いている余裕はない。
「やいテメエら! 聞け、俺の話をッ!!」
キヨシの叫びに反応したらしく、ティナはキヨシの方を向いた。
「今のお前らは確かに強い……間違いなく、ロンペレをやっつけられるくらいにな。けどその代償にオリヴィーを吹っ飛ばすなんざ、馬鹿げてる──うわッ!?」
キヨシが語りかけるのも聞かず、ティナは辺りに炎弾を撒き散らす。ただ動く物全てに反応しているだけのようだ。
カルロッタが懸念している通り、ティナとセカイ、そしてドレイクが引き出している力に刺激され、地下のマグマが復活したのだとしたら、一刻も早く正気に戻してやらねば、オリヴィーの滅亡という大災厄へと発展してしまう。ロンペレを排除する代償がそれでは、本末転倒なのだ。
──どうすりゃいい? どうすりゃアイツは正気に戻る!?
伝説上の描写からでは、『ただ声をかけ続けた』以上のことは分からない。そうしようにもティナはそれを遮って唸り、破壊の限りを尽くすのみ。本当にこれで良いのかという不安が頭をもたげたその時、
「シカトなんざしゃらくせえぞ使徒ォッ!!」
「チィッ!!」
背後から迫る水の刃をまとったロンペレの手刀を、振り向きざま左手の籠手で薙ぎ払うようにぶつける。風のチャクラは掻き消された水を突き抜け、ロンペレにとって本日二度目の手傷を負わせた。先程のような奇策は恐らく通用しないだろうが、ようやくまともな戦い──のように見える程度になっていた。
「邪魔すんな畜生めが!!」
「こっちのセリフだ有象無象ッ!!」
『「ガア゛ア゛ア゛ッ!!」』
「ッ!!」
ティナの叫び声に反応し地面を蹴って離れると、二人が接触した地点が輝き、爆発する。さらに着地地点からも地雷のように火柱。一瞬でも立ち止まればただでは済まない。キヨシは怪我をしないとはいえ、熱いものは熱い。苦痛だけは本物なのだ。
ロンペレの方も大した負傷はしていない。どうやら鎮火は不可能までも、物理的な遮断は可能な様子。
「ひゅう……フフ、素晴らしい。食いでのありそうなトカゲだ」
「貴様ッ……黙って見てろ! テメエの御馳走、目の前で賞味期限切れにしてやらあ!!」
「出来もしねえことをベラベラと、一体いつになったら学ぶんだ──ん?」
心底から楽し気に笑うロンペレの身に、無機質な形をした影が落ちる。そうして見上げた視線の先には、土塊を装着した巨拳を振り下ろさんと飛びかかる女。
「ッ、ロッタ!?」
「コイツはアタシがどうにかする! アンタはティナを元に戻して!!」
ロンペレは大振りの攻撃を冷静に回避し、重い音が地面を震わせたのを歯噛みしながら聞いた。カルロッタが追いついて、再びキヨシを邪魔立てするロンペレを抑え込もうと立ちはだかったのである。続々と集結し、戦いを挑むキヨシたちだったが、ロンペレの機嫌はどんどん損なわれていく。
「クソ共がッ!! なんで俺に気持ちよく戦わせねえんだ!! 次から次へと、テメエらにできるのは時間稼ぎが精々と分からねーくらい頭悪いのか!?」
ロンペレが両腕を振ると、それに合わせて水のビットがうねりを伴って襲いかかり、カルロッタの柔肌を掠め飛んで切り裂いていく。しかしカルロッタは歯を食いしばって痛みに耐え、気丈に笑ってみせた。
「ぐギッ……。はン、時間稼ぎ結構!! それでアタシの目的は達成されるッ!!」
「ロッタ、テメエ! どういう意味だそれ!」
「言ったまんまだ! アタシが時間を稼ぐから、ティナを……!」
「しかし、お前一人じゃあ──」
「さっさと行け、この愚図!! アタシがコイツに殺される前にッ!!」
「お前…………!!」
時間稼ぎを買って出たカルロッタだが、キヨシが言うまでもなく自分一人でロンペレの相手は荷が重いこと、そして長引けば殺されてしまうことを理解していた。それを押してその役回りを引き受けると、キヨシに命を預けると、カルロッタはそう言っているのだ。
「ぐあッ……早くッ!!」
「ええい、クソウ! 死ぬなよ!!」
ロンペレの攻撃を次々にその身に受けつつも、叱咤するカルロッタに背中を押され、キヨシは踵を返してティナのいる方へ、白い炎の大海を突き抜けていく。
「……分からんな」
その一部始終全てを見ていたロンペレは、複雑怪奇を目の前にしたように顔をしかめた。
「なんだってお前ら揃いも揃って、あの白髪頭を買い被る? 名前は下僕から聞いた、えーっと確かなんっつったか……そう、『キヨシ・イット』か? 無い脳ミソで策を弄してはことごとくスベって、力があるかと思えばそうでもねえ。ソルベリウムを生む能力だって、俺ならもっと上手く使ってみせる自信があるぜ。こうなってくると『創造の使徒』って肩書も、いよいよ持って怪しくなってくるってもんだ」
「……フン。確かにアイツ、身内のアタシから見てもイマイチ頼りない。おまけに自分のことは割とバッサリ切り捨てるくせに、身内のこととなると優柔不断で甘ったれで……」
「あーらら、ヒデェなあオイ。俺そこまで言ってねえのに」
「敵ながら、イイ勘してると思うわよ。憎たらしい程にね。『創造の使徒』とか初めて聞いたときは呆れ果てたってもんよ」
キヨシの身分が限られた人間にしか知られていないトップシークレット故に、カルロッタはロンペレの言うことを全面肯定こそしなかったが、逆に一切を否定することもなかった。それどころか、キヨシの悪しき面を並べ立て、ぞんざいにも貶し倒している。
「なら、何故ゆえ奴に望みを見る? 命を預けるだけの価値を見出だせるッ!?」
さらに数機の水弾が弧を描いてカルロッタに迫るも、それら全てを細長く隆起した大地が貫き穿ち、瞬時に蒸発させた。
「ムッ!?」
さしものロンペレもこれには驚いたようで、大きく目を見開く。
突起の先端には、ティナとドレイクの攻撃によりチャクラが過貯蔵されて、爛々と輝くソルベリウムが仕込まれていたのだ。
「……そもそもアイツがいなけりゃ、ここまで話は大きくならなかった。けど、それでもッ!! アイツがいなけりゃ、アタシたちはここにいなかった!! アイツがいたからこそ、アタシたちはここで戦い、確かにドッチオーネ空賊団を、"破戒者"を追い詰めている!!」
キヨシさえいなければ、きっとこの抗争は起きなかったのだろう。キヨシさえいなければ、きっと多くの血が流れることはなかったのだろう。しかし、キヨシがいたからこそ、今オリヴィーは真の意味で救済されようとしている。それもまた揺るぎない事実。
騎士を従え、機械の鳥で空を駆け、遥々ここまでやってきた。そして今、オリヴィーを空賊の魔の手から救おうとしている。それをキヨシはすでに半分やり遂げているのだ。だからカルロッタは、キヨシに命を預ける決断をした。危険を押してでも、それだけの決断をするに足る存在だと、カルロッタはキヨシを信じているのだ。
「何故なんて言われるまでもねえ。この状況がそのまんま、根拠だァッ!!」
カルロッタの叫びと共に、直前にビットを消滅させたソルベリウムが射出される。極限まで高められた白い炎は、ある程度水のビットを無効化が可能であるということが先程実証されている。上での戦いで土塊を飛ばしていた時と違い、とりあえず跳ね返される心配はない。
が、その程度の甘い見通しは、ロンペレに対しては何ら意味を成さない。
「意気込みは買おう。だが──」
ロンペレはビットの水を両手にまとい、飛んでくるソルベリウムを手刀で物理的に両断した。例によって多少なりとも負傷しているようだが、全く意に介していない。ありとあらゆる小細工を、圧倒的な暴力によって捻じ伏せる。それがロンペレが"破戒者"たる所以なのだ。
「アイツが信用できるかどうかはさておいて、テメエが俺とサシで……なんざ、図に乗り過ぎなのには変わりねえ。俺の闘争の邪魔をするんなら、区別無く殺す」
「……上等だ」
ロンペレからは先程のような遊び心や慢心の類は、すでに消え失せている。加えて、周辺の気温がどんどん上昇し、吹き出る溶岩の量も夥しくなり始めた。最早オリヴィーの滅亡まで猶予はないだろう。カルロッタは『ロンペレを追い詰めている』とは言ったものの、それはあくまで自分たちの身とオリヴィーの破滅の可能性とのトレードオフに過ぎない。言葉を尽くし、どんな風に言い換えても、危機的状況には変わりないのだ。
──……あの攻撃力を考えると、ここからは土の装甲は丸っきり役に立ちそうにないな。ならッ!!
それでもカルロッタも、キヨシも、折れることなく最後の最後まで戦い続ける。
──防御なんざクソ喰らえ。全部を攻撃に回してやるッ!!
カルロッタの周囲の地面が、刺々しく隆起した。無論、白い炎の宿ったソルベリウムも組み込まれており、水のビット対策は万全だ。後は、どれだけ食い下がれるかだ。
「キヨシ! ティナを頼んだぞ!! それと──」
カルロッタの口から、その先が漏れることはなかった。なかったが、カルロッタの胸中に確かに去来した想い。
──アンタの方こそ死ぬんじゃないわよ、"アタシの友人"。
こうしてカルロッタは、キヨシに全てを託し、絶対に勝利が掴めない戦いに身を投じるのだった。
──────
「これで、ようやく二人っきりだな」
カルロッタのお膳立てによって、ついにキヨシはティナとサシで相対する。相変わらず痛みと恍惚による恐怖感は否めないが、それでも、キヨシは目を背けることなく、彼女を真っ直ぐ見据えていた。
『「ウ゛ウ゛ウ゛……」』
「そんな唸るなよ。悪かったって、お前は一人じゃ……いや、違う。違うな。俺が謝るべきなのはそこじゃない。俺が弱っちいばっかりに、随分無理させちまった。こんなになるまで……」
元はと言えば、そもそもキヨシが余計なことをしたばかりに、勝てたかもしれない勝負をややこしくしてしまったこと、そして何より、キヨシがロンペレに踏みつけにされる程に弱かったことが原因と、そういう側面はどうしてもある。
悔いても悔い切れない、身を切るような後悔。しかし、だからこそキヨシは今、その結果生まれた暴竜の前に立っている。
「……だから、せめて俺は。お前たちを真っ正面から受け止めてみせる。喧嘩しようぜ。後も先も長いんだ、こういうこともあるだろう!」
『「ギオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!!!!」』
「……今助けるぞッ!!」
空間を走り逆巻く炎を、キヨシは左足を一歩踏み出し半身の姿勢で迎え撃つ。
オリヴィーの命運、全てが懸かった戦いが始まった。




