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第二章-55『「ありがたく受け取れ」』

 開戦の合図は、セカイ目掛けて無言で放たれた水弾だった。


 頭に一発、そして胸部に向けてもう一発。ロンペレにとってある意味唯一の事故要因と言える存在の、確実に仕留められる部位を的確に狙っていた。


「……ヘッ、勘のいいガキ共。まだまだ楽しむ余地はありそうだ」


 が、それらはごくあっさりと阻まれた。


「さっきの台詞、そっくり返すぜ。いきなり王手(チェック)はないだろ」


 頭はキヨシ、胸部はカルロッタが、それぞれ着弾部位を読み切って腕の装甲で防ぐ。当然、互いにどちらかを防いでくれると信頼しての行動だ。セカイもまたそれを理解して瞬き一つせずに、後ろで舌をリズミカルに鳴らし指を振る。


「……カルロッタさん」


「わーってる。アタシは冷静だから」


 そう言いながらも、水弾を弾いて痺れる腕を血管が浮くほどに震わせ、激しい怒りを抑え込んでいるのが傍目からでも分かる。ロンペレは彼女の親友の同胞を殺しただけに飽き足らず、今最愛の妹に向けて銃口を向けたのだ。されど平静を欠いては勝てるものも勝てなくなる。憤懣(ふんまん)やるたかないとはこのことか。


 キヨシはそのできた人間ぶりに思わず微笑みそうになるが、カルロッタの心情を察して薄笑み一つ浮かべず、白の装甲で黒の装甲を打ち鳴らす。


「んじゃ、まあ──」


 白い炎が一瞬激しく煌めき、カルロッタの方が笑った。


「いくかァーーーーッ!!」


 土で、ソルベリウムで、足場を生み出しながらロンペレに向かってまっしぐらに駆けていく。


「やっぱりやるなら、ヤル気ある奴に限るな」


 受けてロンペレは楽し気に嘴の端を歪め、向かってくる二人に真っ向からぶつかり、迎え撃った。


「ッ……ほォ~~~~~、威勢あるな。良くも悪くも若さを感じるぜ」


「黙れ!!」


「ウッシャアアアァァアアァッ!!!」


 ロンペレの軽口など聞く耳持たず、二人は猛烈な拳のラッシュをマシンガンの如く叩き込む。しかしロンペレもまた意に介さず、一歩も退くことなくそれら全てを完全にいなし、


「こんなモンか。でもまあ、練習にはなる? 試してみるか」


「ッ!?」


 先程セカイにやったのと同じ、水の散弾を放出してキヨシたちを吹き飛ばす。二人はそう来ることは知っていたが、全くのノーモーション故、見てからギリギリ防ぎ切るのが精一杯。しかしロンペレはまだいくらか余裕があるような口振りだ。


 ──図に乗りやがって!!


 猛るキヨシを他所に、ロンペレが今度は拳大の水の塊を無数に生成する。飛ばしてくるかと思いきや、自分の周囲に滞空させるだけで何もしてこない。


「水芸に味を占めたかッ!!」


 ならば、ただ行くだけだ。そうして再びロンペレに向かって突撃し、繰り出した二人の拳がロンペレを叩き潰さんと放たれ、その間にロンペレの周りをビットのようにくるくると回っていた水の塊が割り込んできて、炎に焼かれて音が鳴る。


 水から伝わってくるのは、妙な手応え。


 ──……この水、"重い"ッ!?


 まるで壁をブン殴ったような重い衝撃が返ってきて、目を丸くする。水の塊の表面が大きく波打って衝撃を殺し、飛沫一つ飛ばない。足を踏ん張って反作用に耐え、


「このサイズならッ!!」


 今度は腕の装甲を肥大化させて、大きく振りかぶって顔面に向けて振り抜いた──はずだった。


「──なッ!?」


 水のビットが集まって巨大な盾となり、二人の打撃による衝撃を完全に吸収。またしても貫通することなくシャットアウトされてしまった。それだけではない。


「そぉりゃア!!」


「うわッ!!?」


 水の盾にロンペレが手をかざすと、水が力を持ちキヨシたちを『引っ掴んだ』。危機を察知して抵抗するが押すも引くもできず、ロンペレの柔術めいた動きで振り回された挙げ句、二人は乱暴に放り投げられた。


「このッ──!!」


 放り投げられつつも空中で足場を生成して体制を立て直し、ソルベリウム片と土塊による、息の合った十字砲火を繰り出す。流れは悪くない。相手がロンペレでなければ、だが。


「水芸も、いくとこまでいくと悪くないだろ? おひねりくれよ」


「……クソッ、早くもうんざりしそうだ。こんな隠し球を」


「オイオイ隠し球とは人聞き悪いな。コイツは、"今"編み出したッ! 初めての割には、中々だな」


 ロンペレの心臓を捉えて二人が飛ばした弾丸は、ロンペレを基点に明後日の方向に抜けていく。目を凝らしてみると、ビットは更に形を変えて、曲がりくねった太い棒状に伸びていた。ロンペレは迫る弾丸を"水流"に乗せて軌道を曲げたのだ。水の盾もそう。恐らくただ水を浮かせているだけでなく、水に加わった力の流れを緻密にコントロールし、効率よく防御しているようだ。


 そうして防いだ弾丸の一部は、水流に乗って未だロンペレの周りをギュルギュルと走っている。


「踊れェ!!」


 それらが解放され、水弾のおまけ付きで返された。滅茶苦茶な軌道で辺りを無差別に攻撃し、先程セカイが使い捨てた足場をもブチ抜いて、キヨシたちに降り注いでいく。


「ッ! ロッタさん、血が!」


「掠めて切っただけ! それよりセカイを見てろ!!」


「そ、そうだ、セカイ!」


 カルロッタの言う通り。こと戦いにおいて、人智を超えた計算高さを見せるあの男が、セカイを放っておくはずがない。水の弾丸をドレイクの炎で蒸発させて防げる分、割合余裕があるキヨシが慌ててソルベリウムの壁をセカイのすぐ近くまで延長して、弾丸をどうにか防ぎ切る。


「おいセカイ、俺たちを信じてくれるのはイイ!! だが自分でもちゃんと身を守れ! 俺たちにも限度ってもんがある!!」


「ゴメンゴメン──ぶッ!?」


「──ッ!!?」


 破裂音と飛沫と共にセカイの身体が前に跳ね、倒れ込む様を間近で見ていたキヨシは心臓を刺し貫かれるような感覚を味わった。カルロッタも同じだ。


「ソルベリウム、使わせてもらったぜ」


 何が起こったかまるで理解できないまま、ロンペレが喋る内容に誘導されるように、その辺に転がっているソルベリウムを見やると、一つだけ青く発光しているものが混じっている。


「……野郎、水のチャクラを!!」


「ソルベリウムはチャクラを溜め込む。本来そういう使い道の鉱物だろうがよ」


 カルロッタの推察、そしてロンペレの言の通り。ソルベリウムは本来、チャクラを貯蔵する性質を持つ鉱物であり、キヨシたちも風のチャクラをソルベリウムに込めて、飛行機の動力としてここまでやってきた。ロンペレは、水のチャクラで全く同じことをしたのだ。


 無限にソルベリウムを生成する能力が、完全に仇となってしまっていた。


 しかし、そんなことはどうでもいい。


「セカァァァイ!!」


 キヨシは完全に冷静さを欠いて、倒れ伏すセカイに駆け寄る。この戦いの要云々もさることながら、セカイが、そしてティナが(たお)されるなど、キヨシにとって最悪の事態──有り得ない、いやあってはならない。


「セカイ……セカイ!! しっかりし──」


 駆け寄ったキヨシがセカイの体に触れた瞬間、セカイが憤怒の形相でガバッと起き上がり、


「痛ッ…………たぁ!! ああもう、服もびちゃびちゃだし! これティナちゃんの服なのに、どーしてくれるのコノォ!!」


 当の本人は頭をブンブンと振って水を切り、こちらを見下ろすロンペレに怒鳴り散らしている。至って心配はなさそうで、キヨシは逆に腰を抜かすほど驚き、カルロッタは膝から崩れ落ちた。


「……変だな。あんな虚仮脅かしで死ぬとも思わんが、あんなにピンピンしてるかね」


 一方、一杯食わせて得意そうにしていたロンペレは一転、怪訝な表情を浮かべていた。ソルベリウムに水のチャクラを込め、それを射出し、死角から一撃。プラン通りに万事進んだはずだ。セカイの反応からしても、間違いなく直撃している。だのに彼女には、まだ怒りで地団駄踏む元気すらある。どう考えても不可解だ。


「──────」


 この時キヨシ、実はロンペレの疑問の正体、そして水のビットの欠点をおおよそ掴んでいた。ほぼ間違いない、と確信めいたものすらある。そして、それがこの状況を打開する糸口になると。


「……勝てる。いや、勝てる"かも"」


「え?」


「待ってろ、今確かめる!」


「ちょ、きー君!?──!!」


 キヨシはハッとした表情でこちらを見やるセカイの頭を軽く撫で、再びロンペレに向けて走り出した。


「さて……今度はどう来るか…………」


 ロンペレは先の疑問の答えを見出だせなかったようだが、そんなものは瑣末事と言わんばかりに笑い、水のビットを再展開する。しかし今度は向かってくるのを待つばかりでなく、積極的にキヨシたちに攻撃を仕掛けてきた。


「ふんッ!!」


 右手を振り上げて前面にソルベリウムの壁を作り、水弾を遮断。すると着弾した水弾は飛沫一つ撒き散らさず、ゴムボールのように跳ね返ってロンペレの周りへ戻っていった。


 ──思った通りだ。


 この現象を見たキヨシは更に確信を深めていく。後はセカイを導くだけ。


「遠距離攻撃は──」


「しないわよ!!」


 ビットの対処に追われるカルロッタとのすれ違い様、先の二の舞を防ぐために釘を刺しつつ、装甲をコンパクトに作り直し、雄叫びを上げてロンペレに全速力で突進する。


「シャアァッ!!」


「早けりゃ抜けられる? 無駄な……」


 ロンペレはすぐさま攻撃に回していた水のビットを引き戻し、キヨシの拳による超高速の攻撃を防ぐ。このなんでもない一連の流れの中に、キヨシが見出した欠点が見え隠れする。


 ──ビットの数には限界があるようだな。


 ただ単純にキヨシの攻撃を防ぐだけならば、新しくビットを作り出せば良さそうなものだが、こうしてわざわざ攻撃に回していたビットを引き戻しているのがその証拠──の、一つ。


 より正確に掴むためにもう一つ、確認しておきたいことがある。


「ドレイク」


 ぼそりと合言葉か何かのように呟きながら右足を軸に回転し、裏拳を放つ。例によってビットに防がれたが、そのビットはドレイクの一際激しく燃え盛る炎と接触した瞬間、蒸発して水量が一気に減り、少し間をおいて元の量に戻る。


 全ては思った通り、完全にハマったといった類の笑みが思わず漏れるが、


「ッ、あぐァッ!!?」


「キヨシッ!!」


 脇腹から抜けるような激しい痛みと共に笑みは歪み、キヨシは地面に叩きつけられて転がされる。咳き込みながら見上げると、巨大なハンマーを模った水が、フワフワとこちらをおちょくるように蠢いているのが、ぼやける視界に映っていた。


「何が面白くてクルクルやってたのか知らねえが、もう少し頑張れよ。今のは明らかに、『そうなることを分かってた』動きだった。正直気に入らんな。もっと勝つための工夫を──」


「ハッ……ハッハ…………」


「ん?」


 キヨシはジャケットを脱ぎ捨て苦悶しつつも立ち上がり、ロンペレの苦言を一笑に付す。しかしその笑いはポジティブさは微塵も感じられない、酷く乾いたものだった。


「勘違いすんなよ。こっちゃお前と違って楽しくてやってんじゃないし、ましてテメエを楽しませるためにやってんでもない。なんでイチイチ、テメエの顔色窺ってやんなきゃいけねえんだ」


「……結構、こっちも同じだ。別にお前が楽しかろうとそうでなかろうと知ったこっちゃねえ。結局の所、俺が楽しければなんでもいいのさ」


「──────」


「お前らは俺をブチのめしたい。で、俺はそうやって猛るお前らと戦い、闘争の愉悦を噛み締める。どっちも損しない、イイ関係じゃねえか。もっとも、お前らが負けて損するのはお前らだけだが」


 ロンペレの頭の中にあるのは唯一つ。『闘争を愉しむこと』。それ以外には何もないし、関心も持たない。オリヴィーの利権を貪っているのも、勝手に慕っている下僕たちが勝手にやっているに過ぎない。そして、それで誰かが苦しもうとなんとも思わないのだ。


 ──分かってら、そんなことは。だから俺を煽るために『トラヴ運輸を襲う』なんて発想ができて……。


 それをなんの呵責もなく実行できるのだろう。


「……言ってろ。テメエはもう終わりだ」


「お?」


 歯噛みする音を掻き消すように、大きく後ろに振ったキヨシの指からバキバキとソルベリウムが"生えて"、体躯の何倍もの大きさの腕を模る。深層心理内の怒りのイメージが反映されたのか所々刺々しく、歪な形状をしているが、キヨシは感情に飲まれてはいなかった。


 今、キヨシ以上の怒りに焦がれている女が、必死にそれを抑えていたからだ。そして、キヨシを信じて好機を待つパートナーがいるからだ。


 しくじるわけにはいかない。


「……フン」


 対してロンペレは全く気圧されることなく、むしろキヨシを嘲るように鼻を鳴らし、全てのビットを集合させて前面に構える。真正面から受け切る腹づもりのようだ。


「……止められると思うのか? このスケールを」


「随分と"力持ち"になったな。使徒サマよォ」


 キヨシの挑発もどこ吹く風、そして『全て見透かしている』といった物言いと態度で、ロンペレは断ち角の断面を弄り回す。


「ッ……ロッタァ!! 足を寄越せッ!!」


「もういい好きに呼べェッ!!」


 キヨシが深く屈み込むと、カルロッタがそれに合わせてキヨシの足元を急激に隆起させ、大きく跳ね飛ばした。空中に放り出され、ソルベリウムの右腕をぶら下げるように振りかぶり、狙いを定める。


「主の鉄槌だぜ!! 受けてみイィッッッ!!!」


 全身の関節が軋む感覚を振り切り、指先まで白い炎に包まれた巨大な腕を、叩き付けるように振り下ろした。


 しかし、この豪快な技とシチュエーションを前にしたロンペレの反応は薄く、溜息混じりに構えていたビットをそのまま真っすぐぶつける。


「無い頭振り絞って考えて、結局ヤケクソ。ガッカリだぜ」


「……!!」


 拳は、そのサイズの半分の、そのまた半分にも満たない量の水に阻まれて静止した。


「"見た目と違って"軽いなァ。ま、当たり前だがな。そんな細っちょろい腕に、オールソルベリウムの腕をくっつけたまま動けるワケないだろ」


 そう、ロンペレの言う通り。自身の体躯の何倍もあるソルベリウム製の腕を装着した状態で、カルロッタの補助アリでも攻撃動作に移ることができたのには、理由がある。


 ソルベリウムの腕は、中身が"がらんどう"のハリボテだったのだ。


「で、ここで俺は考える。『どうしてわざわざそんな回りくどい真似をしたのか』……まあ決まってる」


 ロンペレが言い終わるのを待たず、ソルベリウムの腕が真ん中から外側に吹っ飛び、勢いよくセカイが飛び出す。この腕をキヨシが作った際、後ろにいたセカイを巻き込んでいたのだ。


「甘ェよ」


「ッ! うわッ!?」


 ロンペレの目鼻の先まで肉薄したセカイだったが、拳を抑えていた水のビットがセカイを絡め取り、内に取り込んでしまった。


「セカイ!!」


「やれやれ、終わってみれば案外呆気ないもんだったな」


 セカイを捕まえ、閉じ込めた水球をロンペレは少々興味深そうに覗き込むが、セカイのことを前髪が長い以外なんの変哲もないただの少女と見做したのか、すぐに興味を失って、崩れ行く腕の破片と共に落ちるキヨシたちの方に向き直る。


「なるほど、俺をやっつける糸口をこのガキに見出したワケか。だからコイツを俺のもとに送り出すために考えたのが、あのソルベリウムの腕。だが途中で捕まえられてしまっては困るから、『俺が操ることができる水の総量』を知る必要があった。ちょい前の当たりは、それを確かめるためのモノ。実際に確かめてみて抑えられる量だと判断したら、俺が操る水を一所にまとめ、使徒サマが抑えている間に、ソルベリウムの腕という"道"を通ってきたこのガキがトドメを刺す……そんなところか?」


 聡明故か、それとも『闘争の化身』故のセンスか。キヨシが頭の中で描いていた絵を、ロンペレはほぼ完璧に見抜いていた。全ては、確かにロンペレが語った通りだ。


「確かに、俺がいっぺんに操ることができる水の量には、限界がある。悪くない着眼点だが、手の内が見抜かれてちゃあな。こいつを捕まえる余裕は十分──」


 不遜に、そして傲岸な態度で勝ち誇っていたロンペレが、ふと捕まえたセカイをチラと窺った瞬間、突然閉口する。


「コイツ……"静か"だな?」


 普通、水に足を取られた人間はそこから脱出しようと足掻く。しかし、セカイは全くそんな様子を見せず、牢の中をただ浮力に任せて揺蕩(たゆた)うだけだ。


 ──信じていた。セカイを『捕まえてくれる』と!!


 ロンペレを見上げるキヨシの口の端が歪む。


 キヨシはロンペレがこちらの手の内を()()()()()()()()()()()()()


 賭けたのは、その先だ。読んだその先に罠を張ったのだ。


「……ヤバイッ!!」


 胸の内に警鐘が鳴り響いたロンペレは、即座にセカイから離れる。しかしもう遅い。ロンペレの内にへばりついていた慢心が、遂にキヨシたちが付け入る隙を与えたのだ。


 ──炸裂しろッ!!


 ロンペレが見抜けず、キヨシが見抜いた事実。ロンペレが魔法で操っている水にも──


「うりゃあアアアァァァーーーーーーーッッッ!!」


 『騎士団長の手管』が通用する。


 ──……だから散弾も、ソルベリウムに込めたヤツも、威力が低かったのか!


 キヨシが水弾を遮蔽で防いだ際、魔法で完全に制御されていた水は飛沫となって分離せずに、塊のまま主の元へ帰っていったが、セカイに着弾した水弾は弾けて服を濡らした。キヨシが水のハンマーで殴り飛ばされた時、ジャケットは濡れていなかった。


 以上の事実を総合し、『魔法で制御されたものに"騎士団長の手管"を行使すると、力を失う』と、キヨシは読み解いたのである。


「ようやくテメエの『ヤバイ』って顔を拝めた、ぜ!!」


 キヨシがソルベリウムで細い足場を作ると、待ってましたと言わんばかりにセカイが着地し、ロンペレに向かって一足飛びで迫る。水の再生産を始めるが、セカイを閉じ込めるだけの量は到底間に合わない。


 ──もう一度散弾をッ……!!


 その試みが失敗に終わるビジョンが、すぐに浮かぶ。ロンペレは白い炎をまとったセカイとその胸元で笑うトカゲを見て、ようやく気付いた。


 白い炎が、『創造の使徒』の持ち物ではなかったということに。


 ──腕を通ったときに、ガキに移ったのかッ!!


 まとめて飛ばすならともかく、散弾程度の小さな飛沫では、白い炎で掻き消されてしまう。


「見事、だがッ!!」


 ロンペレが背中に手を回して何かを取り出しセカイへと放り投げた。


「!! セカイ、それを割らせるな!!」


「了解──」


 全てを理解したカルロッタが地上から警告するも、意図が伝わらず、セカイはあろうことか反射的にその何かを自分の手で叩き落としてしまった。すると落ちた先でガラスが割れる音と"液体"が散る音がする。


「……あっ、ヤバッ!?」


 失敗に気づくのは、いつだって事が済んでからだ。身を翻す暇もなく、拳一個分のビットがセカイを真正面から穿ち散っていった。


「痛ッ!?」


「ティ──セカイ!!」


「ただの"水入瓶"だ。何年もそのままだったから、腐ってるかもだが勘弁してくれや」


 ロンペレはここまで追い詰められるという事態すらも見越し、周到に備えていたのだ。


 急拵えの水のビットだった。セカイの力でビットはただの水に戻り、威力は減衰したものの、足止めを食う形になってしまい、地面に落ちていく。


「うおおッ!!」


 慌ててカルロッタがセカイを受け止めるも、これで全ての計画はご破算──かに思われた。


「危なかった。さあて──」


 『仕切り直しだ』と、そう言おうとしたロンペレの背後で何かの破裂音が鳴り響く。音のした方を見るが誰もいない。直後今度は真上から同じ音。そうして音を追うように、ロンペレが真上に目をやったその時だった。


 ロンペレの腹を鋭い痛みと衝撃が貫き、誰もいない視界が酷くボヤける。


「なッ……んだとォ!!?」


 なんとキヨシがロンペレがいる空中まで昇ってきて、ロンペレのどてっ腹にソルベリウムの篭手で一発見舞ったのだ。キヨシが殴ると同時にロンペレの服を右手で引っ掴むと、そこからロンペレの体表を伝ってソルベリウムが広がっていき、翼と右半身を失調状態に追い込んでいく。


 ──馬鹿な、足場の再生産には注意してたはずだッ!!


 キヨシが新しく足場を作ったワケでもなければその時間もなく、カルロッタもセカイのカバーに追われてそれどころではなかった。


 では何故か? 答えは至極単純だった。


「ソルベリウムは本来、こういう使い道なんだろうがッ!!」


 キヨシの左手には、"緑色に光る"ソルベリウムが握られていた。


 ──風のチャクラ……"空中機動"だと!?


「あのソルベリウム、飛行機の動力!?」


 それはつまり、アレッタのチャクラが込められたソルベリウム──


「ありがたく受け取れッ!!」


 ソルベリウムをあてがったロンペレを構え、貯蔵された風のチャクラを使ってロンペレを真下に射出。そしてその先には、ロンペレが自らの手で撃ち落とした少女が地面をトントンと足で鳴らして待ち受ける。


 ──しまッ……!!!


 ロンペレが地面に叩きつけられるか否か、その刹那。少女──セカイはその場でクルリとターンしながら飛び跳ね──


「ビンゴォッ!!!」


 しなる足の甲が、ロンペレの腹に張られたソルベリウムをもブチ砕いて、深く、深くメリ込んだ。

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