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第二章-54『至難の業』

「策?」


「当然だ。上手くいけば労することなく、事を治められるんだからな」


 時は少し遡る。


 採掘基地内に残っている数少ない構成員たちを次々と隔離していく傍ら、キヨシ一行は来たるべき時に備えていた。そもそもの計画としては、首領ロンペレの不意を突いて再起不能にすることを肝としているが、それが上手くいく公算はどうだと問われれば、なんとも言えないところ。その再起不能にする方法も含めて、思案しなくてはならないのだ。


 が、キヨシの中には至極単純な答えがすでに見出されていた。


「攻略の鍵は……コイツだ」


「ほえ?」


 キヨシがセカイの両肩をポンと叩くと、どうにも間の抜けた声が漏れる。


「できるだけ労せず、無力化できればいいんだ。『騎士団長の手管』が扱えるセカイほどの適役はおるまい。まずは俺とカルロッタさんでどうにか隙を作る。ただし奴にとって致命傷になるような、大きな隙はいらない。とにかく、触ることができるくらいのチャンスを作ることができればいい。触ることができさえすれば、ガキでも捕まえることができるようになる」


「おう、俺ちゃんはどっちについてりゃいいんだ? セカイか? それともテメーか?」


「表に出てるのがセカイだからな。こっちについててもらえる?」


 このように、話すだけなら簡単だ。しかし──


「……字面ほど簡単には行かないでしょうね」


「まあな。俺は一度戦っただけだけど……どう考えても、ただ運が良かっただけだ。俺のことはまるで知られてなかったんだから」


 キヨシは一度、街でロンペレと相対した際、優位に立ち回りあまつさえ顔面に一発ブチ込んでいる。しかし、それは様々な要因が重なり合った偶然に過ぎない。


 まず第一に、ロンペレがキヨシを"小物"と見做していたこと。それに関連し、キヨシのソルベリウム生成能力を知られていなかったことも大きい。それら全てを引っくるめて、ロンペレは油断していたと言える。だがそれらの仔細が知られてしまっている以上、ことキヨシに関してだけは、一部の油断もないだろう。


「だが……だからこそ、そこにチャンスが生まれると思う。当てにしてるぜ、セカイ」


 期待を込めてセカイの頭をポンポンと叩くと、セカイは口角を上げてキヨシの手の平に頭をグリグリと押し付けた。


「にししッ! セカイさんにお任せだよーん!」


──────


「オラオラどうしたァ!!」


「チィッ!!」


 残念ながら、その期待にセカイが応えることはできなかった。よもや相手がセカイの能力について知っているなどとは、思ってもみなかったのだ。


 正面からの殴り合いを強いられるキヨシの背後で、どうにか立ち上がったカルロッタが、『どうする』といった表情をしているのが視界の端にチラリと映る。とりあえず不意打ちには失敗し、策は滑った格好となったワケだ。


 しかし、キヨシは狼狽えない。もっと言えば、しくじったセカイに対し失望すらしていない。


 ──やることは変わらねえ。拳一つ、いや指一本でも、セカイがアイツに"触れる"ことさえできれば!


 他力本願なようだが、これが最適解であることは間違いないのだ。そのためにキヨシとカルロッタができることは、道を作ること。


「ロッタさん!!」


「"ロッタ"言うなァッ!!」


 キヨシに発破をかけられたカルロッタが地面を拳で叩くと、隆起した土がロンペレを穿たんと迫るが、ロンペレは直撃するか否かの寸前まで状況をじっと見据えて、かすめるように回避する。まだまだ、と次々に黒い土の壁を轟音と共に走らせるが、右へ左へ、あるいは直接徒手空拳で叩き潰して無力化していった。


「クソッ、余裕たっぷりかよ!」


「当たり前だ。テメエら一人ひとりはまるで話にならねえ、な!」


「うわッ!?」


 その叩き割った土壁の破片がカルロッタに飛んでいき、慌てて新たに遮蔽を作り出して防御。その間に、ロンペレは生成された土壁を辿ってカルロッタに迫っていた。


 カルロッタはロンペレの動きを見てから攻撃しているのに対し、ロンペレは刻一刻と移ろう周囲の状況と己の勘を基に、攻防一体のほぼ完璧な対応をする。カルロッタが攻めていたはずがこれでは防戦一方だ。


 だが、こちらは人数有利がある。


「──うおッ!?」


「余所見してんじゃねえッ!!」


 突如、ロンペレのすぐ側の黒い壁に何本もの切れ込みが入り、粉砕されると同時にキヨシが突き抜けてきた。キヨシはソルベリウム生成能力の特徴である、物体に割り込む力によって脆くした壁をブチ抜き、死角から強襲をかけたのだ。


「やるじゃねェかァ! だがッ!」


 それでもロンペレの反応速度の方が、キヨシの攻勢を僅かに凌駕していた。大きく振り抜いたキヨシの左を、ロンペレは自身の右腕を擦りつけるように滑らせて受け流し、キヨシに大きな隙を作り出す。


「もらったァ!」


 そうしてガラ空きになった背中に、足を強く踏み抜いて腰を入れた掌打を叩き込もうとした瞬間、


「お触り厳禁♡」


「おっとォ!?」


 壁の影からセカイが飛び出し、キヨシに背中からまとわりつく。彼女に触れないロンペレは、右の拳を左手で抑えてやや大げさにバックステップして距離を取り、キヨシの危機は、そのままチャンスに変わった。


 ──ここッ!!


 指を一振りし軌跡に右腕を重ねれば、肩口から先にソルベリウム製の巨大な腕がバキバキと音を立てて装着されていく。


「もういっぱァァァーーーつッ!!」


 装甲で地面を引っ掻きながらロンペレに向かって真っ直ぐ突進し、顔面にアッパーカットが炸裂──しなかった。


 ──クソッ、軽い!


「いいねェ」


「ッ──ガフッ!!?」


「きー君!」


 振り抜いたキヨシの腕には手応えが感じられず、代わりに感じたのは顔面を左から薙がれたような痛みだった。そう、ロンペレはガーゴイル。空中で機動してキヨシの攻撃を軽々躱し、その勢いに任せてキヨシを蹴り飛ばすなど造作もない。


「痛ッて……」


「ッ、~~~~~~~~~ッ!!!」


「なッ、セカイ!?」


 弾き飛ばされたキヨシの脇を、激しい怒気を発したセカイが駆けていった。


「よくもッ……このォ!!」


 親愛なるパートナーを傷つけられた怒りを原動力に、セカイはロンペレを猛追していく。触ることができないロンペレは避け続けるが、セカイは効果的に、そして大胆に立ち回ってロンペレを追い詰めていく。そうなれば、奴が取る行動というのは、誰にでも想像はつく。


「へッ。この俺が、飛ばざるを得ないとはな」


 翼を大きく広げ、背の低いティナの体ではどうにもならないだろう高さまで退避する。何かから逃げるとき、誰しも飛べるものなら飛びたいという心理を持つのは無理からぬ事と言えるだろう。ロンペレはただそれを実行しただけだ。


 だがそれも無意味だ。


「逃がすか蚊蜻蛉(カトンボ)!!」


「おお、使徒サマよりもコイツのが強いな!?」


 セカイは罵声を浴びせながら軽やかに跳ね飛び、逃げるロンペレに追従。さらにキヨシがそれに合わせて、地面を走りながら無造作にソルベリウムの槍を生やし、ロンペレの行く手を阻むと同時にセカイが跳ね回るための足場を固める。セカイもまた、キヨシの意図を瞬時に理解し、縦横無尽に駆け回ってロンペレを追い詰めていく。ロンペレの物言いはキヨシとしては聞き捨てならないが、事実は事実。そもそもセカイが云々以前に、ティナがすでにキヨシよりもずっと強いのだ。


 しかしながらロンペレもさるもので、右へ、左へ、真下の視界外から伸びる槍を器用に避けて──


「いい、実にいいッ! ガキ相手で不安だったが、ちゃんと俺の敵──うおッ!?」


 と、ここで横からも槍が入る。


「ここは採掘基地の地下、アンタじゃなくアタシの領域だ! アタシの手の平の上だと思えッ!!」


 周辺の壁や天井から土がボコボコとせり出てきて、キヨシやセカイの攻撃を避けた先を攻撃し、遂にロンペレの動きを完全に止めることに成功した。カルロッタの土の魔法は、このように全方位土に囲まれた環境ならば、ある意味キヨシの指以上の能力を発揮するということを、端的に表した一幕だ。


 そして、ようやく生み出した隙をセカイは逃さない。


「チャンス!!」


 セカイはニヤリと笑って槍衾(やりぶすま)を駆け抜け、不意を突かれて一瞬固まるロンペレの目前まで躍り出る。これで触ることができれば決着。(キング)に手がかかったように見えた。


 しかし、そんな状況においてもロンペレは狂喜に満ちた笑みをまるで絶やしてはいなかった。キヨシの鋭敏な危機察知能力が警鐘を鳴らす。


「……セカイ、退けッ!!」


「え、何──う゛あッ!?」


 セカイがキヨシに振り返る間もなく、ロンペレがノーモーションで射出した水の散弾が炸裂し、セカイを弾き飛ばした。触れないなら触れないなりに別の戦術を、この短時間で見出していたのだ。


「確かに好機ではあったが……決着にはまだ早えやな」


 落ちていくセカイを見下ろしながら、ロンペレは動きを封じ込めている土塊を力任せに粉砕し、腕と首を回して鳴らす。


「クソッ、まるっきり通用してねえ、なっとォ!?」


 地面に頭から落ちてくるセカイを、キヨシはスライディングからのギリギリで受け止めて、特別大きな怪我がないことだけ確認し、駆け寄ってきたカルロッタと共に胸を撫で下ろした。


「迂闊だぜ、真正面から行くことないだろ」


「痛つつ……」


「あのねェ! ティナの体、ホント大切に扱ってもらえない!?」


「お言葉だけど、それを言うなら連れてこなければ良かったと思うんですけれども」


 もっともと言えばもっともらしいセカイの正論に、カルロッタは言い返せずに悪態をつく。冷静に考えてみれば、オリヴィーの未来がかかっているような戦いに、十二歳の子供を戦力として駆り出すという行為自体、かなり異常と言わざるを得ない。


「……しかし、どうしたもんか。アイツ、生き方に見るほど馬鹿でもなさそうだぞ」


「そりゃあお互い様だ。が、まだだ。まだジェラルドとやりあってた時の方が楽しかったぜ。俺はお前との闘争を選んだ。それを後悔させるなよ。今だってそのガキをちょっと脅かすくらいにしといてやったんだからな。それにしたってもうちょっと痛手になるかとも思ったが……丈夫なガキだ」


 敵からの賛辞とも侮蔑とも取れない何かを「ケッ」と不快感たっぷりに吐き捨てる。


 ここまで攻めあぐねているように見えたロンペレは、実のところ状況を楽しむ余裕すらあった。キヨシたちはただ、その下で右往左往しているのみでしかない。人数有利、周りがカルロッタの魔法を扱うには絶好の環境、それ以前にセカイが触ることさえできれば勝利、という圧倒的優位の上ですら、キヨシたちの戦いはまるで通用していない。いや、勝負にすらなっていないのだ。


 ──コイツ、無敵か!? どうやって攻略すりゃいいんだ!?


 キヨシたちの行く手に、早くも暗雲立ち込める。しかし、こんなところで足踏みなどしていられない。


「……カルロッタさん」


「何よ」


「さっきまで以上に、俺たちの連携でセカイの道を作るしかねえ。好き放題にやってくれれば合わせる」


「アンタ、アタシをナメてんの?」


「えぇ?」


 予想外の返答に困惑するキヨシのこめかみを、カルロッタの人差し指がグリグリと突く。


「逆に、アタシがアンタのノリについていけないと思う?」


「あ、いや。そーいうわけでは……」


「"俺たち"って言ったのはテメーだろ。どっちかがどっちかに合わせてるだけじゃ、アイツに勝てないのは、先刻承知でしょうが」


「……そりゃあそうだな」


 ロンペレは強い。ジェラルドとの戦いに楽しみを見出し、キヨシたちが三人バラバラで戦ってもまるで歯が立たないほどに。そんな事はカルロッタに言われるまでもなく分かっている。だからこそ"俺たち"とそう言ったはずだったが、無意識下で遠慮し、線引きをしてしまっていた。カルロッタは、キヨシのそういったきらいを一目で見抜いていた。


「二人でやるぞ。アタシたち二人でセカイを導き、あのクソ野郎を!」


 それだけではなく、ぶっきらぼうで遠回しな言い回しではあるが──カルロッタは、キヨシが己と対等に、並び立つ存在だと認めた。


 それがキヨシにとって、たまらなく嬉しいことだった。


「セカイ!」


「ハイ、きー君」


「今度は無理すんなよ。俺とロッタさんを信じて、狙い澄ませ!」


「うん……でも、できれば急いで欲しいな」


「? どうした?」


「それが、さっきからちょっと──」


 何かを懸念するセカイが思案気にそれを語ろうとしたその時、すぐ近くのカルロッタが生成した土壁が、バシャンと音を立てて粉々に崩れていった。


「オイ、いつまでくっちゃべってるつもりだ! 次はどう来るんだ? またソルベリウム生やすか? それともまた別の武器を作って直接来るか? はたまた、またそのガキを突っ込ませて……いや、それが通用しないのは分かってる。それを実行するほど馬鹿でもないと、俺はそう思うね! さあ来いよ! さあ! そら早くッ!!」


 こちらのやり取りを待ちきれないロンペレが、文字通り水を差してきたようだ。


「ガタガタうるせー野郎だな。キヨシ、ああいう奴は徹底的に叩いてやらなくっちゃいけないと思うんだけど、どう?」


「同感だな。付き合うぜ」


 キヨシが自身に追加でソルベリウムの装甲を生成すると、カルロッタが隣に立ち、指をチョイチョイと振って『アタシにも』と意思表示をした。


「……ふひひ」


「うわ、何だお前セカイ。気色悪い笑い方を……」


 『いい友達ができてよかったねぇ』とでも言いた気に表情を綻ばせるセカイに苦笑しつつ、キヨシは指を雑多に振り回して、カルロッタにキヨシと同じような装甲を施す。


「行くぞ」


 白のソルベリウム、黒の土。そして機を待つセカイと、包み込み猛る炎。


「第二ラウンドだ」

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