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第二章-49『征くんだ』

「む……無茶しやがる、あのバカ。気でも違ったのかと思ったわ……」


 キヨシの突飛にもほどがある行動に心臓が跳ね、台座上に突っ伏していたカルロッタが呼吸を少しずつ整えながら、なんとか立ち直っていた。そりゃあそうだろう、知己がすぐ目の前で自殺同然の行為を、なんでもなさ気にあっさりとしてしまえば、どんな強心臓もギョッとする。強心臓故に、立ち直るのも早いワケだが。


 ともかく、滅茶苦茶なやり方ではあるがキヨシの意図はおよそ伝わった。キヨシとリオナは今、飛び回って空賊たちを蹴散らし、包囲が薄くなったところを強行突破しようと考えているのだ。となれば、残った二人にできることは決まっている。


 水の魔法、そしてキヨシとリオナの撃ち漏らしをティナとドレイクが追い払って、カルロッタはただひたすら操縦に専念し、道が拓けるまで凌ぎ切るということ。空の上故土の魔法がほぼ無力な現状、これが最善手であることは間違いない。


「……うっし、行く手を阻むなら追い払う! 当てにしてるぞティナ!」


 ティナからの返事はない。


「……ティナ?」


 操縦中なのであまり気は使っていられないのに、と内心ボヤきつつ、最後部座席の方をチラと見やる──つもりが、視線は釘付けになってしまった。


「……──────」


 ティナが酷く恐慌した様子で、ガタガタと震えていたからだ。


「ティナッ!? どうしたしっかりしろ!!」


 カルロッタのさらなる呼びかけにも、全く反応しない。その目は大きく見開かれているというのに虚ろで、顔色も悪く、唇まで真っ青にして縮こまり、何かをボソボソと呟いているようだった。


「やだ……ヤダヤダヤダ、イヤ。そんなのダメ……そんなこと……やめて…………」


 ティナの口から脈絡ない言葉が漏れ出ていく。


 此度のキヨシの行動。キヨシ本人としては()()()()()勝算の上で取ったものなのだが、傍から見たらほとんど自殺同然の行為だ。そういう感性はティナにせよカルロッタにせよ、リオナにとっても変わらない。


 しかし、ティナだけは──キヨシからまた別の"臭い"のようなものを感じ取っていた。





─「使徒殿からは……『死の気配』を感じるんだ」─





 いつかジェラルドから伝え聞いた話。己が死ぬことを理解している人間特有の気配を、キヨシは持っているのだという。ティナはキヨシのこれまでの行動から、『言われてみれば』程度の朧気な理解をしていた。その理解は今、明確な実感となってティナを襲っているのだ。


 そして、その事を知っているのはティナだけではない。


「キヨシ、さん……キ……きー……"君"…………」


 自分の内側から何かが込み上げてきて、感情の昂りからか目が白黒、いや『緑黒』と──


「ウリャアッ!!」


「へあっ!?」


 瞬間、ぐちゃぐちゃになった視界に赤黒いトカゲがベッタリと張り付いて、ティナを現実世界へと引き摺り戻した。


「オイ、ティナテメエ! 俺よりもヘタレてんじゃねえぞ! チャクラを寄越せェ!!」


「……ティ、ナ…………?」


「はァ!? ティナはオメー以外にいねーだろがよ! ガタガタ言ってねーで寄越せったら寄越せ!」


「あ……うん。そう、だね。頑張ろう……」


 未だ意識が混濁するティナの顔面を、ドレイクが尻尾でペチペチと引っ叩いて平静を取り戻させる。それでもティナは戸惑っていたが、なんとか目の前の状況を受け入れることができるようになっていた。が──


 ──『死の気配』……今のが? キヨシさんは、死ぬかもしれないの?


「ウッシャアアアァアァァァアアーーーーーーーッ!!」


 狂ったような雄叫びを上げて邁進するキヨシの様から、常にそういった"悪臭"がだだ漏れになっているような、そんな懸念がしこりとなって心の中に残り続けていた。


 それでも、ティナの思案を他所に、戦いは続くのだ。


「ハァッ!」


 薙がれたリオナ入魂の大槍の軌跡が荒ぶる風となって、空を開かんとする。空賊たちは堪らず吹き飛ばされるが、またすぐに別の人員が穴を埋めて、行く手を阻んだ。


 直後、水弾が四方八方から次々撃ち出される。


「ッ! 使徒様ッ!」


「わーってるよ!!」


 リオナの方からキヨシに接近し、背中合わせになって半分ずつ対処する。その間に相手は完全に態勢を立て直し、元の陣形を再構築してしまった。


「キリがない……ならッ!」


 今度はキヨシの前から離れ、高速で飛び回って空賊たちを片っ端から潰していく。


 瞬間的な加速をかけて一人、今しがた潰したガーゴイルを弾き飛ばしてその先にいた者を一人、複数人で向かって来た者を、風のチャクラを全開にしてまとめて吹き飛ばし、一人、、また一人、時折二人三人と、荒々しい空賊たちより激しく、しかし美しく(しな)やかに空を駆け、乱舞する。


 通った後には誰もいない。一切の区別なく、近付く者はただ落ちていくのみである。


 ──俺たち、後々コイツの弟とも敵対すんだよな……?


 リオナは騎士団の構成員ではないらしいが、その弟レオはほぼ同等の力を持っていると伝え聞いている。中々に空恐ろしい気持ちにさせられる事実である。


「ヒーッヒヒヒハハハァーーーーッ!」


「ゲッ!! リオナさん、戻って戻って!!」


「チッ!」


 すると今度はリオナが無視され、低機動力のキヨシが集中的に狙われる。向かってくる者は無理矢理殴り落とすものの、すぐ目鼻の先の至近距離で、大きな水弾を握り潰して破裂させられ、


「マジィ!?」


 パシャン、とまさに水風船が破裂したような音が響くが、


「……なッ!? き、貴様──」


「あッぶねェー……なあコラァッ!!」


 キヨシの右手の装甲が瞬間的に伸びて、散弾の射手の脳天に直撃する。


「あギ……ギ…………」


 水の散弾の大部分をまともに受けたのは、キヨシが仰け反ると同時に足で蹴り上げた、土台のルキオだった。しかしその代償としてルキオが白目を剥いて気絶し、キヨシは一緒に真っ逆さま──に、なりそうだったのを、リオナが背中から抱きかかえて防ぐ。放っておかれたルキオは真下の樹海へと墜ちていった。


「……ふいーッ。今度こそ落ちるかと思ったわ」


「貴さッ……あなたねぇ……」


「オーイ、我使徒様ぞ?」


「ぐぐ……」


「冗談はさておき……参ったな。一人ひとりはてんで弱っちいが、数が違い過ぎて埒が明かねえ。俺たちはいくらでもやれるけど……()()()が保たねえぞ」


 そう、戦っているのはキヨシたちだけではない。今こうしている間にも、飛行機側ではティナとカルロッタ、それにドレイクも必死に空賊たちの攻撃を捌き、キヨシたちが突破口を開くのを待っている。消耗戦になればこちらの不利は明らか、何よりキヨシたちはここで戦って終わりという身分ではないのだ。


「……使徒様。ここは一つ、私の策をお聞きいただけませんか?」


「ん、なんだ?」


 ここまでキヨシに付き従うだけだったリオナが、キヨシに対し提案があるようだ。


「ごく短時間ではありますが……私の風の魔法を最大限に発揮できれば、包囲網に穴を空けること自体は可能です」


「マジか? それならそうと──」


「ただし!……そのためにはそれなりの"溜め"が必要になります。しかしその間、私は全くの無防備となる。精々攻撃の回避が関の山、それだけではとてもあの数の暴力を防ぎ切るには足りない。そこで使徒様には、私の護衛をお願いしたいのです。先の土台と違って、機動力の心配は不要です。私がこのように抱えっぱなしで飛びますので、使徒様は避け損ないを防いでいただければ」


「……その魔法。当てにして良いんだな?」


 リオナの語る策は、力押しながらそれなりの説得力があると思わせられるものではあった。しかしながら、それはあくまで風の魔法とやらが十分に効力を発揮すること前提の策だ。


 そんな若干の疑念をリオナは鼻で笑い、


「おや、まだ信用は勝ち取れませんか。もう少し暴れて差し上げれば、納得していただけますか?」


「そうだった。おたくはさっきのぶつかり合いで、十分に示したものな」


 この余裕綽々の態度。これがキヨシの決断への決定打になった。


「どれくらいの間、防ぎ切る自信がお有りでしょうか?」


「逆に聞く。どれくらい欲しい?」


「……一分間です」


 一分間。短くも感じるが、命のやり取りをするには果てしなく長い時間だ。


 それでも、やるしかない。


「承った!」


 キヨシは右手を振って、自分の腕の装甲を再構築するとともに、リオナの体にも飛行の妨げにならない程度に鎧を精製した。これで最悪の場合においても、ある程度の被弾によるダメージは抑えられるだろう。リオナは深呼吸して目を閉じ、チャクラを溜め始めているようだ。密着している体越しにでも、背中の上で力場のようなものが蠢いているのを感じる。


 あとはキヨシの腕前次第だ。


「やっちまえええッ!!」


「ハッハァーーーーー!!」


 パオロの号令と共に辺りのガーゴイル全てが一斉に動き出し、水弾を雨あられと乱射する。


 残り五十五秒。


「ウシャアアアァアァァァアアッッッ!!」


 それら全てをリオナが避け、キヨシが手筈通りにソルベリウム精製能力と拳のラッシュで弾いて防ぎ切った。接近戦リオナの優れた体捌きによって、ルキオの上にいた時以上にこなすことができていた。しかし全てを防ぎ切ってはいけない。絶対的な防御を見せると、こちらへの攻撃を諦めて飛行機側に攻撃が集中する懸念があるからだ。


 そういった姿勢、そしてリオナのただならぬ雰囲気も手伝って、攻撃はどんどん激しさを増していく。


 残り四十五秒。


「隙きアリィィィッ!!」


「ックソが!!」


 当然、例えばこのように真後ろからの攻撃に対し、隙を晒したりもする。キヨシが有する鋭敏な危機察知能力によって相手の行動は分かっていても、振り向いて、ソルベリウムを精製して──という手順を踏むにはまるで間が足りない。


「チッ……ならばこうッ──ぐブッ!!?」


「ッ! 使徒様!!」


 そうなったら、身を挺する他ない。


 無理矢理身体を捩り、水弾そのものをリオナから守るのはどうにか間に合ったが、キヨシが腹部に被弾してしまった。横隔膜に肺が押し潰され、『俺のことはいいから集中しろ』と口に出すこともできない。


 隙き潰したことで、また別の大きな隙きを晒す結果となってしまった。一転して窮地に立たされてしまったのだ。


「今だ、やれ──ッ、なんだ!?」


 突撃しようとしたガーゴイルとキヨシたちの間を、巨大な影と白き炎が横切る。


「進路を阻むってのは、何もテメーらだけの専売特許じゃねえんだ!」


「邪魔を……しないでくださいッ!!」


 カルロッタが操縦する飛行機だ。


「ゲホッ……む、無茶を!」


「キヨシさんにだけは、言われたくありませーーーーんっ!!」


 高速移動しながらも旋回して、キヨシたちの周りにいる者全てを追い散らす。


 キヨシに負けず劣らずの無茶を敢行してはいるものの、これで早くもチェックメイトか。


 残り二十二秒。


「…………フ」


 突如、戦うガーゴイルたちの向こう側でふんぞり返って命令していた者──パオロが、この状況を前にして口角を上げ、嬌笑を始める。


「フハ、ハハハハハッ!! よくやった、もういいぞお前たち。作戦は成功だッ!!」


 計算が狂いに狂って、どうにかなってしまったのかと思ったがそうではない。覆し難い戦況を諦めた笑いではなく、どこか勝利を確信したような、そんな笑いだ。


「使徒サマ、戦いは終わり。というより、無為だ。時間が来てしまったのだ」


「……どういう意味だ?」


「今、二○時を回った。俺たちはこの空域に、そしてこの時刻までお前を足止めできていればそれで良かったのだ」


「……"足止め"?」


 そも、キヨシたちは彼らを出し抜くためにこの時刻にここまで来た。それが叶わなかったのは単純にそれを読まれ、彼らが襲いかかってきたから。それらの前提の下で、彼らの目的は足止めであることが暴露された。


 そしてキヨシたちにとって、キヨシがいない間に行かれると困る場所──


「……あ…………あぁ…………ッ!!?」


 咄嗟に振り向いたその方角は、キヨシたちが"来た"方向だった。


 絶望に歪むキヨシの顔を、パオロは嘲り笑う。


「そうだッ! ハハハハハッ!! "トラヴ運輸"!! すでに別働隊が到着している時刻なんだッ!! 約束とは違うが、俺たちみたいな悪党に、そんな義理期待するほうが間違ってるとは思わないのか!?」


「……そ、それじゃあ貴様等まさか、トラブの皆を!!」


 あの日の惨劇が、脳裏を駆け巡る。全てを壊され、蹂躙し尽くされ、キヨシが来たときには全てが終わっていて、何もできずただ打ちひしがれるだけに終わった、あの光景。それが繰り返されているのかと、そう思うだけで顔面蒼白となった。


 残り十秒。


「まあ、ここでお前が大人しく死ぬんなら何もしない。騎士団長が関わっているんだ、怒らせるような真似はしたくないんでね。まあお互いの今後のため──」


 残り──









「……怒らせる? まだ怒っていないと、何故そう言い切れるというのだ? 鬼畜共」









 キヨシの耳元で、底冷えするような低い声が聞こえた。


 それと同時にキヨシの背中に取り付いている彼女から、荒れ狂うような風──いや、最早"嵐"と言っても差し支えない。とにかくその圧倒的猛威を感じさせる力が、輝きと共に一気に噴出し始める。それらは全てリオナへと戻ってきて、まるで血の巡りのように循環していた。


 時間が来たのは、こちらも同じだったのだ。


「……あ…………」


「……行きなさい。どの道目的地が割れている以上、追手がやってくる。足止めをする者が必要です」


「お、おたく……ここに残る気なのか?」


「あなたは大義を背負っているはず。私一人の身を案じている暇などないはずでしょう」


「し、しかし……アイツら……ト、トラヴの──」


 そう、このまま進むということはつまり、リオナはおろか今襲われているだろうトラヴ運輸を見捨てるも同然の行為。キヨシはこれまでの人生の中で、漫画やアニメでしか味わったことのない『非情な決断』というヤツを、しかも自分で下すか否かの瀬戸際にいるのである。


 だが、リオナはその懸念、そして縮こまった心を再び鼻で笑う。


「心配は無用……あそこには、"奴"がいる」


「は──」


 『すでに手は打っている』──とでも言いたげな、リオナらしからぬ物言いと雰囲気の変化に、キヨシは『でも』『しかし』と言うことすらできないほどの、ただならぬ何かを覚えていた。


 それはティナやカルロッタ、そして空賊たちも同じだ。


 こう思った。『恐ろしいことが起こる』と。


「背面に鎧を顕現させなさいッ!!」


「あ、ああ……!?」


 キヨシが戸惑いながらソルベリウムの装甲を背中に顕現させると、リオナが手に持った大槍を真っ直ぐ放り投げ、キヨシを全く同じ方向に向けて羽交い締めにする。キヨシたちは瞬時に理解した。


 これは"方向"だ。この方向に『ブッ放す』と言っているのだ。



「……オイ。オイオイオイオイ!! 何を──」



「撃たせるなァァァッ!!!」



「ティナ、ドレイク! 掴まって!」



「へ──」



 次の一瞬だけ、全ての音が死んでいた。
































「行け! 征けッ!! 『キヨシ・イット』ッ!!」




























 そして──人の形に押し込められた暴風は、爆発したのである。

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